聖女様に婚約破棄された俺(聖騎士)は田舎へと帰る、なぜか幼馴染(美少女)と共に。
気力♪
世界が終わるその時に、あなたは誰と居たいですか?
世界を襲った魔神の脅威は、伝説の女神の魂を受け継いだ聖女と、その力を集約した聖剣を使う最上の聖騎士……未だに信じがたいことであるが、つまるところ俺の力によって打ち払われた。
それから面倒な式典だのが終わり、俺は役目を終えて地元へと向かう馬車の手綱を握っているのだった。
この世界を救った奇跡の剣士とか、荷が勝ちすぎているというものだ。
「うん、世界を救った聖女様との婚約なんかやっぱ分不相応だよなうん」
そう考えながら、棒振りしかわからない自分の知らないところで決まっていた婚約がいつの間にか破棄されていたことを思い出す。
■□■
「聖騎士レオナルド、貴様に話がある」
そう告げてきたのは、魔神討伐の統括をしていた軍師様だった。なにやら苦虫をかみつぶしたような顔をしてる。
魔神の眷属の残党でも出たのだろうかと姿勢を整えると、かけられた言葉は予想外のモノだった。
「お前と聖女様の結婚の話、あれは流れた」
「……はい?」
「お前がどれだけ彼女を大切に思っているのかはわかっている。だが、その彼女が言ったのだ。お前と結婚することができないと」
「……あの、すいません」
「ああ、言わなくてもいい。辛いのは想像できている」
「そうじゃなくて」
「ではな、最上の聖騎士。馬車の手配はした。田舎でゆっくり休め」
そんな言葉を最後に颯爽と去っていく。
当然考えているのは一つのこと。
聖女サマと婚約とかマジでなんの話かと。
「……まぁいいか」
その言葉と共に思考の外にその話をおいて、これからの旅の同行者に強襲されつつ馬車を走らせるのだった。
■□■
結婚のだの婚約だのの話は、本当に知らなかった。知ったのが破棄された瞬間なのは本当に自分の流されっぱなしの人生を象徴しているかのようで、もはや笑うしかないだろう。
そんな自分を訝し気に見るのが、同行者。同じ村出身のミーシャだった。
銀色の髪を後ろに束ねた、活発な身なりの少女である。だがしかしその中に神聖さすら感じてしまうような美少女だった。とはいえそれは見た目だけで、中身はかなりのワイルドガールであることは幼馴染として深く理解しているのだが。
そんなミーシャが少し怒った顔で御者台へと顔を出してきた。どうやら先ほどの分不相応という言葉が聞こえていたらしい。
「……どうしたミーシャ?」
「ねぇレオ、あなた自分の功績をわかってないの?」
「……そう言われてもだな、100人くらいいた聖騎士の中の一人でしかないぞ俺」
「そうよね、100人以上のえりすぐりの精鋭の中で唯一聖剣を使いこなした奇跡の聖騎士よね」
「いや、それは聖女サマのノリなんだろ?」
そんなことを言うと、幼馴染のミーシャはジトっとした目で自分を見つめてきた。
「それ、それだけ聖女にも女神様にも心を開かれているって証なのだけれど」
「いや、俺女神様には罵倒しか言われてないぞ基本」
「……そうだったわね」
そんな言葉を吐いたミーシャは、「あの駄女神め……」と小声で罵倒をしていた。神罰が怖くないのだろうかと頭の隅で考えながら馬車の手綱を操る。しかし、そんな神罰はもうないのだと気づいて寂しくなった。
「レオ?」
「……なんでもない」
自分たちの生まれ育った村までは、あと二日ほどだった。
■□■
その日の夜、手慣れた野営の準備を行なっていく。
魔神との戦いの前は、多くの仲間がいた。聖騎士の皆や、さまざまな仲間。そして、やかましくも優しい女神様。
「二人、だな」
「ええ。皆死んでしまったものね」
身を寄せ合って、心に感じる寒さを凌ぐ。
旅をしていた頃からの、悪癖だ。
魔神との戦いは、壮絶だった。
聖騎士の大半は死に、仲間たちは無残に焼かれ、女神すらもその命を燃やして力を使い果たした。
いま、この世界には魔神の脅威はなくなったが、女神の加護もなくなった。
終わりが近づいていくのが、自然を見ていると感じている。
いま王都にいる皆は、喜びに浮かれて気づいていないのだろうと、何となく思う。
もっとも、それを語れるほど”戦いが終わった後の”聖騎士も聖女も地位は高くないのだが。
「なぁミーシャ、お前王都で贅沢三昧しなくて良かったのか?」
「それを言うならレオだってそうじゃない。
「俺は、普通に家に帰りたかっただけだが」
「……え、そんな理由!? ”帰る場所がある”ってだれかいい人がいるとかじゃないの!?」
「俺は、モテはしなかったからな」
「まぁ、確かに。あんたずっと剣を振ってた変なガキだったしね」
「……寝物語に英雄譚を聞いて、その化け物たちに恐怖した。その程度だよ」
「やーいびびりー」
「自覚はしている。けど他人に言われると思いのほかムカつく」
そんな安らかな会話だったが、ミーシャの思いは伝わってきていた。
恨んでは、いないのかと。
俺が聖騎士になったそもそもの始まりは、ミーシャが俺の事を村一番の剣士だと紹介したことにある。
剣を振っていても、戦いを望んではいなかった自分を引きずり込むために。
ただ、寂しいという思いから。
俺は、それに応えたことに後悔はない。だがミーシャは未だに思っているのだろう。
自分の重責に、勝っても負けても世界は変わらず終わり続ける運命に、無駄にかかわらせてしまっただけなのではないのかと。
「なぁミーシャ」
「なによ、レオ」
「婚約の話、全く知らなかったんだけどさ」
「……うん」
「話してくれるか?
■□■
始まりは、まだ私たちの戦いに夢があった頃の事。
私は、聖騎士をレオ以外選ぶつもりはなかった。生まれた時からずっと想っていた。臆病で、でも大切な人のためなら努力を惜しまないこの幼馴染と結ばれたいと思っていたから。しかしそれを甘いのだと断じて、女神様は私の体を借りて宣言した。
「私は、最上の騎士と婚姻を結ぶことを女神の名において宣言する!」と。そして国が集めた多くの騎士全員を聖騎士にしてしまった。
そんな話のあと、騎士たちは腕を磨きあい、功績を得ようと魔物たちへ果敢に攻めていくことが多くなった。
そんな状況なら当然のことであったのかもしれないが、私を守る陣はほころび、ゴブリンの放った矢が私のところまで抜けてきた時の事。
そんなときでも、レオは普段通りに私を守る剣を振るってくれた。
それが、とてもうれしくて、温かかったことは覚えている。
それから、女神はことあるごとに騎士たちに難題を与え、しかしレオだけは私のことを何よりも優先してくれた。
おそらくそれが、女神様がレオを最上の騎士として認めた理由。
私たちの婚約は、女神のいたずら心と親心によるものだったのだ。
けれど、運命の重さにそんなちっぽけな誓いに意味はなかった。
レオは最上の騎士であり続け、最強の騎士に上り詰め、そして聖女と女神の加護により聖剣を真の意味で覚醒させた。
……させてしまった。
今まで魔神が遊んでいたのは、自身に対抗する存在がないことが理由だった。だから、魔神はそれよりも強くなろうとしてこの世界を蝕んだ。
それが、この世界の終りの原因だった。
魔神の討伐は成功した。けれど世界を救うことはできなかった。それが私の聖女としての戦いの顛末だった。
そんな私が、愛だけで世界を滅ぼすきっかけを作ってしまった私が、ただ巻き込んだだけの私が、大好きな人と結ばれることは、違う。
だからこそ女神様の誓いを撤回したのだ。
それが、大好きなレオとの婚約破棄だった。
■□■
「へー」
「え、私の渾身のカミングアウトを”へー”の一言で終わらせるの!?」
「そりゃ、どうでもいいし」
「……そんな私に興味ないの?」
「そういうわけでもないんだが、特にやりたいことが変わるわけでもないしな」
「やりたいことって?」
「……帰って掃除をしたい」
「え、そんなこと!?」
「さんざん荒らしたんだ、立つ鳥跡を濁さず後を濁さずってやってなきゃダメじゃん」
「……世界全部で立つんだから、別にいいんじゃないの?」
「こういうのは気持ちだろ?」
そういって笑顔を見せる。
どうやら呆れられたようだった。
「なんでこんなのを好きになったんだろ、私」
「吊り橋効果とかじゃないか?」
「喧嘩売ってる?」
「え、割とガチだったんだけど」
そんな言葉に「このやろー」と手が出てくるのだろうと思ったが、何もない。振り返るとミーシャは涙をこらえていた。
「うん、私やっぱりレオが好き。レオと生きる毎日が好きだった。時々すごくムカつくけど、それも含めて」
「……ミーシャ」
「ねぇ、どうしてレオは私の気持ちに応えてくれないの? 嫌なら拒絶してよ、甘えちゃうじゃん」
「……嫌じゃない」
「……信じられないよ」
その言葉に、両親に「お前の恋愛下手はどっからの遺伝だ?」と言われたのを思い出す。
ここでキスの一つでもできたのなら、きっと最後の時まで緩やかに、幸せに生きられるだろう。
だが、いまこの愛を受け入れるわけにはいかない。
残り短いこの命、最後にどう使うのかは決めているのだから。
「まぁ、とりあえず進むぞ。いつまでもしゃべってばっかじゃ間に合わなくなる」
「そうだね」
「「……あ」」
そして、つい出てしまったその言葉に、俺はミーシャの思惑を知る。ミーシャも俺の思惑を知っただろう。
俺の思惑は聖剣から女神の加護を無理やり引きずり出して世界を補強すること。それが世界の延命の唯一の道だと女神様は言ったのだ。
それができるのは、お前だけだとも。
おそらくは、ミーシャも似たようなものだろう。ミーシャの体にも女神の加護があるのだから。
「待ってレオ! 死ぬつもり!? 今のレオの体は聖剣で保ってるんだよ!」
「お前だって似たようなもんだろうが!」
そうして、本気の怒気を込めてにらみ合う。
俺は、ミーシャに生きていて欲しいからこの道を選んだ。なのに、それは無いだろうと。
「そっか、死ぬつもりだったんだ」
「お前の婚約破棄も、死ぬつもりってことだったんだな」
「だって、レオに生きててほしいの! 大好きなの!」
「ふざけんな! 俺の方がお前のことを!」
「私はレオのいない世界で生きるつもりはないよ! もしレオが死んだら後を追うからね!」
「せっかくつないだ命だろ! 後追いとかいうな!」
「だったらレオも死ぬなんて言わないで!」
そうしてひとしきり言い争った後で、もうミーシャの気持ちはどうしようもないほどに固まっているのだと分かってしまった。
「……どう、しようか?」
「どうもないよ。私は、レオを死なせない」
「俺も、ミーシャに生きてほしい」
「どうしようも、ないね」
「ああ、どうしようもない」
そうして、話し合いは無駄だと理解した俺たちは、しかし武力行使に出ることもせず、じっと見つめあった。
その目からは、ミーシャから俺への愛が確かに感じられた。
「ねぇレオ」
「なんだ、ミーシャ」
「思いついた、ことがあるの」
「……たぶん、俺も同じこと思いついた」
「全部捨てて、逃げちゃわない?」
「一応聞くけど、世界は良いのかよ聖女サマ」
「どうせ私たちが死んでも、いつかは終わるじゃない。だったら、最後のその時まで私はレオと生きて、レオと死にたい」
「……そうか」
「そうよ」
そうして、俺たちの何度目かもわからない口喧嘩は終わり、俺はまたミーシャの意志に流された。
あるいは、使命感や願いを全て取り払った俺の”一緒に生きていたい”という欲を、ミーシャは見たのかもしれない。
そうして、俺とミーシャは世界が終わるまでの間、二人で生きていくことを決めた。
■□■
それから1週間後。
自分たちの生まれ育った村のあった荒れ地にて、俺とミーシャは夜空を見る。
もう、夜空に輝くはずの星は見えなかった。
「なぁ、今夜くらいか?」
「うん。もう、世界は終わり。……実感ないなぁ」
「確かに」
そうして、間違ったままで俺とミーシャは目を合わせて笑いあう。
世界はもう終わりかけ、自分たちに未来はない。けれども、心は落ち着いていた。
「そういやさ、結局結婚云々ってどうなるんだ?」
「……いまから、する?」
「……そうだな」
「いいの? 私は勝手な都合でレオを振り回してばっかりの女だよ?」
「お前こそ、いいのか? 俺は、お前に流されてばっかりの男だぞ?」
「私は、レオがいい。好きも嫌いも嫌なところもいいところも全部含めて、一緒に死ぬならレオと一緒がいいって思ったんだから」
「……ありがとう」
「こっちこそ、ありがとう。私、レオが一緒にいてくれて良かった」
そうして、うろ覚えの誓いの言葉と、枯れかけた草で作った結婚指輪と、ありったけの思いを込めたキスをして、世界が終わる寸前に俺たちは夫婦になった。
そうして、愛を語り合おうとしたその時に、大地は揺れ、世界は音を立てて崩れ始めた。
もう、声など聞こえない。
だから、全力でミーシャを抱きしめた。その細い体を折ってしまうかもしれないほどの力で、決して離さないと心に決めて。
それが、世界の終わりでの、俺たちの顛末だった。
愛を語っても、愛が通じ合っても、何も残らない。
そんな無情の中で、ただ胸の温かさを感じながら終わっていった。
「大好きだよ」
「俺も、大好きだ」
そんな声が、最後に通じ合った気がした。
聖女様に婚約破棄された俺(聖騎士)は田舎へと帰る、なぜか幼馴染(美少女)と共に。 気力♪ @KiryoQ
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