神沢碧は復活を誓う。
月曜日。それは、土曜日と日曜日という休日の後、必ず待ち構えている、一週間の始まり。
学生であれば登校。社会人であれば出勤が求められる曜日である。
そんな当たり前のことを、俺は先週放棄していた。
が、今日はそういうわけにもいかない。
碧先輩に、きちんと話をしなければ。
☆ ☆ ☆
「おはよう」
「おはようございます」
「元気?」
「元気です」
「嘘ばっかり。小説は?」
「あ……。書いてないです」
「……はぁ?」
碧先輩が、呆れたようにため息をついた。
「何しに来たの。私だって暇じゃない」
そうだ。
スイッチが入ってからの碧先輩は、学校でのみ、小説の話をしてくれると言っていた。
逆に言えば、プライベートの話をするつもりはない。そういうことだと思う。
けど今回ばかりは、事情が違った。
「話を聞いてほしいんです」
「小説だったらいいよ」
「……違います」
「じゃあ嫌。帰って」
「お願いします」
頭を下げた。またしてもため息が聞こえる。
「野並。私は小説家としての野並を買ってる。だから頑張ってほしい」
「ありがとうございます」
「そのためには、ちゃんとメリハリをつける必要がある。私が前に進んだ以上は、前みたいになぁなぁにはできないから」
「……わかってるつもりです」
「……顔を上げて」
碧先輩が、困ったような顔をしていた。
「どうしたの。二人にフラれたから、私を第一候補に引き上げますって話なら、無条件で聞いてあげる」
「それは……。無いです。ごめんなさい」
「……はっきり言わないでほしい」
「すいません」
「で、なんなの」
「その……」
俺は碧先輩に、あの二人にも、母親の話をしたことを伝えた。
「……驚いた。その話は、しないものだとばかり」
「碧先輩に伝えたのは、母親が浮気をした。そこまでだったと思います」
「続きがあるの?」
「続きというか……。碧先輩は言ってましたよね。俺は誰にも好意を持たないだろうって」
「……うん」
「それ、当たってるんですよね。俺は、恋愛にトラウマがあるんです。いや、これは違うな……。恋愛という出来事に?」
「言いたいことはわかる。それを二人には話したの?」
「はい……」
「だから、私とも、付き合うことはないって言いたいんだ」
「そういうことですね……」
「……」
碧先輩は、しばらく考えた後、
「二人はなんて?」
そう尋ねてきた。
「……俺が誰も好きにならないなら、別に焦る必要も無い。そう言って、一旦引いてくれました」
「ふぅん」
興味なさそうな相槌。
そして、立ち上がり、俺を正面に見据えた。
「私は――。こないだも言ったけど、私の幸せについてしか、考えたことがない」
「……言ってましたね」
「だから、野並が私を好きになる可能性とか、最悪どうでもいい。私が野並にアプローチして、私の色に染まってくれれば、そこに愛が無くても良い。二人が離脱するなら、その隙に、野並の心に、好意とは別の形で住みつくことだってできるかもしれないし」
碧先輩の表情は真剣だ。目を逸らすことができない。
「……わかる?これが二人との違い。私は大人じゃないから。あぁそうですか。なんて言って、引き下がれないよ」
「……はい」
「でも、それで野並が、私に会ってくれなくなるのは嫌だ」
「それは……。無いですよ。だって」
「小説があるからでしょ?」
俺は頷いた。
「だからね?私、すごく良いことを思いついたの」
「え?」
碧先輩の手が、俺の顎に伸びてきた。
そのままクイっと、持ち上げられる。
「先輩?」
「野並を……。私に惚れさせればいいんじゃないかって」
自信満々の表情だった。
それができると、確信している。
「恋愛小説、もっかい書くよ。吐きながらでも、泣きながらでも。そしたら野並、私を見直すと思う」
「見直すっていうか……。元々尊敬してて」
「違う。今の私は弱いよ。すごく弱い。普通の作家だから」
「そんなこと」
「うるさい」
「うっ」
顎を引っ張られた。痛い……。
「二人のことがいっぺんに解決したし、これで小説に集中できるでしょ?だからきっと、小説家としての私を見せる方が、あの二人より……。リードできるだろうなって。そう思うの」
「それは……」
確かに、そうかもしれない。
碧先輩が、ニヤリと笑った。
「今の反応を見て、より確信した。野並はチョロい」
「チョロいって……。そんな言い方」
「実際そう。もうすぐ夏休みだから、そうなったらまた家に行って、付きっきりで小説をみっちり教え込んであげるし、私の書いたものも、誰より早く読ませてあげる」
「……」
ありがたいけど、恐れ多い。
碧先輩は、一度頷いた後、両手を大きく横に広げた。
「なんですか?」
「おいで」
「……どうして」
「肉体的なアプローチは、しばらくできないかもしれない。現実で好きな人と触れ合いすぎると、小説に影響するから」
「なるほど……。って、いやいや。だからってハグしなくても」
「うるさいなぁ」
……抱き着かれてしまった。
確かな温もりと、柔らかさを感じる。
「……あと三時間。このままで」
「長いですよ!」
「じゃあわかった。私の前で小説書いて。抱き着きながら指導する」
指導。そう言われたら、断れない。
俺は諦めて、パソコンの前に座った。
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