企む椿
「男装キャラクターか……」
碧先輩とビデオ通話しながら、今日の作品の添削と、椿に依頼された件を話していた。
作品の方は……。まぁ、ぼちぼちと言った感じで。話題は、レオナちゃんの男装へと移っている。
「正直な話、現実の人間を元にして、キャラクターを考えるのは……。私には難しい。自由度が低すぎる」
「そうですか……」
「レオナちゃんに直接会ってない。という点もある。それでいくと野並は、椿ちゃんは妹だし、レオナちゃんとはどうせイチャイチャしてるだろうし、私に頼るまでも無いという結論になる」
イチャイチャ。の部分を強調されて言われ、なんとなく胸がザワザワした。
「あのですね。イチャイチャはしてません」
「じゃあ、ねちょねちょ?」
「どういう意味ですか……」
「二人のビジュアルなら、キャラクターをつけすぎるよりも、ただ見た目だけ男装とわかる程度にしておいて、ポテンシャルに任せたほうが良いと思う」
「なるほどですね……」
ノートにメモを取った。
「レオナちゃんは、割と日本人的な美しさを持ってる子なんで……。ちょっとなんでしょう。椿がお姉さんで、タジタジになる弟。みたいなコンセプトがいいかなぁと、今は考えてるんです」
「いいんじゃない」
「ありがとうございます」
「……なんか、すごく楽しそう」
「え?」
「作品の話をする時は、全然笑顔がなかったのに」
「……そりゃあ、力の入れ具合が違いますから」
現役作家の碧先輩に、指導を受けているのだ。へらへらしていたら、とんでもなく失礼になってしまう。
「そうすると、私はこの夏、野並の笑顔を見ることがないって話になる」
「そこまでは……。こうやって、雑談を挟んでいけば」
「その雑談も、私の話題じゃなくて、他の女の話題」
「……」
「野並。日本はいつから、一夫多妻制を導入してた?」
「人聞きの悪いことを言わないでくださいよ……」
碧先輩が、いたずらっぽく笑った。
「冗談。私、そういうのはもうしないから。……新作、順調なの。来週には、軽く見せられるんじゃないかなって」
「本当ですか?楽しみですね」
「うん。じゃあまた」
「はい」
☆ ☆ ☆
「へぇ……。ちょっとドジな弟ねぇ」
まりあさんもメイも帰ってこないらしく、椿と二人で夕食をとることになった。
俺が渡したキャラクターの原案を見て、椿は、可もなく不可も無く。と言った反応。
「確かに、レオナちゃんは私をすごく好いてくれてるし、いいんじゃない」
「じゃあ、それで撮ってみてくれ」
「うん」
会話はそれで終了。俺はテレビの音量を上げた。沈黙はしんどいから。
「……ねぇ」
と思っていたら、椿が話しかけてきた。
「ん?」
「にぃにぃ、本当に誰とも付き合ってないんだね」
「……まぁ」
「もったいないよ。にぃにぃが……。お母さんのせいで、そうなっちゃったのは知ってるけど、でもいつかは、誰かと結婚するでしょ?」
「そういう話は、やめないか?せっかくのハンバーグがマズくなる」
「もう……」
ため息をつく椿。完全に手が止まっていた。俺に抗議の視線を浴びせてくる。
「夏休みの、目標にしてよ」
「なにを?」
「誰かと、付き合うの」
「……バカ言うな」
「ばっ……。そんな言い方ないじゃん」
「夏休みって……。始まったばかりとはいえ、せいぜい一か月程度の話だろ?そんなにすぐ、人が変わると思うか?」
「それは、にぃにぃに変わる気がないからでしょ?……せっかく顔が良いのに。どうして活かさないの?」
……その話題で、大ゲンカしたことを、もう忘れたのだろうか。
「……心配してくれる気持ちだけ、受け取っておくよ」
「……私がいつまでもわがままなのは、にぃにぃのせいなんだよ?」
「どうしたいきなり」
「にぃにぃが、いつまで経っても、私のお兄ちゃんをしてるから、甘えるんじゃん」
「それは……。お前の問題だと思うけど」
こっちとしては、過度に甘やかしてるつもりはない。
一般的な兄妹の距離感を、保っているはずだ。
しかし、椿は首を振った。
「もしにぃにぃに彼女ができたら、私はこんな風にしない。この夏休みだって、帰ってこなかったと思うよ」
「いや、帰省くらいはそうであろうとなかろうとしてくれよ」
「……寂しいんだ」
「まぁ……な」
椿が嬉しそうに笑った。
「にぃにぃ、私のこと好きだもんね?」
「人並みにな」
「うん……」
ようやく椿が食事を再開した。椿はハンバーグを食べる時、先に全部割ってから食べる。肉汁が全部漏れてしまうから、もったいないと話しても、全然聞こうとしないのだ。このあたり、兄妹の違いが出てると思う。
「やっぱり、にぃにぃに彼女がいないのはおかしい」
「まだ言うのか」
「私に任せておいて?ね?」
「……なんだその、明らかに何かを企んでいる顔は」
「……別に何も?あぁ、皿洗いは私がやっておくから、にぃにぃは先に部屋に帰ってよ」
「いいのか?」
「もちろん。帰省している身ですからね……」
……怪しすぎるな。
でも、洗い物をしてくれるのはありがたいし、ここは乗っかっておこう。
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