第7話 能力検査(回想)

 そういえば……サンドラに弟子入りして最初にされたことも身体を確認することだったっけ。



 一年半前、マーサの店の二階の部屋にて――――


 サンドラは巻き尺を両手でピンっと張って指示する。


「じゃあ、まず服を脱ぎなさい」

「ヒィッ!!」


 貞操の危機だ!


「何勘違いしてんの……

 ただの身体検査よ」

「ほ、ほ、本当に!?」

「だいたいアタシの見た目見ればアンタなんか好みじゃないって分かるでしょ。

 このおブス」


 ムカつきと不安を覚えながらも服を脱ぎ捨て下着だけになる。


「ふむ、ちょっと失礼」


 サンドラは俺の身体を値踏みするように触っていく。


「うーん……やっぱり、アナタ才能無いわね。

 筋力はともかく闘気が絶望的」

「闘気?」

「一言で現すと戦うために人間を強化する力ってとこかな?

 すべての人間の身体の中に存在するもので生きている限り絶えず生産されている。

 優秀な冒険者や騎士団の実力者は必ず闘気の量や質が優れている。

 さらに言うならば普通の人間と特別な人間を分けるモノね」

「特別な人間…………」

「そ、ユキちゃんのようなね」


 サンドラは意地悪く笑いかけ俺の背中を指でさする。


「あ……ん、ふぅ?!」

「あら、感じやすいのね」

「こ、好みじゃないって言ったじゃないですか!?」

「からかっているだけよ。

 でも、これで分かった」


 サンドラは巻き尺をしまった。


「闘気を使って身体能力を強化して戦う。

 それができるから脆弱な人間が山のように大きなモンスターを剣の一振りで倒すことができる。

 血統が重んじられる理由でもあるわ。

 潜在的な闘気の量や質は親から子に受け継がれている。

 ユキちゃんは莫大な闘気量を誇る皇族の父と希少且つ質の良い闘気の持ち主である六天賢者の子どもだからね。

 約束された英雄というのはオカルトというわけでもないのよ。

 それに引き換え…………アナタは残念ねえ」

「どういう意味だ?」

「うーん……量自体は人並みよりは多いの。

 さすがに一流の域には届かないけど。

 それよりダメなのが質の方ね。

 結論から言うと、闘気を使ってもアナタは強くなれない。

 普通の闘気を水とするならアナタのは空気。

 身体能力を向上させるために体の中を巡らせようとしても小さな隙間から漏れ出してしまう」

「……ダメじゃん!」


 酷い診断結果に思わず大きな声を上げて身体を隠してしまう。

 裸を見られて触られて……脱ぎ損だ!


「たしかにダメダメね。

 さっきも言った通り、闘気による能力向上は究極にして大前提のテクニックだから。

 それができないということはそもそも闘うことに適性がない」


 サンドラの言葉を聞きながら、俺はうなづきながらも違和感を覚えた。


「あるにはあるんでしょ? そして闘気を使うこともできる……

 隙間から漏れるにしても全部無くなるんじゃなければ……」

「ちょっと、何を考えてるの?」


 俺は仮説……と言えるほどではない思いつきを話す。


「隙間を無くす……もしくは漏れる量より産み出す量が大きければ俺でも身体能力向上はできるんじゃないか?」

「は……? いや、そんなこと――――」


 笑い飛ばすつもりだったサンドラの表情がピタッと固まり、指で顎を撫で始める。


「理屈上はできなくも、なくなくない……うん、闘気量自体は人一倍……まだ十三歳……いや、でもあんな高等技術……」

「もしかして、アタリ?」

「ちょっと黙って」


 サンドラは俺を制して、サッと構えを作る。

 男性的な恵体とはチグハグなドレスに身を包んでいてもそれは迫力あるものだ。


「フッ!」


 サンドラが息を小さく吐き出した瞬間、空気が震えた。

 俺の背筋が冷たくなりブルブルと震え始める。

 大きな獣と相対したときのような恐怖感。

 これが闘気を操る戦士の姿なのか?


「こういう……感じよねっ!」


 空気の詰まった袋から空気が漏れ出るようにサンドラの気配は元に戻った。


「今のが闘気を使うってこと……ですか?」


 俺の問いにサンドラは引きつったようにして笑う。


「一応そうだけど……こんな邪道で面倒くさいやり方は思いつきもしなかったわ。

 私の知る限り世界で初めてじゃない?」

「え……そんなに?」

「そりゃあね、さっきも言った通り闘気による身体強化は基本テクニックだし。

 でもこのやり方は手順を無駄に複雑化した高等テクニック、いや曲芸ね。

 私レベルで闘気を使いこなせる人間なら造作もないけど。

 でも致命的な欠陥が完全に解消されたわけじゃない。

 無理やり闘気の生産量を上げたり、闘気孔を塞いだりするから反動も大きくて長時間の使用はできない」

「でもできないわけじゃないんでしょ?」

「まあね。できるようになる可能性は…………前例がないからそれすら分からない。

 ううん。考える必要ないわね。

 強くなるための方法が一つしかないならやるしかないもの」


 半ば呆れ返っているサンドラ。

 だが俺はワクワクしていた。

 そして、サンドラも内心楽しんでいるように見える。

 その楽しみがどのようなものかは知る由もなかったけど。

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