第24話 斜めにずれた能力で真っ直ぐに戦う

 距離が離れているせいか、太一は浩文から放たれるものを見ることが出来た。有り体に言うと光る何か。能力を発揮する前に頭上に光る家紋。それがそのまま飛んできているようにも見える。


 その光を反射的に剣で弾きそうになる太一だったが、ギリギリのところで身をよじってそれをかわす。太一は浩文の能力を“相手の動きを止める”能力だと考えていた。剣に触れた途端に、身体ごと動かなくなってはもはや勝ち目はない。


 だが、このまま避け続けるのも無理な話だ。太一は一計を案じポケットに手を突っ込んだ。指先に触れる手応えは堅くて丸いもの。硬貨に間違いないがそれが例え百円でも躊躇している場合ではない。五百円でないことだけはわかるから、それで十分だ。


 浩文から再び放たれる光。太一はそれに向けて硬貨を投げつける。反射する光の色は銀。残念なことに一円でないこともわかっている。


 太一の予想では、その銀の光は浩文の放つ光と衝突した瞬間、地面に落下するはずだった。浩文の能力は“物体を停止させる”といった類のものだと考えていたからだ。どういった種類の家紋を見れば、そんな能力が想像できるのか、それこそ想像も出来ないが。


 が、他の多くの事柄と同じように予想は裏切られた。銀の光――恐らくは百円、希望は五十円――は浩文の光と衝突しても、そのまま直進を続けた。そして浩文の手前で、重力に引かれて地面に落ちた。


 チャラン、と物悲しげな音が響く。まるで太一の予想に対しての“はずれ”の鐘が鳴ったようだ。


「なるほど、俺の能力に対抗する手段としては良い方法だ。だが俺の能力がどんなものかは、予想が外れたようだな」

「……そ、のようだな!」


 太一は叫ぶなり、先ほどと同じ要領で自分の剣を巨大化させる。別に重量が増えるわけでないのが有り難い。問題は距離感から何から狂ってしまうことだが、そんなものは問答無用で叩き伏せる程に剣を大きくすればいい。


 幸い、相手の能力は物体を停止させるものではないということだし。


 柄を握りしめ剣を上段に振りかぶり、そのまま浩文へと叩き付ける。浩文はその場を動かず、再び光を剣に投げつける。あっさりと衝突する二つの光。だが、剣は止まることなく、六本の牙を揺らめかせ炎の化身となり、浩文の頭上に雪崩のように襲いかかる。


 絶対に無事では済まない。実際、それはもう予想を越えた確実な現実に思えた。


 だが、再び予想は覆される。いや、予想が間違っていたのかも知れない。なぜなら浩文は先ほどと変わらず、そこに立っていたからだ。


 避けたようなそぶりすらない。ただ一人、自分の無事を予想してそこに立ちつくし、そしてその予想通りに浩文は無事だった。理屈はまったくわからないが、そういう現象が起きたのだ。


 太一は単純に自分の狙いが外れていた、とも考えた。が、太一とて素人ではない。しかも振っている剣は普通の剣ではないのだ。問題があるとするなら、やはり浩文の放った光だ。


 それを確かめるために、太一は今度は横薙ぎに剣を振るった。もちろん剣は巨大なままだ。浩文の右手が振るわれる。剣と光の衝突。剣は止まらない。そのままの軌道で進めば浩文の上半身と下半身は泣き別れ。


 が、再び剣は空を切る。そう空を切ったのだ。横に振るわれていたはずの剣がいきなり軌道を変えて、上へとホップする。

 それは断じて太一の意志ではない。つまり――浩文の力だ。


「先輩からのサービスだ。俺の家紋を見せてやろう」


 浩文の頭上に家紋が現れた。それは丸に十字。太一は、その形から何も想像することが出来なかった。これで何をどうすればあの不可思議な力になる。


「俺は運が良かった。始めてこの家紋を見たとき、寝違えていてな」

「何?」

「これを斜めに見たんだよ。どうなると思う?」


 太一は自分の首をかしげる。すると、そこに現れたのは道路でよく見かけるあのマーク。


「……おい、冗談だろ」


 太一は気付いてしまった。


「そう。俺の能力は“禁止”だ。ジャンルは特にこだわらない。例えば今日、生徒会室でケケに禁止した事は“戦うこと”だ。そして今、禁止した事は“俺に触れる事”だ」

「それは……」


 強力な能力、とも言い難いような気がする。


「例えば漫画で良くあるような、能力の容量値を計る機械でもあれば俺はお前の値の半分も無いだろう。多分、ケケにも負ける」


 太一の表情を読んだのか、浩文が正直すぎる説明を始めた。


「だが、この能力は使い勝手が良い。それは身に染みたわかっただろう」


 太一はそれに答える代わりに、剣を通常のサイズに戻し間合いを詰める。ロングエリアから大振りの攻撃を繰り返していては絶対に当たらない。となればショートレンジで細かな連撃を叩き込むしかないということになる。


 幸いと言うべきか、竹史ほどの攻撃力は浩文にはない。先ほどのように手数で押し負ける心配もない。


 易々と懐に侵入。突きも織り交ぜた攻撃を繰り出す。浩文はそれに対してフッと短く息を吐き出し、指先をまっすぐに伸ばしさらに垂直に立てて目の前にかざす。


 繰り出される剣を、浩文の掌底が捌いた。その手に輝くのはあの光。光と剣が接触すれば、剣は戦闘の道具としての意味を喪失する。


 太一にもここまでは予想できた。予想外だったのは、浩文単体での戦闘能力だ。この間合いで襲いかかる剣を冷静に捌いているのは、能力も何も関係ない。純粋の浩文の体術によるものだ。


「それがお前の全力か。では覚悟を決めろ」


 太一の連撃をかいくぐって、浩文の掌底が太一の身体に触れる。一度や二度ではない。肩、胸、首、上腕、腹。だが何か変化があるわけではない。単純に設定された禁止事項が的外れのなのか。


 わかっていることは、完全なジリ貧だということだ。正しく設定された禁止事項を打ち込まれれば、そこでこの戦いは自分の敗北という形でケリがつく。


「……恐るべき潜在能力だ、俺の能力のほとんどが弾き返される。では、基本的なこれでどうだ」


 浩文の光る手が太一の肩に触れた。途端――


「…………!」


 足が動かない。腕も動かない。剣が消えることはなかったが、そもそも腕が動かないのであれば、剣が消えなくても意味がない。


「四肢を動かなくした。下手に動きを禁止すると呼吸が止まってしまって実に危ない。これでこの戦い自体は終わりだ」


 浩文はまっすぐに太一の目を見つめる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る