月9女優の本気。

「桜くん。用事ってなに?」

「え?」


部屋にやってきたまりあさんが、妙なことを言い出した。


「いや、俺何も言ってないですけど」

「あれ?さっき椿ちゃんが、すぐに桜くんの部屋に行くようにって……」


まりあさんは、バッグを肩にかけている。多分帰宅したばかりだ。


疑問に思っていると、部屋の外で、何か大きなものを床に置く音が、ドンっと響いた。


「兄さん!まりあさん!今から二人に、ミッションを与えます!」

「ミッション……?」


まりあさんが、ドアを開こうとした。しかし、何かにつっかえて、開けない。


「なるほど……。閉じ込められちゃったみたいだね。私たち」

「……」


椿……。一体何を考えているんだ。


「兄さんがトイレに行ってる間に、カメラを仕掛けたの!」

「カメラ……?うわ本当だ」


見覚えの無いカバンが、部屋の隅に置いてあり、そこからカメラが顔をのぞかせている。


「それで、二人の行動はチェックできるからね!」

「どういうつもりなんだよ」

「……二人には、恋人ごっこをしてもらいます!」

「……え」


俺とまりあさんが、同時に顔を見合わせた。


……あの日々を思い出して、お互い顔が赤くなる。


「おやおや。二人とも照れちゃってるね!もしかして良い雰囲気かな?」

「椿ちゃん……。その、どうしてこんなことを?」

「兄さんと、みなさんの関係性を、もう少しちゃんと見たいなぁって思ったんです!」

「関係性も何も……。仲良く一緒に暮らしてるよ」

「それじゃダメ!兄さん、もっと男にならないと」


椿は、知らない。


俺がまりあさんや美々子さんと、一度はかなり深い関係まで発展していることを。


……俺の方から、拒絶したことも。


まりあさんは微妙な表情をして、困ったように俯いている。


「まりあさん。こんなの付き合わなくていいですからね?椿が勝手に」

「いいよ?」

「え?」

「椿ちゃん。ちゃんと見ててね?私、一応女優やってるから……。演技には、自信があるの」

「えっ、あっ……」

「桜くん。そこに座って?」

「はい……」


俺はまりあさんの指示に従い、ベッドの上に座った。


まりあさんの目が……。だんだんと変わってきている。まるで、獲物を捕食する時のような……。


「ほら。もっとこっちに来て?」

「なっ……」


いきなり肩を抱き寄せられた。どっちが男かわからないくらいの、積極的な行動。密着したせいで、色々なことを思い出してしまった。まりあさんの匂いを嗅ぐだけで……。よろしくない感情が湧き出そうになる。


「わぁ~!まりあさん!大胆ですね!」


椿が興奮している。あのカメラの位置だと、まりあさんの表情が見えないから、そういうことが言えるのだ。


完全に、役に入った……。そんな目をしているというのに。


「……桜くん。私たち、付き合ってもう、一か月だね」

「……」


答えずにいると、まりあさんがいきなり、俺の頬を摘まんできた。


「動かない口はここですか~?むぅ~~~」

「むぅあ、むぁいああはん」

「なぁに?聞こえないよ?ちゃんと喋って?」


まりあさんがほほ笑む。こんな状況を、妹に見られていると思うと、余計に恥ずかしい。


頬から離れた手が、今度は俺の胸元に降りてきた。人差し指で、コツンコツンと叩かれると、妙な気持ちになってしまう。


「あ、えっと……。なんだか想像していたよりも、いかがわしい感じになっちゃってますね……。あの、まりあさん。もっとこう、純粋な恋人ごっこをしてくれませんか?若者の恋愛っていうか……」

「……若者の?」


まりあさんが立ちあがり、カメラを手に取った。そして、そのカメラに向かって、話し始める。


「椿ちゃん、恋愛したことないでしょ」

「なっ」

「えっ」


とんでもない質問だ……。


椿の容姿を見て、交際経験が乏しいと判断するのは、かなり難しいと思うが、それをやってのける辺り、やっぱりまりあさんは大人だと思う。俺たちのような子供とは、積み上げてきた経験が違うのだろう。……一応、交際経験は無いみたいだけど。


少しの沈黙の後、


「そ、そそそそんなわけないじゃないですか!恋愛しまくりですよ~?」


……椿が、見栄を張り始めた。


「そっか……」


まりあさんが、不敵な笑みを浮かべる。そして、カメラのスイッチをオフにした後、ドアに向かい、鍵を閉めた。


「ちょ、ちょっと!まりあさん!?」


ドアの向こうから、椿の声が聞こえる。ドンドンと、ドアを叩くが、もちろん開くことはない。


……これは、マズいことになったんじゃないですか?


「ふふ。桜くん、椿ちゃんは、若者の恋愛が見たいんだって」

「あの、まりあさん。本気にしないでくださいよ」

「ん~。ちょっと無理かなぁ。もうスイッチ入っちゃったから」


まりあさんが、どんどん体重をかけてくる。このままだと、ベッドに押し倒されるような形になってしまう……。


その時、ドアの向こうから、大きな声が聞こえた。


「やめて!にぃにぃに手を出さないで!」

「……にぃにぃ?」


まりあさんが、首をかしげている。


……俺に対して、説明を求めるような目を向けてきた。


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