第21話 白き日輪、大輪の花

「おおっと、気持ちはわかるけど思い出してくれよ。僕は最初に『これから先の話は全部推測だ』って言ったよね。だから別にキリストじゃなくてもいいんだ。ただ一番該当しそうだってぐらいの話なんだよ」


「該当? 何に?」


「この国の能力者を根こそぎ目覚めさせるほどのパワー持った人物の死骸となるとね」

「なんだって? 死骸?」


 これまた話が飛んだな、とも太一は思ったが墓から死骸への流れは自然といえば自然だ。問題はなぜこんな話になっているのかということだろう。そして信夫の説明がその部分に触れ始める。


「そうなんだ。あまり詳しくは話せないんだけど、おおよそ二十年前にある人物のミイラが発掘された。もしキリストの死骸だったら聖骸と呼ばれる事になるんだけど、それは余談」


「その死骸が謎の力を発して、日本中に謎のエスパーが大量発生? もう少しましな推論を思いつかなかったのか?」


「その辺りの研究は進んでない。ぶっちゃけるとどうでもいい、ということでもある。僕等にとって肝心なのは能力だからね。経緯はさほど重要ではない。それに、もし本当にキリストの聖骸だったとすると、答えは海の向こうからやってくる。これも余談だけどね」


 余計な話が多すぎる。


「で、多分一段落かな。ここまでの話は理解できたかい? 納得はしてくれなくてもいいから」


 分をわきまえたというべきか、投げやりというべきか。太一も呆れるほどの軽さで、信夫は今までの説明を総括した。太一は自分の復習の意味も込めて確認する。


「……つまりこの学校の能力者ってのは妖怪の血を引いていて、その力は家紋によって分類される。どうやってその力が身についたのかは、割とどうでもいいこと」

「この街に色んな人が金を出してくれる理屈については?」

「そっちは全然わからん。いや、わからくはないんだが、でも今説明しなきゃらんことか?」


 肩をすくめてみせる太一に、


「必要なんだ。言い訳をするためにね。それより七草君。もう気付いてるんだろう? 薬袋梢さんもまた能力者なんだよ」


 もちろん太一は気付いていた。そして今までの彼女の扱われ方からして、学校の中でも特に重要な能力を持っているということなのだろう。


「先輩の家紋は?」

「十六枚の花弁を持つ大輪の花だよ」

「は?」


「そしてね、ああやっぱり僕は説明が下手だな、能力者の力はね、その持ち主がその家紋を初めて見たときに、それをどう思うかでほとんど決まるんだ。これもっと先に説明しておかなくちゃならなかった」


 一瞬、太一は信夫の言っていることが理解できなかった。いや、想像できなかったと言った方がのが正しいかも知れない。家紋を初めて見るという状況がまず想像できない。


 が、そこで先ほどの信夫の頭上に浮かんだ家紋を太一は思い出した。

 ここで言う初めて見た“家紋”というのは多分アレのことだろう。自分がおかしな力を発揮したその瞬間に現れる幻。そして、それを見たときに思うこと。


 到底、まともなモノを想像できるとも思えないのだが……


「あの~、わかってもらえたのかな」

「あ、ああ。何とか理解は出来たと思う。それこそ、この想像があってるのかの保証はないけどな……で、先輩の話だったか?」

「そうだった。薬袋さんは自分の家紋を見たとき、こう想像したらしい。これは“太陽”だと」

「太陽?」


 オウム返しに聞き返してから、太一は自分が今言った内容に気付いた。家紋を見たときに“太陽”を想像したということは、もの凄く単純に考えるとその場に太陽が出現したことになる。


「せ、先輩はそれで無事!? ……だったんだな、今日も会ったし」

「一番に薬袋さんの心配とは君らしいね。その通り、彼女は無事だよ。ただ、ここで問題にして欲しいのは、さっき言った僕の言葉なんだけどね。主に兵器関係」

「ええっと……どれだ? ああ、核融合爆弾って……」


 そこまで太一が考えたとき、二つの単語が繋がった。太陽と核融合。太一の乏しい科学知識でも、この二つが密接に関係していることは知っていた。

 だが、それを認めてしまうと、


「そんな馬鹿な!」


 と叫びだしてしまうような結論にたどり着いてしまう。


「馬鹿でも何でも、彼女のその力を前提にこの街は動いてるんだ」


 太一は頭の中を整理するために、そこでいったん信夫の言葉を止めた。そして今までの説明の中心に梢を置いて考えてみる。そして一番先に思うことは――


「だけど、話がそう繋がるんなら、将来的には先輩が危険なことをするって事に……」

「ところがそうはならない。そしてここから先が言い訳が必要な事情なのさ。実は彼女の能力だけでは、太陽を完全に出現させることが出来ないんだ」


「は? 意味がわかんねぇぞ。それじゃ、さっきの話と違うじゃないか」

「違わない。この能力は血の流れに乗っかってるって言っただろう。僕たちが期待しているのは彼女じゃないんだ。彼女の次の世代、平たく言うと彼女の子供だ」

「何?」


「さすがに太陽を作るほどのパワーはとてつもないらしくてね。薬袋さん自身は太陽を生み出せないんだ。しかし、彼女が他の優秀な能力者と子を成した場合、妖怪――昔の超能力者の血はさらに濃くなることになり、太陽を生み出すことが出来る。実際、薬袋さんはあと少しで太陽を作り出せるところまでの能力は持っているから、次世代では確実に太陽の能力者が誕生することになる」


 信夫の長い説明を、太一は確かに聞いていた。しかし理解が追いつかない。ただ思うのは、あの日だけ見ることが出来た梢の笑顔。


「この街が出来た理由の一つがここにある。この街は能力者を集めて、薬袋梢にもっとも優秀なパートナー、夫を選抜するためにあるんだ」


 太一は何も言わない。ただじっと信夫を見つめている。


「……何も言わないね。もっと怒り出すかと思っていたよ」


 太一の視線に居心地の悪さを感じたのか、信夫が肩をすくめてみせる。


「……先輩が怒っていないのに、俺だけが怒ってどうする」


 太一の静かな声。それはまるで信夫の内側に染みこんで行くような声で、信夫は自分の立ち位置を見失いそうになる。足下が定まらない。


「先輩が何も言わない理由があるんだろう。ここまで来たら聞くだけは聞いておく。何だ?」

「……今さら言うまでもないが、僕たち能力者は普通の世界じゃ異分子だ。僕もこの街に来るまでは色々あった。けれどこの街なら、この学校なら大丈夫。ここは僕たち能力者の居場所なんだ……いや、他に居場所がないと言った方がいいかな」


 そして、その居場所を守るために梢は何も言わずに今の境遇を受け入れている。

 そこまでの説明はいらないだろう、と判断して信夫はそこで説明を打ち切った。いや、それ以上に太一の視線に耐えられなくなってきていた。


 確かにあまり格好のいい状況でないことは理解している。ただ、目下のところ梢のパートナーと目されている津島浩文が、まったくもって悪い男ではないのが事態を深刻にしていなかった。例えば、浩文の女癖が非常に悪くて、将来的に梢が苦労しそうだ、というような事ならば、自分はともかく理事長が放っておかないだろう。


 ところが浩文は性格的に少々問題があるとしても、“夫”としてはまずまず無難な男だ。

 それに加えて、浩文自身がこの街の重要性を良く理解しており、積極的な協力者でもある。さらに嫌な話だが家柄的にも薬袋家とも釣り合いの取れる家柄の出だ。


 一方の梢の方はどうかというと、この話が出た時点で想う相手という者がいなかったと聞いている。つまり、泣く泣く自分の恋を諦めた、などという悲劇は起きなかったのだ。


 要するに現時点では、目に見える不都合も、将来的な不都合も起きていない。

 だから、この街は上手くいっている。その結論に間違いはない。


「……なるほど」


 信夫の中の自己確認に追従するかのように、太一が一言呟いた。


「先輩がいつも一人でいるのはそういう理由わけなんだな。“景品”としての自分の価値を守るために、一人でいることを選び、そして人に笑顔を見せない」

「景品は……酷い表現だ」


「お前等がやってるのはそういうことだ。だけど、おかげでわかりやすくなった。つまり生徒会長に勝てば、この街のルールでは先輩は俺のモノだな」

「そんな理屈……」


 と言いかけた信夫は、太一の言葉を否定できないことに気付いた。薬袋梢の現状を一番適切に表す言葉は確かに“景品”なのだ。


「だけど、俺はそんな馬鹿なルールに従うつもりはない。とりあえず会長には何とかして勝つ。そして、先輩には改めて自分の意志で付き合う人を決めて貰う」

「自信があるんだ」


「あるわけねぇだろ。俺は自慢じゃないがもの凄い数振られてるんだ。俺は、その何だ……うっとうしいみたいだ」

「空回りはしている気がするけど……でも、それじゃ君が頑張っても報われないかも知れないじゃないか」

「そういう事じゃねぇだろ」


 信夫の言葉を即座に否定する太一。


「そういう事じゃないんだ。間違っているモノを間違っていると言うときに、自分が損だとか得だとかは関係ないだろ」


 あまりにまっすぐな言葉を前に、言葉に詰まる信夫。


「それはともかく、そろそろ戦い方を教えてくれ。もう夜だぜ」


 言われて信夫が窓の外に目を遣ると、とっぷりと日は暮れていた。生徒会との約束の時間だ。信夫はふぅ、と一つため息をつくと、


「君は今、どうも薬袋さんのことについて怒りを覚えると、能力が発動するみたいだ。その時、君の頭上には妖怪が君の家紋だと想っている、形がある。まずはそれを見る」


「それを見て戦えるように想像すりゃいいんだな。さっきの説明だと」


「いや、余計なことは考えなくてもいいよ、君の家紋は人が戦うためだけに作り出した武器そのものの形だ。素直に考えればいいと思う。そうすれば多分、その形自体が実体化する。君はそれを手に取れば戦闘準備完了だ。後はもう戦うしかない」


 うなずく太一。そんな太一に向けて、信夫はもう一つため息。


「――最後に、この学校がなぜ“伍芒”高校という名前なのかを教えておくよ」

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