第4話 酒場での出会い

 また……あの時の夢を見た。


 あれから何日経っただろうか。

 手切れ金の入った金貨袋を懐に入れて俺は酒場に入り浸っていた。

 生まれて初めての飲酒は苦くて臭くてロクなものじゃなかったが酒精が意識を朦朧とさせてくれることは都合が良かった。

 何もかも忘れてしまいたかった。

 今までの人生も将来も、あの屈辱も。

 だが、酒に酔い潰れて眠りに落ちてしまうとあの時の夢を見てしまう。

 そして自分が自分であることに絶望してしまうんだ。


「コウ。いい加減に宿にでも帰っとくれ。

 金ならあるんだろう」


 店主であるマーサは男冒険者顔負けの巨体で俺を威圧するように見下ろして喋る。


「もう、歩けないよ。

 俺は一人じゃどこにも行けない……」

「じゃあアンタを狙っていた連中をお通ししておけばよかったかね?

 子どもがこんなところで酒を飲んで泣いてたら汚い大人に連れてかれるのがオチさ。

 そうなりたくなきゃさっさと気持ちを立て直しなっ!

 いい加減目障りなんだよ、このガキっ!」


 そんなことを言いながら俺の背中を叩く。

 マーサは口では悪態をつくが俺がこの店の隅っこで管を巻いていても見て見ぬフリをしてくれる。

 きっと、俺が自棄を起こして目の届かないところで無茶しないよう見張ってくれているのだろう。

 ありがたくって、情けなくって、泣けてくる……


「やだよ、また泣き出した。

 そりゃあこんな泣き虫に冒険者稼業なんて務まるわけないね」


 マーサは呆れるようにしてカウンターの向こう側に戻り、別の客と話し始めた。

 ほっとした俺はグラスに注がれた酒をちびちびと舐める。

 すると、多くの話し声がかき混ぜられたような店の喧騒の中から一つの噂話が際立って聞こえてきた。


「皇帝陛下の隠し子が見つかったらしいな」

「ああ。しかも何処ぞの賢者様の血筋とかで本人も大層な強者らしい」

「そりゃあいい。皇族自ら死地に向かってくださるなら、私たちは長生きできるわ」

「皇族なんて言っても継承権のない落とし子なんざ使い捨ての兵隊と変わらんさ。

 活躍すれば皇族の血筋が人民を支配するに値するという権威に組み込み、のたれ死ねばその勇敢さを称え人民にも同等の奉仕を求めるタネになる。

 見つからずにコソコソと田舎の山奥で暮らしていた方が幸せだったんじゃないか?」

「違いねえ。皇族なんてのは身なりが綺麗な奴隷か生贄みたいなもんよ」


 …………この話、どう考えても!?


 俺は声の方を向く。

 だが、振り向いた先は物言わぬ壁。

 人はおらず席すら置かれていない。


「あれ――――」

「見ぃーつけたっ!」


 野太く甘ったるい声と熱い吐息が耳にかかり、


「ハァぁン……」


 とだらしない声を漏らしてしまう。


「あら? 感じちゃった?」

「んなわけある――――うわおぉぉっ!?」


 声の主は、一言で言えば怪物だった。

 190センチはあろうかという長身。

 全身鎧を纏っているような迫力ある体格。

 だが、強面の顔面を無理やり塗りつぶすように濃い化粧を施しており、衣服は娼婦が着るような肌の露出したドレスで鍛え上げられた大胸筋や太腿やチラチラと見え隠れする。

 そして紫色の髪を巻貝のように固め、剣山のように髪飾りが無造作に突き刺さっている。


「ウフフフ。私の美しさに度肝抜かれちゃった?」

「……肝が冷えて酔いが飛んじまったよ」

「あら、口の利き方だけは立派ね。

 幼馴染に捨てられた負け犬のくせに」


 ぐわっ、と胸にこみ上げてきたのは羞恥と怒りだった。

 女……じゃなくて女装男の首を締めてやろうと手を伸ばすが、逆に手首を取られてしまう。


「酔っても酔っても忘れることはできないわよ。

 愛する人に傷つけられた傷は焼けるように疼くもの。

 嫉妬することを妬(や)けるって言うけど、言葉ってうまくできているわねえ。

 気にしていない素振りをしていても目や耳がその人を探してしまう。

 哀れな哀れな子ウサギちゃん。

 フラれた相手の心配するような余裕があるの?」

「さっきの噂話は……アンタかっ!」

「ロクに顔や特徴を聞いてなかったからね。

 だから探すよりも呼び出した方が手っ取り早いと思って」


 フフンと笑う女装男。

 俺の手首を掴んだ手はどうやってもピクリとも動かない。

 とんでもない馬鹿力だ。


「ユキちゃんが生贄ってくだりは本当よ。

 私の主観が混ざってなくもないけど」

「アンタ、何者?」

「見ての通りバケモノ…………誰がバケモノじゃい!!

 体格はビーストでも心はビーナスなのよ!!」

「言ってないし聞いてない」


 人をおちょくるような態度に苛立つが、こいつは聞き捨てならないことを口走っている。


「あらサンドラちゃん。その子の知り合い?」


 マーサが女装男に声をかけた。


「ううん。アタシはこの子のこと知ってるけど、この子はアタシのこと知らない。

 DA・KA・RA⭐︎ これから知ってもらうのよぉ。ジュルリ」


 舌舐めずりすなっ! やだ、この人怖い!


「言ったろう。調子乗ってると怖い大人に連れてかれるって。

 サンドラちゃん。ウチの二階、今日は誰も使ってないからどうぞ」

「恩に着るわ。マーサねえさん」


 気安い言葉を交わしあう二人の横で俺は恐怖に慄いていた。

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