第23話 重要なのは五秒間

「な、何だあの大きさは!?」


 光一はいきなり出現した“ソレ”を見上げながら思わず叫んでいた。それはつい先ほどまで転校生の手の中にあって、形はともかく一般的な大きさだったはずだ。


 それがいきなり見上げるほど巨大になって“そこ”にあった。三階建ての校舎など問題にもならない。光る剣、というよりはもはや光る大木だ。


 これでは下の街でも異変に気付く者がいるかも知れないが、半数以上は関係者の住む町だ。何とでもごまかしがきくだろう。


「こりゃあ驚いた。転校生は化け物だったらしいな。ケケじゃ相手にならないぞ」


 同じように巨大な剣を見上げながらも、浩文はどこか余裕のある態度だった。


「津島、余裕だな」

「筑紫。お前はこの学校の名前の由来は知ってるだろう?」


 そう言われて、光一は浩文の自信の根拠を思い出した。


「その点、ケケの奴はいつまで経っても重要なことを覚えなかった。だから“ケケ”呼ばわりされるんだ。ここで負けるのも、いい経験だ」


                 *


 会長からダメ出しされた副会長ケケは、その言葉通り太一の作り出した剣に圧倒されていた。


 その大きさは明らかに竹史の想像を全速力でぶっちぎっていた。しかも、その剣は巨大なだけではなかった。六本の牙が揺らめきながら、剣の側面を上昇してゆく。そして新たな牙が、柄から生まれてはまた上昇してゆくのだ。


 ――その姿はまるで炎。


 今まで自分が支配下に置いていた「火」を横取りされた様で、実に気分が悪い。

 その怒りが、萎えかけていた竹史の戦意を再び盛り上げた。操っていた火の玉を右手に集める。すでに間合い云々の問題ではなくなっている。勝機を見いだすとするなら、あの剣が振り下ろされる前に、相手の懐に飛び込んで一撃で勝負を決めるしかない。


 だが、その思考こそがすでにを裏切っていた。


「チェストーーーーーー!!」


 太一の何も考えていない、強大すぎるほどの一撃が竹史の頭上に倒れ込もうとしていた。何しろ校舎より大きな剣が、光の軌跡を描いて自分の頭上に覆い被さってくるのだ。尋常な光景ではない。


 竹史はそれでも、この剣はかわせると考えていた。大きな分、軌道は読みやすい。要は冷静であればいい、と。


 だが、それは甘い考えだった。何しろスケールがすでに尋常ではないのだ。それは剣での攻撃と言うよりは、すでに災害の域に達していると言ってもいい。


 迫り来る危険に竹史の感覚は研ぎ澄まされ、周囲の状況がまるでスローモーションのように感じられる。だが、その原因は恐怖なのだ。迫り来る死をわずかでも引き離そうとする無駄な努力。その証拠に、幾ら感覚が鋭敏になっても竹史の足は一歩も動かない。


 すくんでいるのだ、恐怖に。


 パンッ! と何かが弾ける音。それは竹史の右手に集まっていた火の玉が弾け消失した音だった。恐怖に竹史の心が折れたのだ。その負荷はそのまま竹史の脳を直撃し、あっさりとブレーカーを飛ばしてしまう。


 竹史は振り下ろされる剣を前にして気を失った。

 その瞬間に浩文が動いた。先刻の生徒会室と同じように右手をさっと振りかぶる――


 だが、いざその手を振るおうとした瞬間に巨大な剣は消失した。巨大な光源がいきなり無くなったようなモノだ。夜の闇に目が慣れるまでの間、浩文は意識的に瞬きを繰り返しながら、太一へと目を向ける。


 すると剣は消失したのではなく、常識的な大きさに戻ってまだその手の中にあった。


 かなり自在に能力を使いこなしつつある。太一相手に間合いの取り合いはほとんど無意味だろう。だが――

 自分の能力には間合いは関係ない。浩文はそれをよく知っていた。


                 *


 一方の太一も、いよいよ真打ちの敵生徒会長を目の前にして改めて信夫の言葉を思い出していた。


「七草君。僕たちの能力はそれほど便利じゃない。第一印象によってはかなり限定された能力になるだろう。けれど、この能力が望んだ事全てをかなえられる能力を持っていたとしよう」


 なかなかに想像しづらい力だったが、太一は話を先に進めるためにうなずいて見せた。


「では、その能力を使って戦闘のプロ、あるいは格闘技の達人と戦わなくてはならなくなったとして、君は勝てると思うかい?」


 あまりに簡単な問いかけだったので太一は即答した。


「勝てない」

「話が早くて助かる。その通り勝てないね。意識レベルでのスピードが違いすぎる」


 例えば何でも可能に出来る能力で、反応速度を上げるようにしたとしても、そう願うまでのタイムラグがすでに致命的なのだ。プロならばその隙を見逃すはずもないし、格闘家となればそもそも“無拍子”という、人の意識の隙を突く奥義を体系化している武術すらある。


 太一もそれは知っているから、大人しく信夫の言葉を待った。


「だけど、この能力を軍事活用しようとするなら、そういった連中とも渡り合わなくちゃならないんだ。勝てない、じゃ済ませられない」

「じゃあ、どうするんだ?」


「能力の優位性は確かにあるんだ。だからそれを生かすための時間、できれば五秒間を確保しよう、というのが僕たちの目的なんだ。それは校名にも現れている」

「校名?」

「伍芒っていうのは要するに五秒ってことだよ。そして生徒会長、津島浩文の能力発動までの時間は五秒どころか一秒程なんだ――だから彼は校内ナンバーワンなのさ」


                  *


 信夫との話はそこで終わった。浩文の能力がどんなものかは聞いていない。聞いても教えてくれないような気がしたし、何よりもそういったハンデ無しで決着を付けたかった。

 それに浩文の能力は何となく想像がついている。


「九条から俺の能力は聞いたか?」


 浩文からダイレクトな質問が投げかけられた。


「聞いていない。だけど校名の由来は聞いた!」


 おまけを付けて正直に答えると、浩文はニカッと笑い、


「聞いたなら、ケケの奴がダメなことがわかっただろう。これで少なくともお前は副会長だ」


 いきなりの言葉に太一は眉を潜めるが、自分が竹史に勝ったことを思い出した。


「ちょっと、じゃあ光ちゃんはどうなるのよ会長?!」

「あ~~、席次が一つずつ下がって古川が会計補佐って事でどうだろう?」

「そんな事は俺に勝手から言え!」


 呑気すぎる会話に太一が割り込んだ。


「お前、俺に勝てるつもりか?」


 即座に返される浩文の言葉に、


「勝つつもり無くて戦う馬鹿がどこにいる!」


 太一も即座に言い返す。


 その刹那の言い争いが合図だったかのように、二人は臨戦態勢に移行した。太一は一度は通常のサイズに戻した剣を再び大きくする。対する浩文は右手を頭上に挙げ、その手を振るう。


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