第22話 でかくて強い!
七月二十八日に自分が何をしていたかを太一が信夫に伝えると、信夫は血相を変えて教室から出て行った。さほど重要なことを話した気もしなかったのだが、秘密の街の住人には、色々と複雑な事情もあるのだろう。
太一もすっかり暗くなった教室を後にして、決まったコースをなぞるようにして下駄箱に向かい、靴を履き替える。
そこで大きく深呼吸。そして、意識を集中して梢のことを思い浮かべる。それはすぐに出来たので、頭上に視線を送ってみるが何もない。信夫はたしか“怒れ”と言っていたが、そんな簡単に怒れるモノではない。
何とかならないかと、色々頭の中で梢をこねくり回している内に、まず心に浮かんだのは梢の八重歯だった。そして左の頬にだけ現れるえくぼ。思わず和みそうになるが、怒らなくてはいけないことを思い出して頭を振る。
が、その時自分の足下の影が突然濃くなったことに気付いた。理由を考えるより先に、太子は反射的に自分の頭上を見上げていた。
そして、見る。
自分の頭の上に輝く、六本の牙を持つ光の剣を。
「こりゃ……」
何かを言いかけ、結局そこで止まってしまう。聞いたとおりだと思うべきか、予想外だと驚くべきか。それに何より、この剣が出現した理由だ。どうやら梢のことを想えば出現するらしい。
すると、梢に本格的にふられるとこの能力自体が使い物にならなくなる可能性がある。
で、能力者が最大の価値を持つこの街の隅っこでひっそりと……
「ええい! こんちくしょうっ!!」
家紋を見たときの第一印象? それが剣なら、やることは一つしかないではないか!!
太一は自分の頭上に輝く光の剣の柄を握る。それは手に掴んだ瞬間に幻のように消え失せるかとも思ったが、太一の右手に返ってきたのは確かな手応え。そのまま振り下ろすと、炎を纏った軌跡が闇を切り裂く。
(能力者でなければ価値がないなんて、何で思ったんだ!)
太一は二度三度と剣を振りながら、先ほどの自分の考えを否定する。そんな馬鹿な話はない。そもそも俺はそれはそれを否定したいために、この剣を握ったのではなかったのか。
右手を鍔元に。左手を柄尻に。上段に振りかぶって、最初から終わりまで自分の意志を乗せた一撃を振り下ろす。
*
グラウンドに出ると、四人の人影が待っていた。校門を塞ぐようにして立つ姿は、確かに太一の行く手を阻むようでもある。しかもそういう状態で立っているということは、この街を背負っているというシチュエーションにもなる。
頭上に広がるのは満天の星。それは街の灯りが山腹にあるこの学校にまで届いていないことの証。ここは今から人の常識が届かない戦場になるのだから、このシチュエーションも、確かにおあつらえ向きだ。
下駄箱で出した剣を、右手で持ったままでいるのは向こうにも見えているだろう。
そう――こちらの戦闘準備は完了している。
「改めて紹介しよう。俺の横から副会長の石倉ケケ」
出し抜けに浩文が大声を出してきた。
「違うだろ! 俺の名前は竹史だ!」
それに負けず劣らずの大声が被さってくるが、浩文は一切構わず、
「で、その横が書記の筑紫光一、その横が会計の古川ちえり。能力の強い順に役職が決まってる。つまり会長たる俺、津島浩文が――」
「書記と会計って、書記の方が偉いのか?」
実にいいところで太一が素朴な疑問を呈した。しかし、その疑問に答えてくれる者は誰もいなかった。この状況を一言で言うなら、クリティカルであろう。
挑発にしても、戦意を殺ぐにしても実に効果的な一言だった。
それでも浩文はめげずに先を続ける。
「……が、その書記と会計は今回の戦闘には参加しない」
「なんで? 一斉に掛かってきてもいいぞ」
「挑発は無用だ。この学校がどういうところで、生徒会がどういった集団なのかは聞いたんだろう? 個人対集団で力比べをしても、この場合仕方がない」
梢のパートナー予備軍が生徒会なら、確かに一番を決めなければ意味がないわけだ。
「なるほど。それはわかったけど書記と会計が参加しないっていうのは?」
「二人の能力は組んだ方が力を発揮しやすいんだ。で、ぶっちゃけるとこの二人に戦わせると、校舎が持たない」
そう言われて始めて、太一は光一とちえりに注目した。見れば二人は緊迫感も何もなく、呑気に腕を組んでこちらを見ていた。
考えれば、ちえりは女生徒なのだ。梢のパートナーに成りうるはずもない。これは本当に単純に強い順番に並べているということなのだろう。
「……じゃあ、俺の相手は……ええっと……ケケ!」
「竹史だ、馬鹿野郎!!」
言うなり、今度は一瞬で竹史の頭上に家紋が輝く。それは“三つ巴”の家紋だった。それが今度は三つの火の玉に。
「わかりやすい連想だな!!」
叫んで言い返しながら、太一は剣を担いで駆け足で間合いを詰める。が、その足が止まった。竹史が放った火の玉の一つが、眼前に迫りつつあったからだ。
いつもの太一なら委細構わず突っ込むところだったが、この戦いは違う。負けは許されない。その想いが太一の頭の中に冷静さを残していた。
そして、その冷静さが呼び起こしたモノが一つ。突っ込むことしかしなかった太一に、道場の師範が繰り返し叩き込んだものの遂に身にならなかった、剣道での足捌き。
直線の動きで突っ込んでくる火の玉を、青眼に構えた姿勢をほとんど崩すことなく太一は回避した。その一直線上に竹史の姿がある。竹史の構えは野生の獣そのものだ。その両手が左右に振るわれる。
太一は視線を動かさず、自分の周囲に迫っているであろう二つの火の玉を感じた――いや、見た!
それは夜の闇の中、光の軌跡を後に引き、弧を描いて左右から太一に迫ってくる。
太一は横摺り足で、火の玉が襲いかかってくるタイミングをずらすと、自分の剣の力を信じて一つを弾き、二つめを横薙ぎに叩き切る。そして、背後から襲いかかってきた先ほど避けたもう一つを、前に転がってよけた。
竹史との間合いがさらに詰まる。
火の玉が三つ。明らかに遠距離用の武器だ。懐に飛び込めば勝機はある。火の玉は一つ切ったから、残りは二つ。焦るな、この調子で一つずつ潰していけばいい。この戦いにタイムアップはない。
が、その竹史が自分から突っ込んできた。右手と左手にガントレットのように火の玉を纏わせて、直接殴りかかってきたのだ。一瞬、驚愕と感嘆が入り交じった感情が太一の中に去来する。さすがに能力を使った戦い方には相手に一日の長がある。
ならば遠慮をしている場合ではない。牽制も何もなく打ち倒すつもりで剣を振るう太一。それを竹史は火の玉でガンガンと弾く。
現状の不利を悟って、太一は摺り足で間合いを広げた。
そして、その判断が太一を救った。竹史の足の間から飛び出してきた火の玉が、アッパーカットのように太一の顎を狙って急上昇してきていたからだ。
目の前を急上昇してゆく火の玉を、脂汗を浮かべながら回避した太一は思わず叫んでいた。
「ずっりーーーっゾ!! 一つ潰しただろ!!」
「俺たちが操ってるモノは、元々あるはずがないモノなんだぞ!」
言い返しながら、竹史が拳を振るう。もはや手加減していられる状況ではない。切り払うつもりで刃を合わせて、太一は迎撃の剣を振るった。
ギン! ギン! ギギン!!
打ち合わせること十数合。単純な算数が答えを出しつつあった。竹史の操る火の玉は三つ。太一の操る剣は一本。兵力の多い方が勝つという大原則が、太一を追い込んでいたのだ。太一は思い切って横薙ぎに剣を振るって、大きく後退した。
竹史も間を取りたかったのか、追撃してこなかった。気付けば双方とも肩で息をしている。竹史の方も、三つの火の玉を制御するために相当神経を削っているのだろう。
しかし、太一のジリ貧な状況に変わりがあるわけではない。
現状を打開する力がいる。剣の一本ではどうにもならない。だが自分の家紋では剣以外に想像のしようがあるものか。剣が――
「そうか!」
太一は突然理解した。
本来は“ないはずのモノ”だと竹史は言った。ならば、こんな不自由な形にこだわらなくていいのだ。子供の頃思い描いていた、どんな敵でも一撃で叩きのめすことが出来る、
「馬鹿でっかくって、攻撃力抜群の剣を!!!」
その声に、太一の能力は全力で応えた。
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