第19話 太一、敵をロックオン

「いや『たのも~』はないな」


 全員が突っ込むべきかどうか悩んだところを、太一は自己消化した。そして、そのままの勢いを持続させて、


「それはともかく、生徒会長はいますか。って、おお~~~!!」


 浩文が呼びかけに応じようとしたところで、太一がいきなり竹史の方を指差した。


「なんで不良少年が、この部屋に?」

「あ? 俺のことか? 不良少年って、どういう意味だ!」

「さすが都会だなぁ。田舎じゃ見ないもんなぁ」

「そ、そうか?」


 あまりの展開に、残された全員が唖然と口を開く。


「……本当に人の話聞かないんだな」

「……それよりも、ケケの反応の方がおかしくないか」


 もっともな呟きだったが、二人の耳には届かない。


「で、え~っと、石倉だったっけ。何でこの部屋に」

「そりゃ、お前、俺が生徒会副会長だからだよ」

「今確信した。この学校の校則は緩い。きっと男女交際もOKに違いない」


 グッと握り拳を固める太一に、やっとの事で浩文が声を掛ける覚悟を決めた。


「七草君だね。俺が生徒会長の津島浩文だ」


 そのまま一同はしばらく浩文の動きを待ったが、それ以上浩文は何も言わない。光一と信夫がため息をつきながら頭を振る。ちえりは興味深そうに太一を見ているが、特に発言する気は無いようだ。


「……七草君、話があるんだろ?」


 仕方なく、信夫が話を先に進める。


「ありゃ、九条。なんでここに? ま、いいや。生徒会長、今度、学校対抗の将棋の大会があるらしいんで、出場するけどいいですよね」


 信夫の狙いは当たり、太一がこの部屋に来た目的を果たそうと動き出した。


「ダメだ」


 対する、浩文の答えは実に素っ気なかった。あまりの素っ気なさに、太一ですら一瞬動きを止めてしまったほどだ。


「だ、ダメって、何で?」

「この学校は対外試合は一切行わない。そういう方針だからだ」


 理屈も何もなく、いきなり結論を突きつける浩文。九条は自分の依頼通りに浩文が事を運んでくれている――と思うことにした。


「ほ、方針って、えーーーっと、おかしいですよ、それはともかく!」


 まったく理屈になってないまま、とにかく抗う太一。無理もないと九条は他人事のように思う。だが、浩文の応対はいつもと同じであるとも感じていた。


(こりゃ、頼むまでもなく喧嘩になってたかな)


「おかしかろうが、おかしくなかろうが、そんなことはどうだっていいんだよ! 会長がそう決めたら、そうなんだよ」


 粗野そのものの台詞で、竹史がさらに状況を悪化させた。


「この学校じゃあ、強い奴が全部決めるんだ。会長はこの学校で一番強い。だから、この学校のルールを決める」


 その辺りの説明は竹史の思いこみがほとんどだが、根本は間違ってない。


「一番強い奴が決めるって……」


 竹史の言葉に圧倒され掛かっていた事を示すように、上体をのけぞらしていた太一

だったが、そこまで言ったところで上体を元に戻した。


「それじゃ、俺が一番強かったら、俺が決めれるのか。色んな事を」

「お前が一番強かったらな。言っとくけど喧嘩が一番強いって事じゃねぇぞ!」


 言いながら竹史が腰を落とし、次いで頭上に三つの光が輝き始める。


 と、その瞬間、浩文が腕を振った。それに連れて何か光るモノがその腕の先から放たれ、竹史にぶつかり、その動きが止まった。頭上の光も消え失せる。


「失礼した。どうもケケは喧嘩っ早くっていかん」


 落ち着き払ってそういう浩文を見る、太一の目が変わっていた。そして、止まったままの竹史をじっと見つめる。


「心配いらない。そういう風にしただけだ。俺の能力でな……もちろん、生きている」


 最後の余計な付け足しがなければ、それほど心配する事態ではなかったかもしれないが、身動き一つしない竹史の様子は、見るものを不安に陥れるに十分だった。


 が、この場にいるメンツには通用しなかったらしい。もちろん太一も含めて。太一は動かない竹史には早々に興味を無くしたらしく、この場の異常の中心点、浩文を穴が開くほどまじまじと見つめ、突然叫んだ。


「ちょ、ちょ、ちょ……エ、エスパー!!」

「“ちょ”はどこに行ったんだよ」


 即座に光一が突っ込んだが、小声だったこともありそれはスルーされた。


「また古くさい表現だな。まぁ、そういう解釈で構わない。つまりエスパーとして俺は一番の戦闘能力を持っているんだ。この学校ではな」

「あっはっはっは、ちょっと待って」


 さすがの太一も脳の許容量をオーバーしたらしい。右手で浩文を制しながら、左手を頭上でヒラヒラさせている。実に見事な動揺振りだ。


「っていうわけだからね。他の街の人を君みたいに混乱させないために、ウチの学校は対外試合を行わないのさ。部活はそうだな……暇つぶし以外にあまり意味を持たないんだよ」


 タイミング良く信夫が割り込んできた。


「で、だ。君は生徒会長、いや生徒会と戦わなければならない」

「な、なんで?」


 いきなりの言葉に目を剥く太一。強引すぎたかな、とも九条は思うがどうしてもこの流れに持って行かないと、取りこぼすことが多すぎる。信夫はそう考えて、切り札を差し出すことにした。


「それを薬袋さんが望んでいるからだよ」

「先輩が? なんで?」


「いいかい。ウチの学校が対外試合に出られない事情は薬袋さんも当然知ってるんだ。それなのに君をここに寄越したって事は『会長と対決しろ』ってことなんだよ」


 そうだ。そこは間違いない。太一がこの街の事情に逆らおうというなら、遅かれ早かれこの学校のトップ、津島浩文と激突する。ただ、それを薬袋梢がこうも早く進めてくるとは意外だった。恐らくは自分の画策が読まれていたのだろうし、それに……


(彼女自身もかなり七草太一に入れ込み始めている)


「いや、意味わかんないぞ。それに、エスパーと喧嘩したって勝ち目が……」

「そうでもない。君も“エスパー”だからな」


 浩文が重々しい声で告げた。そういわれた太一は、ポカンと口を開き次いで右に左に視線をさまよわせた後で、自分を指差した。


「俺が?!」

「この学校は特殊なんだ。君の言うエスパーじゃないと、そもそも入学できない。それに君に能力があるのは九条が確認済みだ」

「うん、君にはあるよ。どんな能力かはわかんないけど」


 あまりに気軽に応じた九条の言葉に、太一はますます不信感を顕わにする。


「何でもいいが、その能力が戦闘向きであることを祈るんだな」


 挑発とも取れる浩文の言葉に、太一は目に見えて慌てた。


「な、何だってそんなに戦いたがるんですか? 先輩だって、ああ、これは薬袋先輩の方ですけど、話せばわかってくれますよ」

「そうもいかない。今回のことがなくても、近い内に我々生徒会は君に……」


 そこで、浩文は言葉に詰まる。そして助けを求めるように光一の方を見る。


「……そうだな、注意とか警告とか、その辺りの言葉が穏当じゃないかな」

「ということを行う予定だった。何しろ君は薬袋梢に近づきすぎた」

「何?」


 太一の表情が一瞬で引き締まる。


「梢さんは、この街の要とも言うべき存在だ。易々と近づいていい人じゃない。君は……」

「てめぇらか!!」


 突然、太一が吠えた。


「先輩を笑えなくしてたのは、てめぇらだな!!」


 ギンッ!!


 空気が凝縮した、いや結晶化したかのような、何かがきしむような音が響く。それはありうべからざるモノが出現した事に対する、世界の悲鳴のようにも聞こえた。


 現れたのは太一の頭上に燦然と輝く、七支剣。

 そして、それに負けずに煌めく太一の瞳。


 しかし、それは生徒会の面々にしても同じ事だ。彼らとて、能力者の集団の中のトップグループなのだ。見慣れぬ力がそこに現れたからといって、逃げる腰は持っていない。竹史を除く三人の頭上に何かが生まれつつあった。


「ストップ! ストップですよ、両方とも!!」


 信夫がキャラクターに合わぬ大声を出して、両陣営を押しとどめる。


「まずは七草君。ここまできて喧嘩を止める気はないけれど、それにしたって能力の使い方ぐらいは知っておかないと勝ち目はないよ。それに君はこの学校――街の事情を何も知らない。こっちにはこっちの事情があるんだ。それを知らぬままに喧嘩をしようっていうのは乱暴じゃないかな」

「う、ぐ……」


 喧嘩のやり方と乱暴だと言われたこと、どちらが引っかかったのかはわからないが、とにかく太一は止まった。頭上の七支剣も消える。


「そちらも、ね……?」


 生徒会の方に目を向けて、先ほどの話を思い出せと言うようにウィンクしてみせる。ここでものをいうのは、エクストラ・スリーという自分の立場だ。


 それでも動けるようになっていた竹史がなにか言いかけたが、結局は浩文の右手に制せられてそのまま沈黙した。これで、ようやく信夫の望んでいた場が出来たわけだ。


 ――それも思ったよりも随分早く。


「じゃあ七草君。いったんこの部屋を出よう。そうだな、僕たちの教室で話をしようか。生徒会のみんなは待っていて貰えるかな。日が沈む頃には説明が終わって……いると思う」


 自分の説明下手を確信した信夫の言葉はかなり頼りなかったが、浩文はうなずいて、


「いいだろう。俺はともかくケケが戦うとなると、広い場所の方がいい。戦う場所はグラウンドでいいな」


 恐らくはそれが正式な、生徒会から七草太一への宣戦布告だった。

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