【番外編】救世主のお話。
「……」
「……」
「……」
「……」
……。
……家に、Gが出た。
「と、とととと徳重ちゃん。この中で一番の年長者は誰だ?」
「え~っと……。メイちゃんよね?」
「メイは五歳」
「さ、桜くん!こういう時は、男の子がなんとかしなさい!」
「俺、女ですから」
「「「……」」」
三人の視線が、一斉に俺に刺さった。さすがに今の発言はダメだったか。
事件が起きたのは、つい一時間前のこと。いつも通り、四人で晩御飯を食べようとしていた、まさにその時だった。
最初に発見したのは俺だ。視界の端で動く黒い生き物。すぐに立ち上がり、部屋の隅に移動した。
次に、そんな俺の行動を不審に思った美々子さんが、視線の先を追うことで、Gを発見。俺と同じく部屋の隅へ。
あとはまりあさん、メイの順で……。結局、四人全員が、部屋の隅に集まる状態になってしまっている。
「四人もいて、なんで全員虫が苦手なんだよ!」
「め、メイは普通の虫なら触れる。Gだけは無理」
「私も……。うん。無理」
「俺もなんです。セミとかはイケるんですけどね」
「どいつもこいつも……」
「そういう美々子さんだって、震えてますよ?」
「……これは武者震いだよ。戦うのが好きなんだ」
「無理ありますって……」
本当に戦うのが好きなら、真っ先に退治してくれているはずだ。
Gは床に止まったまま動かない。最後に俺がこの家で、奴と出くわしたのは、だいたい十年くらい前だ。その時は親父が倒してくれたが……。
「そうだメイ。確か、害虫駆除の役のオーディション受けてたよな?」
「落ちた。虫が無理で」
「なんで受けたんだよ……」
「知らない。瑞橋が勝手に……」
「そうだメイ!瑞橋さんを呼べないのか?」
あの人なら屈強な体つきをしているし、きっとGくらい簡単に倒してくれるはず……。
しかし、メイは首を横に振った。
「ちょうど有給取って、沖縄に行ってる」
「そうか……。あの、美々子さん。丸内さんは?」
「高級猫カフェに行くから、電話してきたら縁を切りますよって言われてる」
「……」
地味に丸内さんの真似が上手かったな……。なんて話は置いといて。
「まりあさんのマネージャーさんは?」
「こないだ毛虫を見ただけで、涙を流していた……かな」
全滅です。終わりました。
「う、うわぁ。動いているぞあいつ!」
「しかもこっちに来てない?ね、ねぇ。来てない!?」
「桜!盾になって!」
「お、おい!押すなよメイ!」
メイだけでなく、三人に押し出される形で、俺が先頭になってしまった。
「酷いですよ……。俺、この中では最年少ですよ?」
「関係ない。桜、男を見せろ!」
「そうだよ桜くん!私、かっこいい男の子が好きだなぁ」
「桜、早く」
「うぅ……」
とりあえず、手元にあったリモコンを掴んでみる。が、掴んだだけだ。そこから先の行動のビジョンが描けない。
「な、なにしてるんだよ桜!」
「えっと、あの」
「落ち着いて桜くん。相手との対格差を考えるの。ね?」
「でも、奴は飛ぶんですよ!」
「あぁああやめてくれ!想像するから!」
「桜のバカ!」
理不尽だろ……。みんな恐怖でおかしくなってる。
……仕方ない。行こう。
ずっとこのままでも、せっかくまりあさんが作ってくれた料理が冷めてしまうだけだ。
「……行きます」
一歩踏み出した、その時。
インターホンが鳴った。
「ひゃああ!!!」
なんでもない音のはずなのに、俺は情けない声を出してしまった。三人が呆れた様子で、俺を見ている。
「桜……、しっかりしてくれよ」
「……」
「メイ、目を閉じてるから。早くして」
もう一度インターホンが鳴る。しかし、俺たちは身動きが取れない。
「あ、そういえば俺、鍵閉めてないかも……」
さっき庭に出たとき、閉め忘れたような気がしてきた。
「あの~!今手が離せないので~!入って来てくださ~い!」
大きな声で呼びかけると、ドアが開く音がした。やっぱり閉めてなかったな。
「……なにしてるの?」
入って来たのは……。碧先輩だった。
壁際に集まる俺たち四人を見て、首を傾げている。
「あ、碧先輩気をつけてください!Gが!」
「G?」
「お、おい碧ちゃん!そっち向かってるぞ!」
「え?」
Gが、碧先輩に向けて進行を始めた!
しかし、碧先輩は全く動じることなく。
……素足で、Gを踏んづけた。
「……うわぁ最悪。野並。シャワー借りてもいい?」
「あ、え……」
「……野並?」
「英雄だ……」
「へ?」
「碧ちゃん!ありがとう!」
「いや、なにが」
「救世主だよ碧ちゃん!」
「えっと」
「……今日だけは褒めてあげる。ありがとう」
「……?」
碧先輩は、まだ自分の功績に気が付いていないらしい。足にへばりついたGをティッシュで取り、ゴミ箱に捨てた。
「まさか、Gが怖くて、隅っこに?」
同時に頷く俺たち。
「……ふふっ」
笑いをこらえるようにして、碧先輩が洗面所へと消えて行った……。
その背中が、いつもより大きく見えたのは、俺だけじゃないだろう。
この後、まりあさんが要望を聞いて、碧先輩の大好物を振る舞ったのは、言うまでもないことだ。
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