第18話 危機を説明。人それを“気休め”と言う

「まず一つ目。彼は全くの一般人で、何らかのしがらみで理事長が伍芒高校ウチに入れざる得なかった。だから放置している」

「それは……」


 反論しかけた光一を信夫は手で制する。


「そうだね。僕が彼の能力を見ているからこの可能性はない。すると次は彼がスカウトの網から漏れて――ありそうなことだね――今になって発見された有望株」


「それはありだろうな。それにあいつ、何かやってるだろ」

「小さい頃から、剣道の街道場に通っているね」

「ほらな!」


 自分の予想が当たって、大声を上げる竹史に、


「でも、彼は負けっぱなしだったみたいだよ。防御をしないから」


 信夫が続けてそう言うと、竹史はバツが悪そうに黙り込む。


「彼の身体能力はこれからに期待するとして、能力的な有望株だとしたらおかしな事があるよね。理事長の態度だ。だって有望株ということは、娘さんのパートナーになるかも知れないって事だよね。じゃあ、理事長が彼を放っておくわけがない」

「あ~~~」


 全員から納得とも諦めとも取れるため息が漏れる。


「というわけで、これが本命だと思うんだけど彼は何らかのトラブルに巻き込まれて、突然能力に目覚めた。目覚めたからには彼も機密対象だ。理事長は恐らく彼を庇護するために、ここに転校させたんじゃないかな」

「でも、説明がないのはやっぱりおかしいんじゃない?」


 ちえりの指摘に信夫はうなずき、


「それはおかしいと僕も思う。けれどね、偶然に彼が薬袋梢と会わなければ? それになにより、七草太一があんな性格じゃなければ?」


 その言葉に、ちえりだけでなく光一も竹史も想像してみる。


 明らかに普通の学校ではないところに迷い込んだ一人の生徒。知り合いもいない。普通の反応ならば、とりあえずはしばらくの間、大人しくしておこう、という流れになるのではないだろうか。

 それならば説明が幾分遅れても構わない、という考え方もあるだろう。


「――九条、おかしなことを言ったな。エクストラ・スリーとも思えない発言だ。そこまで推測しておきながら“何らかのトラブル”? 調べたんだろう?」


 突然に浩文が何かに宣言でもしているかのような大声で割り込んできた。すると、他の生徒会の面々も、信夫の発言のおかしさに気付いた。


「痛いところを突かれたね、どうも。だけど僕はこう答えるしかない。調んだ」

「何だって!?」


 光一が驚きの声を上げる。声を上げたのは光一だけだが、他の者も驚きの表情を浮かべていた。


「だから君たちにお願いしてるんだよ。七草君の相手をして欲しいってね」

「待て。前よりも話がわからなくなった。どういうことだ?」


 眉を潜めて浩文がそう切り出すと、信夫は浩文へと身体を向ける。


「彼はこの街の事情を間違ってると言い切りましてね――理由は大好きな先輩から笑顔を奪っているから」


 一息に言い切る信夫。理由は恐らく恥ずかしいからであろう。


「な、な、なんだぁ、そりゃあ!!」


 今度は竹史が声を上げた。だが、先ほどとは違って竹史の声に同調しているような表情を浮かべている者は一人もいない。浩文は意識した無表情で、光一は苦虫を噛み潰したような表情だ。

 ちえりに至っては、何だか喜んでいるようにも見える。


「あ、あれ?」

「何だか今日は空回りっぱなしだねぇ、ケケ君。だから特定役解除が出来ないんだよ」

「てめぇ、九条!」

「九条……それ、転校生はマジで言ってるのか?」


 苦い表情のまま、光一が問うてくる。信夫は肩をすくめて、


「それはもう青春真っ盛りに」

「で、で、でもさ、その理由って良いよ。女の子ならグッと来るよ」


 ちえりがなぜか弁護に回るが、残りの男子全員から無言のまま抗議の視線を浴び、


「あ、そ、そっか……グッときちゃまずいんだったね」


 と小さくなる。


「実際どうなんだ? その恥ずかしい、正気を疑うような、ドラマの見過ぎで現代社会の被害者みたいな台詞を、転校生は薬袋さんに直接言っているのかい?」


 光一のクドすぎる表現に、信夫は苦笑浮かべながら、


「多分、言ってないと思うよ。そういう台詞を直接相手に言うようなキャラクターではないと思う」

「言ってたら何だってんだ。いや、頭おかしいって思われて、そこで話は終わりだろう」


「――馬鹿な方がいい詩が書ける、というのがいい例えかどうかはわからないけど、女性は時々、そういう直接的な言葉を求める時があるんだよ。僕も彼女に……」


「お前の空想彼女の話はいいよ」

「空想は酷いなぁ。本当にいるってば」

「一度だって、拝ませてくれない彼女の話なんか……」

「梢さんは――」


 浩文が言葉を差し込んできた。無遠慮といっても差し支えない、無理矢理鉄の棒をねじ込んできたような印象だ。


「――揺れているのか?」


 思い詰めたようなその声に、生徒会の面々だけではなく信夫までが緊張した表情を見せる。信夫は言葉を探すようにしばらく上に視線を反らし、


「揺れてはいると思う。けれどね、実際のところ揺れたからと言って、即、能力の喪失と言うことには成らないと僕は思うんだ。大体、僕たちの能力に関してはわかっていないことが多すぎる。多分こうだろう、とか、恐らくはこうなる、とかね」

「……お前、どっちの味方だ?」


 信夫の言葉に、竹史が敏感に反応した。だが信夫は慌てず騒がず、


「正直に言うと、僕も揺れている。彼女一人に犠牲を強いているのは事実だ。だけど、七草君がこちらの事情を聞きもしないっていうのも卑怯に思うんだよね。僕としてはそこのところを均しておきたい」

「均す?」


 おかしな物言いに、光一が眉を潜める。


「七草君に吹き込んでおいたことがあるから、近い内に彼はこの部屋にやってくると思う。“生徒会”と話をするためにね。で、その時に彼に喧嘩を売った上で、僕に話を振って欲しい」


「それで、どうなる?」


「君たち――いや、僕たちの方にも譲れぬ事情があり、それを知らぬまま喧嘩をするのは卑怯だと持って行く。そして教える代わりに、僕は七草君から七月二十八日に何があったかを教えて貰う――一石三鳥ぐらい、かな」

「一つわかったことがある。お前、もの凄く説明下手だな」


 ざっくりと浩文が、今回の会合を総括した。


「だよね~、持って回りすぎ。三分ぐらいで済んでたんじゃないの?」

「っていうか、これってわざわざ集まる必要あったか?」


 すぐさま、ちえりと竹史が追い打ちを掛けてきた。信夫は肩をすくめて、


「ああ、それはわかってるから。僕は苦手なんだよ、こういうの。でも、七草君をこれ以上放っておけ無くってね。最終的に君たちとやり合う時にわかるだろうけど、彼はまずいよ。この小さな世界の破壊者になるかも知れない」


 信夫を茶化していた三人に息を呑む気配。浩文たちは未だに真っ正面から太一と会ったことはないし、竹史は衝突直前に信夫に止められている。だから、信夫のいう太一の危険性には実感が湧かない。


 だが、過去に幾度も信夫が危機を告げたとき、それは本当になった。そして今度の表現は、その中でも飛び抜けて大げさだったからだ。


「……七月二十八日?」


 そんな緊迫感に逆らうようにして、光一が一人ごちる。


「筑紫君、その日付に心当たりでも? その日を境に七草君入院してるんだよね。で、その日を調べてみようとしても……」

「入院? ああ、じゃあそうなのかな。実は俺の実家の近くで、妙な事件があって……」


 お互いに言葉を被せるようにして情報のすりあわせを行う二人。そして、そこにさらに被さってくる音があった。


 ガラララララ……ガッシャーン!


「た~のも~!!」


 あまりに非常識な音と台詞に、部屋の中全員の目が突然開け放たれた扉の方を見る。そして、そこには一人の男子生徒の姿があった。


 七草太一が、リサイクルに出したいほどの元気をまき散らしてそこにいたのである。

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