第五章 太陽を見た少女
第20話 外交とは戦争の一環
夕日が差し込み、赤く染まった教室内。元は白く真新しい教室だ。それだけに他の色の侵略を易々と許す。まるで元からこんな赤い部屋だったような、そんな錯覚さえ覚えてしまう。
目に染みる赤は心にまで染みてくるようで、太一は思わず呟いていた。
「夕焼けの校舎って、いい雰囲気だなぁ。先輩はこうなる前にさっさと帰っちゃうから、全然二人の中が進展しない」
「確かにね。僕も彼女とこんな雰囲気のいい場所に行ってみたいねぇ」
「ああ、例の空想彼女」
「……その言葉、現代用語の基礎知識に乗ったら嫌だなぁ。ちなみに、僕の彼女は現実にいるよ」
そう言いながら、信夫は自分の席に腰掛ける。太一は自分の席には腰掛けず、夕日を背負うようにして窓際の机の上に腰を下ろした。
「さて、始めて貰おうか。出来れば、能力とやらの使い方だけで勘弁して欲しいんだけど」
「能力の使い方を教える代わりだと思って欲しいな。ああ、それとついでに今年の七月二十八日に何をしていたのか教えてくれると有り難い」
「七月二十八日? ええと、ああ……何でその日付を知っているのかわかんないけど、いいよ」
その言葉に信夫は眉を潜める。空振りではないらしいが、それにしては太一の反応が軽すぎる。少なくとも翌日から入院した原因はあるはずだが。
「……ええと、まずこの街の成り立ちから行こうか。この街には色んな人がたくさんお金を出してくれている。それはなぜか」
「いきなり大きい話だな」
「大きいところから小さくしていけば順序よく説明できるかな? という僕の苦肉の策だ。さて、戦争は外交の一手段という言葉があるけれど――」
「ちょっと待て。もっと大きくなってないか?」
それもそうだな、と九条は太一の指摘に納得はしたが構わずに続けた。
「――僕は逆だと思ってる。国と国とが交わるということは、どんな形であろうとそれは戦争なんだ。だから戦争の一つの形として外交がある、と思ってる」
太一は首を一つ捻ったが、それについては何も言わなかった。自分に関わりのある話だとも思えなかったからだ。
「ところが、日本は戦争が出来ない。憲法でそう決まってるからね。だから、実は外交も出来ないんだ。今やってるのは『お願いします』と頭を下げているだけで、とてもじゃないけど外交と呼べない」
「その話、小さくなるんだろうな?」
不安を感じた太一がさすがに口を挟む。
「次で小さくなるよ。ええっと、じゃあ何とか外交だけでも出来るようにしよう、と考えるとどうすればいいか? それは他の国が怖がるだけの軍事力を持とうということになる。それも憲法に触れないようにしてね」
太一は何となく話が見えてきた気がした。先ほど見たあの超能力。それを軍事利用しようということか。太一が何となくうなずくと、
「多分ご想像の通り。実のところ、計画が始まったばかりのこの段階でも、他国の元首のプライベート空間に乗り込んで、何らかの書類にサインするように脅迫することが出来るよ」
「じゃあ、それでいいじゃないか」
「それじゃ外交じゃなくて、テロリストだよ。一国のすることじゃない」
太一の言葉をあっさりと却下して、信夫はさらに説明を続ける。
「日本みたいな小さな国が他国を怖がらせるのに一番安易な手段は核兵器を持つことなんだ。実際こういう議論はあるよね。聞いたこと無いかな?」
実のところあった。
この街に来る前の入院中にやることもないので、太一は昼のワイドショーを見まくっていたのだが、最近のワイドショーは結構政治のことについて語ってくれたりするのだ。
「聞いたことはあるよ。でも、そういうときは大体……」
「そうだね。日本は唯一の被爆国で核兵器に対してはアレルギー気味だ。有効な手段だと理解しつつも、多分これから先も持てないだろう。持ったとしても公表は出来ないから、やっぱり外交の役には立たない」
「その話はわかるけどよ。これがどう繋がるんだ?」
「実はゆくゆくは核融合爆弾が持てるんだ。それがこの街に色んな人が金を注ぐ理由だよ」
「核融合~~~?」
「さて、七草君。君は妖怪を信じるかい?」
*
これはいけない。
今までの話でさえ十分に誇大妄想気味だったのに、今度は妖怪と来た。話が飛びすぎている上に、わけがわからなくなってくる。正直、話を聞く気が一気に失せた。
少しでも梢の助けになるかと思って、大人しく聞いていたが、もうどうでも良くなってきた。きっと九条はこちらを丸め込もうとして、適当言っているだけなのだ。
「……僕がいい加減なことを言っていると思っているね。正直、ここから先の話は多分そうなのだろう、というぐらいの推測の域を出ない話ばっかりだ。でもね、一つだけ確かなことがある。僕たちが使える、この不思議な能力だ」
そう言われてしまうと、確かに何も言い返せない。だいぶん前には保健室で。そしてつい先ほど生徒会室で、竹史の頭上に浮かぶ変なモノを見ているし、何より生徒会長の妙な力を目の当たりにしている。
自分もそうなのだ、といわれても納得いくモノではないが他人のでも何でも、一度見てしまった事は取り消せない。
そこまで考えて、太一は一つの事実に思い至った。それは、
「九条、お前も何か使えるのか?」
「もちろん。ああ、そう言えば見せてなかったっけ」
言った瞬間、信夫の頭上に輝く文様が浮かび上がる。それは“下り藤”と呼ばれる家紋の一種類であるのだが、もちろん太一が知るはずもない。
「これはね、家紋だよ。何処かで見たことぐらいはあるだろ?」
「その形は見たこと無いけれど、家紋ぐらいは知ってる。水戸黄門が出すアレとかだろ」
「三つ葉葵だね。けどウチの学校にはこの家紋の持ち主はいないなぁ」
「そりゃそうだ。その家紋を持ってるって事は、徳川将軍の身内って事だろ? そうそうそこらに……」
「この場合の家紋は、ちょっと違うんだ。妖怪がその血の流れの中で、どの家紋を己の家紋と認識しているかが重要なんだ」
「また妖怪か……」
「もっとも、僕の場合姓が“九条”で家紋が“下り藤”だからね。それほど外してはいない。何を言っているのかわからないなら、もう少し歴史の勉強を頑張った方がいいね」
実に癪に障るが、太一の歴史の成績が悪いのは事実だ。
ただ、これでやたらと自分の姓が騒がれたわけがわかった。詳しくはわからないままだが、能力に家紋が関係あり、それは姓から推測できるモノらしい。
さて、自分の家の家紋は何だったかな?
そうやって首を捻った太一だったが、いかんいかんとその首を横に振る。危うく本気になるところだった。
「妖怪という言い方が悪ければ、古代日本に住んでいた何らかの超能力者、という言い方をしてもいいよ」
太一の仕草を見てか、信夫が苦笑混じりに自分の言葉を訂正した。
「そういった人達の血がずっと昔に僕たち普通の血に混ざる。そのまま薄れていく血もあっただろうけど、時の流れの中でその血を濃くしていったパターンもあると思う。そしてその血の濃度がある一定以上に達した人もいるだろう」
「なるほど、先祖返りを起こした連中がこの学校に……」
「――と行きたいところだけど、それならこの世代に能力者が集中しないだろう。ここで、また話が飛ぶんだけど、戸来村って知ってるかな。青森にあるんだけど」
なるほど盛大に話が飛んだ。太一は眉を潜めながらも、言われた地名を脳内検索。結果は――
「全然知らない」
「実はキリストの墓があるって話で有名なんだけどね」
もともと太一に答えを期待していなかったのか、信夫はすぐに答えを言う。それを聞いた、太一の表情はますます歪んだ。
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