第28話 最高の作戦は好きな子の応援と笑顔

 梢の案が採用されたのか、手すきの生徒が制限時間を計る中で四回戦は始まった。

 この段階で生き残りの生徒は全体の八分の一。全員が以前から将棋を知っていた者ばかりで、簡単には決着がつかない。


「ねぇ、食事の手配は?」

「考えてなかった。会長があんなだし、俺たちは生徒会のまっとうな活動をしたことがないし」


 光一の開き直りとも思える言葉に梢は肩をすくめてみせる。そして、傍らにいるちえりへと目を向けると、


「ちえりさん、買い出し部隊を作るわよ。人数集めて」

「は、はい!」

「石倉君は……使い物になりそうもないか」


 竹史は相変わらず優芽の腰巾着と化している。さらにぐるりと視界を巡らせると、薄笑いを浮かべる信夫の姿。


「……ウチの男共は役に立たないわね。マシな二人は戦ってる最中だし」

「あ、あの梢さん。光ちゃんは役立たずじゃないですよ」

「それは俗に言う“あばたもえくぼ”って奴でしょ」

「そ、そんなの梢さんだってそうじゃないですか。す、好きなんでしょ、転校生……じゃなくって七草君のことが」


 そのちえりの言葉に、梢は端から見てもはっきりとわかる瞬きを一回。


「七草君の能力は“化け物”だって会長も言ってた。だから、梢さんのパートナーに一番ふさわしいのは、七草君だもの。いまなら好きになっても、そう言っちゃっても良いんだよ、梢さん」


 いつの間にか、周りに人だかりが出来ていた。ちえりが声を掛けていた連中が集まってきているのもあるが、伍芒高校最奥のお姫様がこうして目の前にいる状況が珍しくもあるのだ。しかも、何だか色っぽい話をしている。

 が、そのお姫様は周囲の期待を裏切るように、


「その理屈だと、七草君以上の能力者が現れたら、私はその人のところに行くのよね。改めて考えると本当に景品みたいだわ、私」


 と、冷静極まりない口調で冗談めかした口をきく梢。


「でも、七草君はそんな私の立場を変えてくれようとしている。そして……」


 梢は目を閉じる。


「私もそんな彼に期待しているの。今確かなのは、それだけよ。さぁ、人が集まったわね。使える能力を持っている人はいないの? 申告するときはもちろん小声でね」


 そう言って、梢は八重歯と片えくぼをサービスした。


                 *


 高速移動能力者とか、食料が出てくる能力とか、そういう都合の良い能力の持ち主がいなかったわけではない。ただ、そういった能力者はまだ能力自体が萌芽したてといったところで実用には耐えることが出来なかったのだ。


 そこで相談の上、普通の高校生と同じように、下まで降りてコンビニやスーパーに行って弁当やパンを買い出すことになった。飲み物は学校内に自動販売機が設置されているので問題はない。


 代金は梢が、というよりは薬袋家が立て替えておいた。カードを使ったので金額もはっきりしないが、有り余っている生徒会予算で十分補填できるだろう。


 買い出し部隊が戻ってきたときに、ちょうど四回戦全ての対戦が終了した。これで残りは八人で、その八人の中に太一も浩文も残っていた。櫓の端と端に配置されていたので、ぶつかるのは必然的に決勝戦になる。


「あと二回か~、さすがに疲れてきたな」

「太一君、甘いモノも食べた方が良いよ。それに優勝まではあと三回でしょ」


 太一の横に腰掛けた優芽が、かいがいしく太一の面倒を見ようとしている。だが、太一はカレーパンとカップ麺という手間のかからない物を食べていた。お湯はもちろん、


「ケケ、お前こっちに来るなよ。生徒会は敵だろ」

「お湯沸かしてやったのは俺だぞ。コンビニ弁当嫌がりやがって。どんな恵まれた食生活送ってんだ、お前は」

「あ、それ不思議だったの。石倉さん、どうやってお湯湧かしたの?」

「え? あ~~、それはだな」

「七草君」


 その時、梢が声を掛けながら太一の傍ら、優芽の反対側に腰を下ろした。


「作戦会議。あと二回勝つために」

「ケケ、ちょっと優芽と席を外してくれ。ちょうどいいから、お湯の沸かし方でも教えてやればいいだろう」


 作戦会議と言うからには、ただ単に将棋の戦い方というだけではなく、相手の能力をも含めた話しだろう。それと察して太一は優芽を遠ざけようとしたわけだが、優芽の方としては、容認できる状況ではない。

 太一と同じように「あと二回」勝てばいいと言う価値観を、梢が共有しているのも腹が立った。だが、太一の前であまり駄々をこねるわけにもいかない。


「……わかった。太一君、量は足りてる?」

「そうだな、あとカップ焼きそば、それも塩とかがあると嬉しい」

「うん! 用意して持ってくるね」


 そう言って、優芽は嬉しそうにその場を離れていく。竹史はさらに追い込まれることになるが、いつものことといえばいつものことだ。

 梢は上手いなぁ、と内心舌を巻きながらも表情を引き締めて、


「――次の斯波君の能力は、戦闘用みたいね。戦いで使われる恐れはないわ。その次の山名君の能力は不明。もしかしたら使ってるのかも知れないけど、今のところ対戦相手の戦い方に不自然なところはないわ」

「すごいな先輩。それ今調べたんですか?」

「そ、その……女の子達が色々と……」

「そうだ! 俺なんかと話してないで、女子達と話してきてくださいよ。男と話すのはダメですよ。俺だって満足に話してないってのに、他の男共にいい目を見せてなるモノか」


 間違いなく、君が一番話してる男子なんだけどな、と思いつつも、


「七草君と話すことがあるって言ったら、みんなでこっちに送り出してくれたわ」

「そ、それはご丁寧にどうも」


 完璧に使い方を間違っているとは思ったが、梢はそれを追求せず、


「で、津島君なんだけどガンガンに使ってるわね。持ち駒使えなくしたり、成るのを禁止したり。本当、汎用性が高いわ、あの能力。対抗策は?」

「あ、大丈夫ですよ。会長、俺との時には能力を使いませんよ、そうじゃないと意味がない」


 あっけらかんと答える太一に、梢は小首をかしげる。


「意味?」

「あ、いいなぁ先輩、その仕草」

「答えなさい」

「あ、昨日やり合ったの知ってるでしょ。で、その時に俺、え~っと暴走しちゃって」

「聞いてるわ。ごめん、そんな危険なことになるとは思わなくて……」

「それはもう無しですよ先輩。誰も予想できなかったって九条も言ってましたから。ただ、どうも俺と会長がやり合うと俺が必ず暴走して、知らない間に俺が勝ちそうなんですよ。そんなの意味がない」


 力強く断言する太一の言葉に、梢は息を呑む。


「それじゃ、このイベントはそもそもそのために?」

「違うんですけどね。流れでそういう風になっちゃいました」


 それでは、二人の間には決着がついていないということなのか。いや、それならばそもそもこのイベント自体が行われるわけがない。


「太一君、もういいの?」


 優芽が戻ってきた。手には焼きそばのカップを持っている。


「石倉さん、結局普通にポットで湯を沸かしてたみたい。恩に着せるほどの事じゃないわよね」


 その背後で竹史が悔しげに唇を噛み締めている。能力を使うことは諦めてくれたらしい。


「作戦会議は終わりましたか? 梢さん」

「え? ああ、そうね。どのみち七草君が使える戦法は無いことが判明しただけ。詰め将棋ばっかりしてるから、序盤戦の知識がないのよね」

「そりゃ、先輩が悪い」

「でも……勝ってね。うん、それを最初に言えば良かった。直情馬鹿のあなたにはそれ言うのが一番の作戦だものね」


 その時見せた梢の笑顔は、優芽をして呆気にとられるほどに魅力的だった。

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