二人きりの時の妹。

「美少女たちとイチャイチャして、楽しかった?」


帰って来るなり、椿が待ち構えていて、小言を言われてしまった。


アイスを舐めながら、座って靴を脱ぐ俺を見下ろしている。


「そうだな。良い息抜きになったよ」

「神沢碧。だっけ」

「……知ってるのか」

「知ってるに決まってるじゃん。私、ファンだもん」


それだけ言って、椿はリビングに戻って行った。


……俺が訊きたかったのは、碧先輩と会っていたことを、知ってたんだなって話なんだけど。まぁいいか。


手洗いうがいを済ませ、自分の部屋に……。


「待ってよ」


行こうとしたら、呼び止められた。


「どうした?」

「にぃにぃ。私のこと避けてるよね?」

「……いや」


避けてるわけじゃない。ただ、二人きりだと喧嘩してしまうんじゃないかという怖さが、自分の中にあるだけだ。


「兄妹なんだから、ね?こっち来てよ。話そう?」


不気味だな……。きっと何かを企んでいるに違いない。


ソファーに座ると、すぐに椿が、体を寄せて、俺を見上げてきた。……完全に、何かを要求する時の顔だ。一年経っても、変わらないものは変わらないな。


「……なんだよ」

「にぃにぃは、私がネットに顔を出すのが嫌なんだよね?」

「そうだけど」

「じゃあ……。顔を出さなければ、ネットで活動することは賛成?」

「もちろん」


ん?まさか、ついに改心を――。


そう思っていたのに、椿はなぜか、ガッツポーズをした。


「じゃあにぃにぃ。顔を隠した状態でなら、私の動画に出てくれるよね?」


……そういうことか。


「嫌だよ。俺に何のメリットがあるんだ」

「うわ……。メリットって。妹がお願いしてるんだよ?なんで素直に聞いてあげられないわけ?」


それは。


俺とお前が、真逆の方向に向かっているから。


なんて言ったら、また喧嘩になる。その代わりに、俺は小さくため息をついた。


「兄と仲良しの妹を演出する。それが今回の帰省の、一番のキーポイントなんだよ?」

「知らないって。兄は残念ながら、友達と一緒に長期の旅行に出かけて行ってしまいました~。とか言っておいてくれよ」

「にぃにぃ……。友達いないし、引きこもりじゃん」

「……」

「あぁ待ってにぃにぃ!ねぇお願い!おりこうさんにするから!ね?」


おりこうさんって……。小学生かよ。


「嫌なものは嫌だ。じゃあ逆に考えてみろ。俺の小説に、妹が登場したら、気持ち悪いだろ?」

「……ん?」

「だから、俺の小説に、妹が」

「待って。にぃにぃ。小説に……。妹を登場させてないの?」

「……そうだけど」


……しまった。余計なことを言ったぞ。


椿が大きくなってからは、自分の小説に、妹を登場させることをやめた。もし読まれた時、椿が嫌な思いをしないように……。


椿の目が、真ん丸になっている。やがてそれは、困惑へと変わっていった。


「……私のせいで、幅が狭まってるじゃん」

「そんなことはない。妹が登場しないくらい、別に……」


……碧先輩にも、よく指摘される。どうして妹が出てないのに、また従妹を登場させるの?って。


妹を先に登場させれば、従妹とのコミュニケーションにも使えて、それだけで何話も書くことができるのに。なんて。


「別に私、気にしないよ?創作の世界だもん。にぃにぃの書く妹が、ありえないくらい巨乳で、ハイスペックでも……。何も思わないから」

「書かなくて困ってるわけじゃない。今、WEBに投稿してる作品も、主人公が家にいる時間はほとんど無いから……。そもそも妹を必要としてない作品なんだよ」

「でも、でもラブコメなんでしょ?もし仮に、にぃにぃがそれで、何か賞を取って、色んな人に、どうして妹が登場しないんですか?って訊かれたとき……。なんて答えるつもりなの?」

「だから……。登場させる必要が無かったって言うだけだろ?」

「……なんかそれ、やだ」


椿が表情を歪ませ、俺の服をギュッと掴んだ。


「にぃにぃ、椿のこと、どう思ってるの?」

「どうって……。なんだよ」

「椿は、にぃにぃのこと、世界で一番大事な人だって、思ってるよ」

「じゃあ……」


……どうして、出て行ったんだよ。


そう訊いたら、あの日みたいに、喧嘩になってしまう。


「……わかったわかった。動画には出るよ。顔を隠してな」

「本当!?」

「わっ、お、おい……。抱き着くなって」

「にぃにぃ、やっぱりちょろ……。優しいね!」

「おい。今なんか一瞬失礼なことを」

「じゃあ早速動画を撮ろう!」

「誤魔化すな……って、もう?」

「にぃにぃの気が変わらないうちに!あ~でもその前に」


椿が一旦部屋に戻り、何か袋を持って戻ってきた。そしてそれを俺に手渡してくる。


「なんだこれ……。服?」

「うん。衣装」

「衣装?」

「毎回動画に出る時は、それを着てほしいの。種類は五パターン用意した。ちょっとラフな兄、真面目な兄、好きな人とのデートを控えてる兄、特徴の無い兄、妹を愛してる兄……。今日は、特徴の無い兄。ってメモが貼ってある服を着て?」

「……すごい熱の入れ方だな」


画面に映る兄の服装なんて、そんなに気にされるものだろうか。


「私は今日は……。そうだなぁ。隙の多い妹をコンセプトに、着替えようかなぁ~なんて、思ってるよ!」

「ふぅん……」

「うわ、興味なさそ~……。まぁいいや。とにかく着替えてきて?」

「うん……」


俺は部屋に戻り、着替え始めた。


鏡で自分の姿を確認する。多分一式、ユニ〇ロかG〇で揃えたんだろうなぁというくらい、無難で、特筆すべきところなんて無いコーディネートだ。ちゃんと洗ってあるみたいで、洗剤の良い香りが鼻に侵入してくる。


着替え終わったので、椿の部屋に向かうことにした。

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