第六章 伍芒高校将棋大会
第26話 肘は垂直に打ち込まれる
土曜日の晩に浩文から連絡があった。もちろん携帯にではなく、家の方にだ。双華があっさりと取り次いだのは、相手が浩文だからだろう。電話が掛かってくる心当たりがあったので、いささか緊張して電話に出ると、
「日曜日に、将棋部主催でイベントを行う事になったから出てきてくれ」
かなり素っ気ない口調だったが、それ以上に声のかすれ具合が気になった。だが、それを聞き出す前に電話は一方的に切られてしまう。
で、言われたとおりに制服で学校に来てみると校舎は半壊。あちこちで小火でも起こったかのような焼けこげ跡。これはもう戦闘が行われたと解釈する以外にない。
焼けこげの跡は竹史の能力で間違いないとして、問題は破壊された校舎だ。浩文の能力はそういった力ではないし、やったとすれば光一とちえり。
――それか、太一の能力。
だが、これほどの戦闘が行われるとは思っていなかった。浩文と争うことになるかも知れないとまでは考えていた。けれど、これほどの大騒動になるとは。
そして全身包帯だらけの浩文を見たときには血の気が引いた。さらに、絡繰り人形みたいにギクシャクした動きを見せる太一を見たときには、時が遡ればいいのに、と激しく後悔した。
すぐにでも何が起きたのか知りたかったが、何しろ当事者達の身が空かない。しかも、知らぬ内に梢自身も当事者だった。
理由はわからないが、無事だった体育館内では全生徒参加の上で、将棋のトーナメントが行われているからだ。しかも生徒会が優勝者に賞金まで出すと言っている。
説明して欲しい状況がどんどん増える一方で、梢は将棋のルールを知らない女生徒達を指導する役目を仰せつかっていた。じゃあ、男子はどうするのか、ということになると、なぜか優芽がいるのだ。
あの太一の妹の超絶美少女だ。しかもセーラー服を着ている。その優芽が男子達相手に将棋のルールを説明している。もの凄く無愛想だが、男子生徒のほとんどがルールを知らないと言い張る盛況ぶりだ。
正直、ここのところの説明が一番欲しい。
幾ら生徒数が少ない学校とはいえ、全員参加ともなれば一回戦が終わるまででも一苦労だ。それが終わり、一応つきっきりでルールの指導をしなくても良くなったタイミングで、ようやく梢は太一を捕まえることが出来た。
どういうわけか、太一も大会に参加していて、ちゃんと一回戦は勝ち抜いている。
「ちょ、ちょ、七草君」
「あ、は、はい。は……痛い! ちょ、ちょっと待って」
梢は太一の腕を引いて、体育館の裏へと連れて行く。痛がる太一の声に、一瞬躊躇するが大人数の前では出来ない話だ。それにまず第一に梢はしなければならないことがあった。
「ごめん、七草君!」
体育館の影に入ると同時に、梢は太一に深々と頭を下げる。
「え、え~と……」
下げられた太一は、その理由がわからなくて咄嗟に反応できない。
「あ、あのね、金曜日に生徒会室に行くように言ったのは、もしかしたら津島君とあなたが対決することになるかも知れないって、もしかしたら今の状況が変わるのかも知れないって……私が変に期待しちゃったから、二人ともあんな怪我を……」
「ああ、それですか。会長の怪我はまぁ、多分俺のせいですね。でも喧嘩売ってきたのは向こうですから自業自得と言えなくもない。で、俺の方は戦いではほぼ怪我はなかったんですが……」
「が?」
「屋上から落ちたときに、古川に助けられたらしくて、その時に全身に打ち身をですね――ええと、不可抗力?」
絶対に間違った日本語だったが梢はそれどころではない。
「屋上から落ちた! いったい何があったの!? お願いだから説明して……って、何を笑ってるのよ!!」
「い、いや、先輩が俺のこと心配してくれてるなんだなぁ、と思ったらどうにも顔がゆるんでゆるんで」
実に効果的な不意打ちだった。梢の頬どころか顔全体が朱に染まる。
「あ、あ、あなたねぇ! わ、私はこんな事になるんなら、津島君とあなたを会わすんじゃなかったと、本当に……」
「あ、でも期待はしてくれたんですよね。それも嬉しいんですよ、俺は」
不意打ちで薄くなった梢の防御が、完全に貫かれた瞬間だった。のけぞりそうになる身体のバランスを取りながら、梢は自分が追い詰められたことを悟った。
「何やってるのよ、太一君!!」
しかし陥落寸前、救いの手と言うよりは第三者勢力からの横槍が入った。言わずと知れた七草優芽である。その傍らにはどういうわけか石倉竹史。
「あたしにわけのわからない仕事押しつけて、自分は何してるのよ! ねぇ、梢さん?」
ガラッと声のトーンを変えて太一と梢、二人同時に追い詰めていく。
「わけのわからないって事はないだろう。将棋の手ほどきじゃないか。女子相手なら先輩で全然問題ないが、男子相手に先輩ではもったいなさ過ぎる。お前で十分だ」
「あ……」
梢が考え得る限りもっとも最悪な台詞を太一が口にする。果たしてその予想は間違っておらず、表情を無くした優芽が音もなく太一の間合いに侵入すると、みぞおちに肘を打ち込んだ。容赦なく。全くの垂直に。
「ゴフゥ!」
今にも死にそうな声を上げて、太一が崩れ落ちる。優芽はそんな太一に一瞥もくれることなく、そのままきびすを返して立ち去っていった。梢としてはどちらにも声の掛けようがない。どちらも被害者で加害者とも言える。
そこで梢は、優芽の後に続いて帰ろうとしていた竹史に声を掛けた。
「――石倉君、ちょっと状況を説明して」
「あ、あのですね。優芽さんがお兄様はどこに行ったのかと、とても気にしておられたようですので九条に聞いてここまでお連れしてきた、という状況です」
「お兄様って……」
悶絶したままの太一を見下ろしながら、梢は竹史の言葉にがっくりと肩を落とす。いくら何でもわかりやすすぎだ。
「そこのところの事情はいいのよ。昨日……じゃなかった、金曜日の夜に何があったのかを、教えてくれないかしら」
「む、無理ですよ先輩」
足下から声がする。相変わらず身体をくの字に折っているが、太一が復活したらしい。
「ケケは早々に、俺にやられて気絶してたんだ。肝心なところは何も見てませんよ」
「てめ、太一! ケケって言うなって言っただろう!」
「うるさい。お前なんかケケだ!」
何だかいつの間にか随分仲良くなっている。
「先輩、こいつね、副会長のクセに徹底的に役立たずで、今度のイベント何にも役に立ってないんですよ。皆がケケと呼ぶわけがわかりました」
「るせぇ! 普通の生徒会みたいな仕事が出来るから、俺は副会長やってるんじゃねぇんだ。俺は強いから――」
「俺より弱いクセに」
「ああ、くそ!」
なるほど浩文が出張る前に、竹史と太一とで前哨戦を行ったらしい。で、かなりあっさりと太一が勝った。勝ったと言うからには、喧嘩で勝ったという単純な話ではなく、能力のせめぎ合いで勝ったのだろう。
「七草君、あなたの能力は――」
いったい何?
と聞きかけたところで、
「太一君! 二回戦始まるって!」
優芽の声が飛んでくる。その声に反応して、太一は飛ぶようにして体育館に戻っていった。思わず手を伸ばして、その背中を追う梢だったが結局声は出さなかった。その代わり、残された形になった竹史に目を向けると、
「九条――エクストラ・スリーのところに案内して。当然知ってるんでしょうね?」
自分より弱い相手には決して従わない竹史が、その命令に素直にうなずいた。
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