第11話 不愉快な手紙(ユキ視点)
自室の机の上に差出人が書かれていない封筒があった。
私あての送付物は全て秘書官が検閲する。
通常ならばこんなもの私の手に届くはずがない。
これが意味することは、ろくなことではないという事。
私は嫌々ながら封筒を開ける。
◆◆……………
やっほー、ユキちゃん。突然のお手紙ゴメンね!
おたくの団員がたがピリピリしてて怖くて近づきたくないので手紙で済ませます。
まず、そっちの方で調べはついているかもしれないけど、おたくらの凱旋に影を落としたのはコウちゃんよ。
とっくに逃げ出して行方をくらましたから私も追えないけどね。
ユキちゃん的には今すぐにでも助けに行きたい?
でも、そんなのできないから最初から頭に浮かべないようにしてる?
どっちでもいいけどね。
ともかく、伝えておきたいのは、あの子はずっと諦めなかったということ。
信じられる?
正真正銘平民の子供で才能のないあの子が闘気のコントロール、果てはその放出まで会得しかかっているのよ!
このまま成長すれば辺境の騎士団の幹部レベルにはなれるかもしれない。
あなたからすれば大したことじゃないだろうけど、これって凄いことよ。
もし、ただの平民が訓練次第であそこまでの力を身につけられるって分かれば帝国の教育や軍編成にも影響を与えちゃうくらいに。
あの子自身が望んだ通り、もう平穏で平凡な人生からは外れちゃってるわ。
そもそも、平穏な生き方を望むにはあなたの存在が大きすぎるのよ。
苛酷な修行も才能の限界もあなたと渡り合うという途方もない目的のために超えていったわ。
強い想いが常識を凌駕する。
とても美しい夢物語だけど…………そのことを手放しで喜べないのは、私だけじゃないわよね。
コウちゃんはどこにいても誰といてもあなたを追いかけ続ける。
だから、どこかであなた達は巡り合う気がするわ。
その再会が物騒なものにならないように、心から願っておくね。
追伸
コウちゃんのことが好きなら、早く動かなきゃダメよ。
そろそろあの子も異性を引き寄せ始める魅力を出し始めているんだから
私ですら、ちょっと揺らぐくらいに……ウフフ。
……………◆◆
私は指先に魔力を集中させて手紙を燃やした。
「くだらない」
全部、視えていた話だ。
わざわざ私にこんなことを伝えてくるなんて、あの男は本当に性格が悪い。
「どうしたユキ。怖い顔して」
ノックもせずに部屋に上がり込んでいたヨシュアが笑い混じりに指摘してきた。
闖入者の存在に気づけないほどのめり込んで手紙を読んでいたことやそれを「くだらない」なんて格好つけて燃やしてしまったことに恥ずかしくて顔を背けてしまう。
「ケケ、燃やさなきゃいけない手紙なんてもらうんだな。
もしかしてラブレターとか?」
「そんなんじゃないよ」
「ならよかった」
ヨシュアはその細面とは似合わない太く長い指で私の顎を掴む。
「そんなんもらってたら嫉妬でどうにかなっちまうところだった」
「騎士団きっての色男が何をぬかしますか」
「女はたくさんいるけど、独り占めしたいのはお前だけだよ」
「そんなの外で言いふらさないでよ。
ただでさえ、よく二人でいるからって貴殿の取り巻きに怖い目で睨まれているんだから」
「有名人は辛いよな。
色男はもっと辛い」
へへ、といたずらっ子のような表情で私に笑いかけながらベッドに寝転んだ。
「任務と訓練以外の時間はすべて女とベッドの上で過ごしている」と豪語するだけのことはあり、気怠げに肘立てした腕で首を支えて横たわる姿は私でもソワソワするレベルで色気がある。
異性を惹きつける魅力……コウがね。
それだけは予想外だったかなぁ。
でも、あのパレードの時に一瞬見えたコウの姿――――うん、たしかに隠し切れなくなっているのかも。
それはそれで腹が立つ。
大して強くもなっていない癖に仲のいい女の子なんて作っちゃってるし。
まあ、私が言えた口でもないけど。
「なんか今日のお前情緒不安定だな」
「そう?」
「もしかしてフラれたか?
だったら慰めてやるぜ」
ポンポンとベッドを叩いてヨシュアは私を招こうとしている。
軽薄な性格で気の多い人だが、これでいて情は深い。
女性よりも美しいとされる顔貌と彫刻のように均整の取れた体格。
さらには皇帝陛下の甥子という次期皇帝の有力候補でありながら、ナイツオブクラウンの第四席に就けるという実力者。
神に愛されすべてを手に入れるのにふさわしい器の持ち主。
それがヨシュア・グラン・リム・ヘレムガルド。
コウを捨てた私が、代わりに手に入れたモノのひとつ。
…………フフっ。
「アハハハハハハッ!」
「うお、どうした?」
突然笑い出した私にヨシュアは驚いた。
たしかに、情緒不安定だと言われても仕方がない。
「ああ……なんでもない。
ちょっと自分の人生について考えていただけ。
答えは出た――――大丈夫。私は間違っていないから」
ニッコリと私は笑う。
私は前に進み続ける。
コウが誰と居ようが関係ない。
私のそばにいるのは完璧なヨシュア。
たとえどれだけ努力しようと、もう私の人生と交わることはない。
私は約束された英雄として、あいつは有象無象として、それぞれ違う世界で生きていく。
だって、そんな姿は似合わないんだから。
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