第25話 説教からの逆ギレで校舎破壊
「本来ならここで終わりだが、実は転校生――俺はお前に相当腹を立てている。だからここで先輩らしくお前に説教をする」
「何を……?!」
「嫌味な話になるが、俺の本家やら梢さんの家はまず食うに困ることがない。裕福で地位もある、今風に言えばセレブとでも言うのかな」
いきなり何を言い出すのかと、太一の表情に戸惑いが浮かぶ。
「だが、そんな家に生まれた者には普通の家に生まれた者より人生の選択肢は少なくなる。力のあるものが好き勝手に振る舞えば、世間に多大な迷惑を掛けるからな。俺はそういう覚悟で生きてきた。そしてそれは梢さんもそうだ」
「そんなこと、わかるか」
「わかる。いいか、この能力は家紋が大元だ。そして日本での結婚とは女が家に入ると書いて“嫁ぐ”だ。つまり、男に気を許しただけで梢さんはその能力を喪失する可能性がある。だから彼女は他人に心を許さない。一人でいる。結果彼女の笑顔が見られなくなったとしても、それは彼女の覚悟の表れなんだ。そして、俺はそんな彼女を尊敬している」
突然の告白に、太一は目を見張る。そして、彼女を犠牲にして自分の居場所を守るだけだと思っていたこの連中の中にも、梢を想う者がいたことに驚きを感じた。
「それをお前は何だ? いきなり現れて彼女の覚悟を理解せず、一面的な正義を振りかざし彼女を混乱させただけだ。確かにこの街のことをを満足に知らされていなかった事情もあっただろうがあまりにも浅慮な行いだったな、七草太一」
言い返そうとした太一は、咄嗟に言葉を紡ぎ出せない。梢の笑顔を取り戻す、その考えに間違いはないはずで、自分はそれが正しいと信じたからこそ、こうやって生徒会の面々と戦っている。
しかし、今それは浩文によって打ち砕かれないまでも、一面的なものの見方だと指摘された。そして梢の性格からすれば、恐らくは浩文の考え方の方が正しく思える。
だが、太一は浩文の言葉に納得できない。梢がそれを望んだのだとしても、彼女の笑顔が見られないのは何としても我慢できない。徹底的にそれがイヤなのだ。
「そうか……」
太一は気付いた。自分が浩文の言葉に納得できない理由に。
「……会長、あんたの言ってることはもっともだ。俺は確かに自分の好き勝手に振る舞いすぎた。でもそれは当然なんだ。俺は単純に先輩の笑顔がもう一度見たかっただけなんだ。それをこの街やあんた達のせいにしていたのは、俺が悪かった」
そこで、太一は浩文を睨み返す。
「だけど会長、あんた知らないだろ。梢さん、全然方向音痴で道に迷うと表情変えないまま、小首をかしげるんだ。どんなに可愛いか知ってるか? それに笑うと――ああ、これは内緒だ。つまり俺は俺の都合だけで、先輩に笑って欲しいんだ」
そこで太一はこらえきれずに、天に向かってアッハッハッハと笑い出す。
「俺にまともな説得が通じると思うなよ会長。こうなったら世界が全部敵に回っても、梢さんの笑顔を見るぞ」
その宣言が太一の気力を今一度復活させたのか、両腕と両足からパンッと何かが弾ける音。
「――良い気合いだ。だが、この戦いはすでに終わっている」
浩文は太一の気合いに飲まれることなく、再び光る手で太一に触れた。太一は再び動きを封じられる。
「お前の覚悟はわかった。だが、俺たちも遊びでここに集っているわけじゃない。梢さんに近付くことを許さんと言ったら許さん!」
浩文は両手を上に掲げる。ギンッという空気が震える嫌な音。そこに現れたのは、太一の剣に迫ろうかと言うほどに巨大な家紋――“丸に十の字”。
太一は唾を飲み込んだ。五秒という時間にこだわらず、十分に力を込めた浩文の全力は、きっと梢とすれ違う偶然すら奪ってしまう。浩文の力の巨大さよりも、その予感に太一は恐怖を覚えた。
*
完全に傍観者と化している光一とちえり。二人にとっては浩文が勝つのは当然の成り行きで今さら驚くべき事柄でもない。転校生が竹史を倒したのは意外な展開だったが、このまま会長が勝って、変わらぬ明日が来るのなら竹史が負けてくれた方が、助かると言えば助ける。そこに信夫が息を切らしてやってきた。
「間に合って……ないね。ケケ君は負けてるとして会長は思ったより頑張ってるな」
「九条か。ケケが負けるのが――……今、なんて言った?」
背後から近付いてきた九条の言葉を、光一は聞きとがめた。
「九条君、もしかして会長が負ける情報を仕入れてきたの?」
「ええ、たった今。調べる場所がはっきりわかって、蔓を伸ばしていくと推測が色々と裏付けされたよ」
ちえりの質問に過剰に答える信夫。
「推測?」
「君たちは質問のコンビネーションまで抜群だね。裏付けされた推測その一は見つかったあの遺骸はどうやら本当にキリストの遺骸だったみたいだ。いや、そう信じている団体が他にもいることが判明した、と言う方が正確だね」
「何がわかったんだ?」
「今年の七月二十八日、警視庁公安部が三人の外国人を拘留した。これは公表されていない。この三人の素性はマルタ騎士団の構成員だ」
「マルタ騎士団?」
「歴史のある騎士団でね。名前はともかく今はバチカン市国にある独立国家といっても良い。その使命はキリスト教守護。こんなのが日本に乗り込んできているんだ。で、来日早々、七草太一を襲った。いや拉致しようとしたのかな?」
今度は二人からの言葉はなかった。そろそろ情報処理が追いつかなくなってくる頃合いではある。しかし、信夫は構わずに続けた。
「七草君に手を出したわけは多分……潜在能力の判定装置が向こうにはあるんだろうね。それが優秀であることは、ケケ君の有様を見ればわかるよねぇ」
「エクストラ・スリーの言うことだ。どんなにでたらめに聞こえても、それはそれで信じるよ。で、会長が負けるって言うのは?」
「人混みの中で、人一人を拉致ろうとしたからには、彼らも僕たちと同じような能力を持っていると考えて、それほど的外れじゃないだろう」
その言葉に、二人はうなずくしかない。
「が、その彼らは重傷を負って今も入院中なんだ。誰にやられたと考えるのが妥当だと思う?」
「……七草だな」
「そう、彼は戦闘のプロ三人相手に勝利してるんだ。が、本人はその辺りの記憶がない。つまり自動的に戦ったんだ。で、それがとても強い、となると思い出すのは……」
「俺たちの能力の元は妖怪と言われてるあれか。七草の強大な能力から考えると、あいつの引いている血はかなり強力な妖怪……言ってると変な気分になるな」
「同感です。が、そうとも言ってられない事態が起こりつつありますよ」
信夫の視線につられて、光一とちえりも太一と浩文の戦いへと視線を戻した。
するとそこには先ほどとは正反対の光景。滑らかで、継ぎ目のない華麗な剣撃が、つい先ほどまでそういう攻撃を繰り出していたはずの浩文を追い詰めていた。太一が本気を出した――というよりは人が変わっていると考えた方が自然な程、質が変わっている。
「お、おい、九条、なんだアレは?!」
光一が慌てた声を出すのも無理はない。太一の頭上に輝くのは“丸に十の字”。それは浩文の家紋だったはずだ。それがなぜか太一の頭上で輝くのか。その当然の疑問に答えるように、丸に十字の家紋が一息に燃え上がる。
「か、会長の能力を、制約を燃やしたのか!」
信夫が驚きの声を上げた。
家紋と持ち主は当然のことながらシンクロしている。浩文は叫び声一つあげないが、食らったダメージは計り知れない。いや、すでに戦闘は不可能と考えるべきだろう。だが、太一はなおも剣を振り上げる。六本の牙がガチガチと音を立て、天に向けて炎を吹き出し、その威勢は留まるところを知らない。
太一はその剣を勢いよく地面に突き立てる。
途端、周囲一帯の空気が爆発した。それに伴う火傷するかと思うほどの圧倒的な熱量。校舎全体の窓ガラスが一斉に砕け散ったが、その音がまったく聞こえない。
「……助かりましたよ、古川さん。なかなかの手際ですね」
信夫が礼を言う、ちえりの背後には巨大な揚羽蝶。
「九条! これは何だ!?」
「わからないよ。何もかもが初めて尽くしだ! 推論だけ言うと血の暴走だろう。覚えがないかい?」
「…………」
「ただ、これほどのスケールは……」
当の太一は爆風に乗るかのように宙を舞い、そのまま三階建ての校舎の上に飛び乗った。そして剣を一閃。校舎の角が斜めに切れ落ちる。それは重力に引かれず、不可思議な軌道を辿り、浩文の頭上へと向かう。
「会長が危ない! 筑紫君!!」
「やってはみるが、間に合うか、ちーちゃん!」
「うん!」
光一とちえりが自分の能力を展開を急ぐ。二人とて生徒会のメンバーなのだ。普通の生徒よりはずっと使えるが、この場合あまりにも時間がなさ過ぎた。ただ、幸いなことに二人の上に君臨する生徒会長も並の人間ではなかった。
ガラスの破片で重傷を負いながらも、落ちてくる校舎の下から必死になって転がり出てくる。これで浩文は何とかなるとして、今度は大元だ。太一が力を振るい続ける限り、災厄は収まらない。
「九条、どうやったら止まるんだ!? 前は!?」
「多分だけど、妖怪の血に人間の身体が耐えきれなくなってヒューズが飛んで自然に止まる……」
と信夫が言う先から、屋上の太一が揺らめき、そのまま頭を下にして落下してきた。
「古川さん、風を頼む! 彼は殺しちゃいけない!!」
「うん!」
巨大な揚羽蝶が羽ばたく。突風が砂塵を巻き起こし、砕けたガラスが再び宙に舞い、あちこちに残る熾火の光を浴びてキラキラと輝く。その光と共に横風が落ちてくる太一に叩き付けられ、落下の勢いを殺す。
乱暴な手段だが、とりあえずこれで死にはしないだろう。
これで残された状況は――
浩文は何とか無事。太一も細かな怪我はたくさんあるだろうが、まずは無事。すっかり忘れていたが、竹史も倒れた場所が良かったのか全くの無事。
これなら人間の方は何とかなりそうだが、周囲の状況が酷すぎる。常軌を逸して破壊された校舎に、あちこちでで今も燃える炎。耳を澄まさなくてもウーーーー、カンカンカンという消防車のサイレンが聞こえてくる。いかな葉が丘の人間でもさすがに看過できるような、ちょっとした不都合のレベルではない。
「九条、俺は面倒はご免だ。ちーちゃん帰るぞ」
「うん」
「酷い無責任ぶりだけど、僕も見習うよ。彼女にお願いしてお暇するとしよう」
「…………この状況下で空想彼女の話か」
言いながら、光一は浩文を助けに向かい、信夫は太一を助けに向かう。
そして十分後にはしご車を含む、三台の消防車がグラウンドに乗り込んだとき、要救助者は石倉竹史ただ一人だった。石倉竹史は病院での軽い治療の後、警察で宿泊することとなる。
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