第3話 未成年の合法的なアルコール摂取法
さて問題の「ス・ルーシャ」だが、駅ビルの中にはなかった。かといって他のビルの中のテナントの一軒というわけでもなかった。
梢の持ってきた地図が悪いのか、それとも地図の見方が悪かったのかを、太一深く考えないことにした。現に上手く探せだしそうな今となっては、考えても仕方のないことだ。
太一が買って貰ったばかりの携帯を最大限に活用した結果、「ス・ルーシャ」は駅前の大通りから、住宅地に向かう途中の道沿いにある事が判明した。
未だに真夏と間違えそうな日差しの中をテクテクと歩いてゆく。会話の一つもない、一見気まずそうな道中であったが、歩いている本人たちは暑さに耐えるのが精一杯で、会話どころではない。
盆地特有のジメッとした暑さが、二人を包み込んでいる。
「あ、あれじゃないかしら」
地元の利があったのだろう。幾分か顔を上げる元気があった梢が声を上げる。疲弊しきっていた太一も顔を上げて、梢が指す方を確認する。
見つけてしまえば遠くからでも良くわかる、赤い屋根の瀟洒な一軒家で、元は民家を改造した店らしい。木製の扉の前には、これまた木製の看板が吊されていて、そこにはカタカナで「ス・ルーシャ」と書かれてあった。
梢は店を見つけると、スキップしそうな勢いで店の扉を開け、ためらいなく店内に入り、太一も遅れてなるものかと続いて店内に入る。
フッ、と身体が軽くなる感覚。店の中は当たり前の話だがクーラーが効いていたからだ。太一の希望からするともう少し冷やしてくれていた方が助かるのだが、そこは女性向きのお店ということで控えめにしているのだろう。だが、兎にも角にも一息つけたのはありがたかった。
そうやって落ち着くと、まず目にはいるのは、ケーキが並べられたショーケース。色とりどりのフルーツが目にも鮮やかだが、太一は何となく地味な印象を受けた。何というかクリームが足りない感じなのだ。あまりこういった店に入った経験はないのだが。
「それで、君が食べるの? どんなケーキが好き?」
太一の隣でショーケースを眺めていた梢は、矢継ぎ早に質問してくる。
「あ、え~と、俺も食べることになるとは思うけど、買うのは母さんと
「なぁに? 賄賂?」
何だか嬉しそうに、梢が尋ねてくる。
「当たり」
太一は素直に認めた。梢はクスクスと笑いながら、
「その調子じゃ、お母様と妹さんの好みもわからなさそうね――じゃあ、テイクインしましょうか」
「テイクイン?」
「ああ、お店で食べていくことよ。このお店はそれが出来る事は確認済みよ」
確かにショーケースの奥を覗いてみれば、三組のテーブルセットがあった。
「私は元々、それをするためにこのお店を探していたの」
*
聞けば、この店のケーキは常日頃良く口にしていたらしい。それでなぜ店の場所を知らなかったかというと、いつも買ってきて貰った物を食べていたからだと説明された。
運ばれてきた水を一気飲みしながらそれを聞いていた太一は、お嬢様なんだな、と勝手に頭の中で結論づけた。
「そんなに暑かった?」
少しグラスに口をつけただけで、すまし顔を取り戻した梢はからかうように、尋ねてきた。
「暑いとは聞いてたんだけど……ちょっと予想以上でした」
冷えた水を飲み、体の芯から冷やされたことで逆に外の暑さを思い出したのだろう。太一の声に暑さがにじみ出す。
そうこうしている内に、店員が注文を取りに来た。
梢は嬉しそうになんだか小難しそうなケーキ名を告げた。
「君はどうするの?」
「あ、チョコレートケーキ」
「そういうカテゴリ分けだと、三種類はあるわよ」
「ケースの中の一番上の奴です」
そういう男性客が多いのか、店員は笑顔でその注文を受け付けてくれた。
「あと、私はアイスティ。君は?」
「アイスコーヒーで」
さすがに二人ともホットを頼む勇気は持ち合わせていなかった。
「あ、忘れてた。ここまで案内してくれたお礼に、ここはごちそうするから」
「いや、それは申し訳……」
「賄賂を買うとなると、お小遣いがピンチになっちゃうんじゃないの? この店、結構するわよ」
「で! そうなんですか? しまった値段はあまり見てなかったな」
「だから、ここはまかせてって。今日の私は気分がいいんだから」
そう言っている間に注文したケーキが運ばれてきた。その瞬間、梢の目はそのケーキに向けられる。そんなに凄いケーキなのかと、太一もそちらに目を向けると、何とも地味な茶色のケーキがあるだけだった。太一の知識だとスポンジケーキがそのまま出てきただけ、に見える。
もちろんただのスポンジケーキなわけもなく、ドライフルーツがスポンジ中で宝石のように輝いていて、きちんと仕事が施されたケーキである。だが、悲しいかな太一はそんなにケーキの知識はなかった。
ただ、どうにも女の子が好みそうなケーキではないことは太一にもわかる。
「あの、これが食べたかったんですか? 店まで探して」
いかにも地味目なケーキを無遠慮に指差しながら、太一が首をかしげる。すると、梢は我が意を得たりとばかりに、大きくうなずいた。
「あのね、このケーキはグランマニェがたっぷり使われてるの。多分焼いた後にも振りかけてるわね」
「グランマヌエ?」
「グランマニェ――凄く簡単に言うと、オレンジ風味のお酒ね。で、買ってきて貰うとね、どうにもそのお酒が抜けちゃっている気がして……」
「それじゃ、薬袋さんはそのケーキじゃなくてお酒が好きなんですね」
「う……」
遠慮が全くない、それだけに真実を付いた太一の言葉に梢は言葉に詰まった。だが、すぐにこれしかないと言わんばかりに顔を輝かせて、こう言い返した。
「私、未成年なのよ!」
「俺もそうですよ。今、高一」
「私、高二」
期せずして、お互いに年を教え合うことになり、太一はやっぱり年上か、と心の中でうなずいていると、梢はさらに続けた。
「だから合法的にアルコールを摂取するにはこれしか方法がないの」
正しいけれど間違っている。一瞬でそう判断したが、太一にはそれを上手く伝えるための言葉が見つからなかった。代わりにこう言った。
「心底お酒が好きなのはわかりましたよ」
「うるさいわね。ケーキはケーキで好きなのよ」
それを証明するかのように、梢はケーキをフォークで切り分けると嬉しそうに口に運んだ。望んだ通りに、グランマニェの風味というかアルコールがたっぷり残っていたらしい。
あまりにもご機嫌な笑顔を浮かべるので、太一はえくぼも八重歯も鑑賞し放題だった。まずお互いに至福と言ってもいい静寂な時間が過ぎ、やがて一段落ついたのか梢の方からこう話しかけてきた。
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