椿チャンネル。

「みなさんこんにちは~!椿チャンネルへようこそ!司会の椿でぇ~す!そして、本日のスペシャルゲストは~……。みんなお待ちかね!私のお兄さんだよ~!」


椿の指示通り、カメラに向かって手を振った。


「……はい。よくできました。じゃあ次ね」


切り替えがすごいな……。さっきまで満面の笑みで、カメラに向かって手を振っていたあの子は、一体どこへ消えてしまったのだろう。


「あれ。椿。カメラ止めなくていいのか?今の会話、入っちゃうぞ?」

「にぃにぃ知らないの……?編集すればいいじゃん」

「そういうのも、自分でやるのか」

「どうしても時間が足りない時は、外注するけどね~」


なんて言いながら、次の台本を用意する椿。


知らなかった。こんなに色々準備して、動画を撮影しているだなんて。


馬の被りものを一旦外して、水を飲んだ。視界は思ったよりも悪くないが、呼吸がし辛い。


「じゃあにぃにぃ。妹との思い出ベストスリーだけど、ここに書いてきたやつをちゃんと覚えて」

「……俺が考えるわけじゃないのか」

「当たり前じゃん。だってにぃにぃ。どうせ私との思い出なんて、すぐには浮かばないでしょ?」

「そんなわけあるか。小学校六年生の時、地元の祭りに参加して、迷子になったお前を必死で探したことだとか」

「それは、にぃにぃの思い出だよ。私との思い出じゃないもん」


……違いがわからんな。


とりあえず、台本を覚えることにする。どうやら編集もあるらしいので、そこまで身構えず、適当にやることにした。


「じゃあまず、二位から!」


台本にはこう書いてある。なんで二位からなんだ?という顔をしながら、椿を見つめる……。馬面で?


椿に視線を向けると、にこやかに笑った。この笑顔をもっと普段から振りまいてほしい。


「二位は……。椿が公園で、ブランコから転落した事件です」

「えぇ~!?全然いい思い出じゃないじゃん!それが二位なの?」


その後もお互いに台本を進行していく。


「てなわけで!今日の動画はこれまで!シーユーネクスト椿~!」


椿はカメラを止めると、息を吐いた。


「お疲れにぃにぃ。明日もよろしくね」

「……明日?」

「うん。今度は私が、にぃにぃとの思い出ベストスリーを語る動画にするから」

「……また捏造するのか?」

「言い方悪い。演出ね」

「この一位の思い出は酷いと思うぞ。ネズミの国に行った話なんて……。俺たち、行ったことないのに」

「細かいなぁにぃにぃは」


……そうなのかな。


仕事のためとはいえ、兄妹との思い出すら台本にしてしまう椿に、冷酷さみたいなものを、感じずにはいられなかった。


「……こんなことばっかりやってたら、体調を崩すと思うぞ」

「心配しすぎ!私、元気でしょ?ほら、ほら」


その場で腕立て伏せをしたり、逆立ちをしたりして、健康度をアピールする椿だったが……。俺が言いたいのは、主に精神面の話だ。


言い方は悪いが、視聴者に対しても、自分に対しても、嘘をついているということになる。俺ならその罪悪感に耐え切れず、どこかで精神的に病むと思う。


「椿っていうキャラクターなんだから、ある程度の創作は必要でしょ?それは別に、女優さんだって、アイドルだって変わらないと私は思うな」

「そう言われると……。そういう側面があることは、否めないけどさ」

「ね?だったらにぃにぃは、大人しく明日も台本を読んでくれればいいの」


明日の分の台本を押し付けられ、俺は部屋を追い出された。


☆ ☆ ☆


部屋に戻り、台本を読む。


お兄ちゃんとの思い出!


一位 初めての誕生日プレゼント

 

二位 サンタさんはお兄ちゃんだった?


三位 上京する時


……うん。


一位と三位はわからないけど、二位は完全に捏造だな。


まだ家族の関係が良好だった時、親父がサンタのコスプレをして、俺たち二人の寝室に侵入してきたところを、椿が発見した……。そういうエピソードなら存在するが、親父が俺に配役をチェンジさせられている。親父が知ったら泣くぞこれ……。


そんな風に考えていたら、電話がかかってきた。まさか親父か?タイミングがいいな……。と思ったけど、違った。


「もしもし。どうしたんですか?丸内さん」

「困りました」

「……え?」


唐突だな……。


「何があったんですか?」

「今、暇でしょうか」

「あ~。えっと。ちょっと用事を済ませてからなら」

「そうですか。三時間後に駅前はどうでしょう」

「それなら大丈夫です」

「はい。よろしくお願いします」


あっ、切れた……。


丸内さん、なんかやたら焦ってたっぽいけど、どうしたんだろう。


……さて、集合時間までに、小説を進めないと。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る