第27話 「学校」であることの意味

 二回戦ともなれば、さすがに将棋をまったく知らなかった、という生徒はほとんど残っていない。だから、勝負が速くなるかというとそれはまた別の話で、そこそこ戦法を知っている者同士がぶつかると、膠着状態に陥ることがあるのだ。


 早々に決着がつく組み合わせもあれば、双方動きがないまま十分以上経過している組み合わせもある。


「これは三回戦からは、制限時間を決めないと決勝戦が夜になるね」

「九条君、今までの話、本当なの?」

「エクストラ・ナンバーの名にかけて。正直に言うけど、僕だって驚いてはいるんですよ」


 梢と信夫が並んで、太一の戦い振りを見ていた。太一は自分の知っている詰め将棋の型にはめ込もうと駒を動かしているらしく、梢にしてみれば頭を抱えたくなるような戦い方をしている。


 金曜の晩の経緯を聞いたことが、その頭痛に拍車を掛けていた。


 能力者同士の全力対決。太一の血の暴走。そしてその壊滅的とも言える終わり方。

 中でも一番驚いたのは太一の能力と、そのパワーだ。話を聞く限りだと校内随一だと言い切ってしまっても良い。


「的確な表現の仕方は“幸いにも死人が出なかった”――かな」

「……尽力してくれたのには礼を言うわ。ただ、騒動の元を作ったというなら、あなたは私と同罪よね」

「見抜かれていて、自覚がありましたか」


 信夫の嫌味は無視することにして、梢は先を促した。何がどうなって将棋大会なのか。生徒会が協力してるのはなぜか。優芽がここにいるのはなぜか。聞きたいことなら、幾らでもある。


「先に言っておきますが、僕は説明が下手ですよ」

「自覚があるなら、改善の努力ぐらいはしてくれるんでしょ。時間軸通りに話すのが良いんじゃない?」


 その言葉にうなずいて、信夫はまず大きく息を吸い込んだ。


「動かなくなった七草君を彼女の協力の下、僕の部屋まで運んで手当をしつつ、七草君の家に連絡を。そのまま帰すとそれこそ説明が面倒なのでね。そうすると『ウチの子もようやく高校生らしい生活をするようになったのね』とやたら感慨深い言葉と共に、お母様から七草君を僕の部屋に泊める許可を頂きました」

「…………」


 言うだけあって実に下手な説明だ。右の頬でも叩いたら早送りのスイッチが入らないものだろうか。


「で、翌朝、七草君が目を覚ますと同時に迷惑なことに会長を除く生徒会の面々が僕の部屋に。会長はさすがに動けなかったようだね。で、会長職を七草君に譲るという伝言を持ってきたんだけど、七草君は『高校生たるもの生徒会と戦うのが健全なあり方だ』と適度に賛成票が取れそうなスローガンを掲げてそれを拒否」


 ほとんど間違いなく、母親の影響だろう。


「その代わりに、七草君はこの将棋大会を提案したんです」

「その理由は聞いたの?」


 梢がそう尋ねると、信夫はなにやら含み笑い。


「七草君が言うにはですね、能力者を集めるだけの施設なら別に学校の体を整えて無くても良いはずで、それでも学校と名乗っているからには、学校の創設者は僕たち――能力者全般の意味でだけど――に学校生活を楽しめと言いたいんじゃないかって」

「……つまり私の父が、ってことね」


 梢の父は、この伍芒高校の理事長だ。


「七草君のこの意見、僕はあり得ると思ってるんだけど、そちらは?」

「……あり得るわね。で、どうしてあなたは笑ってるの?」

「いや、あなたがますます七草君を好きになりそうな台詞だと思って」


 梢はその言葉に対する、自分の対応を検討した。殴る。蹴る。極める。


「で、将棋大会にしたのは、あなたをアドバイザーに指名出来きるからですよ。女子専門のね」


 検討している間に、信夫から追加が来た。


「こういった事態が起こる前から、七草君がやたらに女子に話しかけてたんですよ。ああ、目を三角にしないで下さい。ただのアンケートでしたから。で、何のアンケートをしていたかと言いますと『薬袋先輩と話してみたいか?』です」

「え?」


 さすがに聞きとがめた。


「彼はね、最初っから最後まであなたの笑顔を見たくて頑張ってたんですよ。で、同性の友達でもいれば、もっと笑ってくれるんじゃないかって。これには会計の古川さんなんかが特に熱心に賛同してまして。彼女、あなたとは前から話してみたかったみたいですよ」


 言われて、相変わらず光一に腕にしがみついているちえりの方を見てみると、しっかりと目があった。こちらをずっと見ていたらしい。そういえば、さきほど将棋のルールを教えていたときも、何か言いたげだった。

 ちえりは光一の陰に隠れながらも、こちらに向けて小さく手を振っている。


「前から思ってたんですけどね、僕たちの能力は籍でも入れないと変化しないんじゃないかと。友達作るぐらいは問題ないですよ。多分恋人ぐらいも」

「そんな保証が……」

「ありますよ。僕の彼女も能力者ですけど、僕の能力も彼女の能力も失われることは今のところありませんから」


 その言葉に、梢は初めて信夫の顔を見た。相変わらずほとんど髪の毛に覆われていたが、口元に浮かぶニヤケ笑いだけははっきりとわかる。


「――空想彼女の話を引き合いに出されてもね」

「そのフレーズ、どこまで浸透してるんです? というか、僕に彼女がいたらそんなに不都合があるんですか?」

「でも、友達作るぐらいは確かに問題なさそうね」


 信夫の言葉を無視して、梢はちえりの方へと足を向けた。ちえりと話をすれば、信夫と同じ程度の情報が手にはいることもわかったし、それならばちえりと話した方が、太一の気遣いにも適うことになる。


「七草君に惚れ直しましたか?」


 背後から懲りない信夫の声。梢は今度こそ実力行使に打って出た。


                 *


 さらに勝負は進み三回戦へ。この時点で大多数の生徒は脱落したことになるのだが、帰る者はほとんどいない。授業も訓練もないのにこれだけの生徒が一堂に会している状況が今まで無かったのだ。気を抜いた状況で顔を合わせると、話したいことも色々出てくる。


 それに加えて――


「能力を使ってる?」

「あ、うん、もちろん私とか、ケケ君みたいなのは目立ちすぎるし将棋には上手く使えないでしょ。だからそういうのは無し」


 ちえりの説明によると、男子へのアドバイザーとして太一が優芽の名前を出したときに、浩文から提案があったそうだ。普通の学校と同じ事をしても仕方がない。なら、優芽にばれないという条件付きで、能力の使用を許可したらどうか? と。


「そしたら七草君がうなずいちゃって。今、この学校の決定権は七草君にあるでしょ」


 空恐ろしいことをちえりは口にする。


「会長みたいな能力が使いやすいのかも。何人か使っている人を私も見たよ。薬袋先輩、説明に一生懸命で気付いてなかったみたいだけど」

「梢でいいわよ、古川さん」

「あ、じゃ、じゃあ私もこともちえりって呼んでください」


 そうして二人で笑いあう。


「あ、本当に八重歯がある。それに片えくぼ。七草君の言ったとおりだ」

「そ、そんなことまで話してるの!?」

「あの男は、放っておくといつまでも薬袋のことを話してるよ」


 側にいた光一が割り込んできた。さも迷惑そうな表情と一緒に。


「あ~、それはね。会長も七草君黙らせるために、かなり無茶なこと言ったような部分もあるし。でも、これは良かったよ。お互いの能力がわかったからコミュニケーション取りやすいし。それに将来的にチームを組んで仕事をするのなら、当然能力は知っておくべきだと思うし」


 ちえりの言葉に、梢は改めてここが学校であることの意味を見つけたような気がした。

 父は、そこまで見越してここを学校にしたのだろうか? そしてその意図を言わぬままここまで生徒達――能力者達――に任せていた。


「そうだな能力は知っておくべきだった。将来、裏切り者が出たときの対応にもなる」


 光一が穿ったことを言い、ちえりが頬を膨らませる。梢はその意見にも頷くべきところがあると感じていた。

 裏切り者云々ではなく、そういった事態までも考えることが重要だと感じたのだ。


 今、この学校にいる者は通常の社会では完全な異端者だ。だからこの学校には逃げ込んできた者がほとんどで、だからこそこの場所の維持にこそ絶対の価値を見いだしていた。


 けれど、それでは閉塞する一方だったのではないか。善悪の是非はともかく、将来軍事力として機能するつもりなら、目は外に向けておかなければならない。


「あ、七草君また勝った」


 ちえりが重くなった雰囲気を振り払うように明るい声を出す。それにつられて、梢もそちらに目を向けると、ガッツポーズを取った瞬間に、痛みに悲鳴を上げる太一の姿があった。そして、浩文に目を向けるとこちらも優勢に勝負を進めているのか、余裕のある表情を浮かべている。包帯だらけではあったが。


「これで、七草と津島の仕切り直し戦の条件がまた整ったか」


 光一が、皮肉な笑みと共にそう告げた。

 そう、生徒達が帰らない一番の理由。それはこの戦いが、会長と転校生の能力を使わない戦いだと皆が知っているからだ。そして、梢の情報もようやくその状況に追いついたことになる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る