第8話 都会の象徴はこいつで良いかい?

 左耳だけで三つも吊り下げられたピアスがぶつかり合ってシャランと軽やかな音を立てた。


「痛ぇって、もっとそっとやってくれよ」


 だが、そのピアスの主、伍芒高校一年B組の石倉竹史の声も出で立ちは決して軽やかなものではなかった。まず髪は金髪でそれをディップでひねって、爆発したような形状を作り出している。日常生活には不必要なこだわりだ。


 こだわりはそれだけでなく、両耳のピアス、チョーカー、ペンダントにブレスレットにリング、と思いつく限りのアクセサリーを身につけている。そのほとんどが銀色なのは良しとしても、デザインががっぷり四つに組んでいてお世辞にも良い趣味とは言えない。


 そういったゴテゴテした飾りを取り外してみると、竹史の容貌自体は実は悪くなかった。まず小顔であるし、実のところ睫毛も長く中性的ですらある。


 それを全部台無しにしている“お洒落”の方向が、あるいは竹史のこだわりなのかも知れない。


「あんた、そのナリで根性がないわね。痛いの嫌ならそもそも喧嘩なんかするな」


 そう言いながら、竹史の手の甲の傷に乱暴にオキシドールを塗りたくっているのは、伍芒高校保険医の柳井流美。髪をアップにまとめ細長い眼鏡を掛けたその姿は随分とオバサンくさいが、年齢は二十三。切れ長の瞳に、色気のありすぎる赤い唇が印象的だ。


 その唇の豊かさに比例するかのように胸も腰も高校生では為し得ないほど発達しており、白衣の下のスーツ姿がいかにも窮屈そうである。


 二人が居るのはもちろん保健室で、伍芒高校の保健室は教室が入っている方の東西に延びた校舎の一階にあるので、午後の今は日当たりも悪くない。言葉遣いから察するに、乱雑そうな性格の持ち主が部屋の主であるのに、比較的室内がきれいに見えるのは、この学校が新設校であるからだろう。


 とは言っても体重計や薬品棚はすでに斜めに置かれているし、間仕切りのための白いカーテンには、早くもくたびれた感じが見え隠れしていた。今はその向こうのベッドで休んでいる生徒がいるのか、カーテンが閉じられている。


「仕方ねぇだろ、向こうからふっかけてくるんだから。この街で俺に喧嘩売ってくる馬鹿がまだ居るとは思わなかった」


 カーテンの向こうの先客には委細構わず、竹史は加減を知らない大声で訴える。


「この街の利権目当てのやくざなんじゃない? そういうのは警察に任せて、あんたみたいな本気の最終兵器は大人しくしておきなさい」

「そ、そうか……」


 ジャラジャラとアクセサリーを揺らしながら頭をかく竹史を見て、流美はそっと顔をそらして、舌を出す。


「こんにちわー!!」


 突然、保健室の扉が勢いよく開け放たれた。保健室にはそぐわない、あまりの元気の良さに竹史と流美が同時にそちらに目を遣ると、満面の笑みを浮かべた男子がいた。


 太一だ。


「おまえ……」

「うおおおおおおー!!」


 竹史が声を掛けようとしたところで、太一が突然叫び声を上げる。


「な、なんだ?」

「すっげー! 格好いいーーー!!」


 びしっと竹史に指を突きつけて、さらに叫ぶ。その叫びには大いに反対意見があるのだろう。流美は盛大に顔をしかめてみせるが、もちろん二人は気付かない。


「そ、そうか? 俺って、そんなに格好良いか?」

「そりゃそうだよ、都会って感じだね」


 その太一の言葉に、流美は今度こそ心が折れた。そのまま椅子からずるずると崩れ落ちる。


「先生、なにやってんだ?」


 実に素朴な疑問風に竹史が尋ねるが、流美はしばらく立ち直れそうもない。太一はそこで突然思い出したかのように自己紹介を始めた。


「俺、七草太一」

「七草? 珍しい姓だな。俺は石倉、石倉竹史」


 流美を無視して、二人は自己紹介を終えた。この学校の者が自分の姓に変な関心を抱く癖があるのはわかっていたから、太一はそれについては何も言わずに右手を差し出した。

 竹史の方も指輪だらけの右手を差し出して、二人は固い握手を交わす。


「あ~、暑っ苦しい!」


 へたり込んでいたはずの流美が、突然芽生え掛けていた友情に水を差した。


「そういう時代錯誤な真似は他でやってよ。それに君、どこも悪そうに見えないんだけど、何で保健室に来たの?」


 保険医とも思えない投げやりな問いかけに、太一はなぜか、にへら、と相好を崩した。

 そして二人へと近づきながら、


「いや、実はですね。いやっはっはっはっは、どうしたものか」

「素で気持ちが悪い。頭でも打ったの」


 流美が半眼で太一を睨みながら、再び教師らしからぬ感想を口にする。竹史の方も、芽生え掛けた友情を仮免扱いぐらいに戻そうかという意図でもあるのか、がたがたと椅子ごと移動して太一から距離を取る。


「あ、頭は打ちました」


 そんな二人の様子にはまったく構うことなく、太一はあっけらかんと、ほとんどとどめと言わんばかりの告白をする。


「いや、実はですね、堅物の先輩にですね、会うたびに『好きだ』って言ってたんですけど、全然反応が無くて」

「ほうほう」


 竹史がさっきとは逆に椅子ごと近づいてくる。


「この学校でそんなことするなんて、お前度胸あるなぁ」

「そこの所は意味がわからないけど、それがついさっきガードが崩れましてね、押しの一手とばかりに攻めに攻めたんですけど、それが勢い余って部屋の地図だか何かを丸めた、長い巻物がこう……」


 そう言いながら、太一は自分の頭のてっぺんを指差す。


「すると、先輩はえらく心配してくれましてね。是非とも保健室に行ってくれ、と言うもんですから。いや、こぶになっているぐらいで俺は全然たいしたこと無いと思うんですけど」

「私も同意見、君はたいしたこと無いわよ。あのね、その先輩が保健室に行くようにって言ったのは、君を追っ払うためよ」


 冷めた口調で流美が事実を告げるが、頭の中に春風が吹いている太一の耳には届かない。


「……ちょっと、待て。地図みたいな巻物って言ったな。お前、どこに居たんだ?」


 突然、竹史が割り込んできた。先ほどとは打って変わって深刻そうな声で。


「どこって……部室。ええっと、地学準備室だったけ」


 太一がそう答えた瞬間、保健室の空気の質がはっきりと変化した。簡単に言えば、殺気だ。それも熱を伴った危険な気配。火山の噴火口あたりが近い雰囲気なのかも知れない。


 太一のへらへらした表情が瞬時に引き締まる。そして、危険な対象から距離を取って、すっと半身に構えた。


「……お前なんかやってたな」

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