先輩と恋人ごっこ。

状況説明。


碧先輩と、ソファーに並んで座っているのだが。


「桜。緊張するね」


なぜか、演技のようなものが始まった。


これは一体……。


「次、野並のセリフ」

「え?」

「小説の勉強。せっかくだから、私は彼氏の家に初めて泊めてもらった彼女を演じる。野並は彼氏」

「ど、どうしていきなり」

「あんな美少女とのイチャイチャを参考にして書いたら、気持ち悪い小説になる。せめて、歳が近い私でネタを考えるべき」

「いや、でも……。それってつまり、先輩と恋人ごっこするってことですよね?」

「そうだけど」


それがどうした?みたいな顔をされてしまった。


「私が彼女だと、不満?」

「そんな。俺にはむしろもったないですよ」

「……じゃあ、続き。もっかいセリフ言うから。アドリブでちゃんと答えてね」

「……わかりました」

「桜。緊張するね」

「……そうですね」

「はいカット」

「早くないですか!?」


碧先輩がため息をつく。まだ一言しか発してないのに……。


「私たち、同級生の設定だから」

「それを早く言ってくださいよ」

「読み取ってほしかった。今、野並が書いている小説だって、同級生との恋愛を書いているし」


……正論、だな。


よし。気を取り直して頑張ろう。


「桜。緊張するね」

「……うん。俺も緊張するよ」

「今日は、お父さんもお母さんも家にいないんだよね?」

「そう、だね」

「……もしかして、期待してる?」

「き、期待?」


先輩は、表情や声質まで変えてきている、まるで別人みたいだ……。


「桜、エッチだもんね」

「そ……。そんなことないよ」

「でも、何もされなかったらされなかったで、ショックだなぁ~。私って、魅力無いのかもって」

「いや……」


……どうしよう。


先輩が可愛いすぎて、演技に集中できません!


「桜、さっきからどうしたの?」

「ひぇっ!?ちょっと」


先輩が、急に手を握ってきた。


脳みそが、よろしくない感情に支配される。


「全然私の方見てくれないじゃん」

「だって……」

「ほら。私を見て?」


先輩は、ソファーから立ち上がり……。


俺の上に、またがってきた。


「ちょっと、これはいくら演技でも」

「演技じゃない」

「……え」

「って、言ったら?」

「せ、先輩?」


今の先輩は、俺の知っている先輩と同じ、無表情を浮かべている。


と、いうことは、演技じゃないのか……。


いやでも、そんなことって……。


先輩が、どんどん顔を近づけてくる。


「……いいよ?野並のしたいことして」

「したいことって……」

「でも、優しくしてね?」

「……」

「……ほら」

「あんたら、何してんの」


突然、少し遠くから聞こえてきた声。


自分でも顔が青ざめていくのがわかる。


メイが、鬼のような形相で、こちらを睨みつけていた。


「メ、メイ。鍵を忘れたんじゃないのか?」

「ちょうど徳重とすれ違った」


鍵を持ち、手を振ってみせるメイ。


なるほど……。だから家に入ることができたんだな。


「……えっと。いつから見てたんだ?」

「最初から。全部」

「……あの、先輩。そういうことらしいんで、そろそろ離れてもらっていいです?」

「なんで?」

「え?いや。メイが見てるんで……」

「別に、私は気にしない。シチュエーションの練習は、野並にとって必要。別に、誰が見ていようと関係ないはず」

「あんた、何様なの?」


メイが足音を立てながら、こちらにどんどん近づいてくる。


先輩は舌打ちをした後、メイの方に向き直った。


「私は神沢碧。野並の先輩」

「あっそ。で、どうしてそんなに桜にくっついてるの」

「仲良しだから」

「なっ……」

「先輩。俺がメイに殺されちゃうんで、ちゃんとフォロー頼みますよ?」

「任せて。殺し合いはPUBGで覚えたから」

「冗談言う場面じゃないですよ」


メイの表情は、鬼すらも倒せそうなほど、怒りに満ちている。


「そうか。この子が、昨日野並と寝た……」

「な、なんでそれを」

「あんなの読んでても退屈。シチュエーションとして弱すぎ。だから、私が本当のシチュエーションを教え込んでたの」

「……じゃあ、メイがもっと良いシチュエーションをできたら、あんたは諦めてくれるの?」

「もちろん。私が納得するレベルなら」

「……わかった。受けて立つ」


……あれ。知らん間に、バトルが始まってたんですけど。


つまりなんだ。メイは今から、俺と恋人ごっこを?


「その前に、手洗いうがいをしてくるから。待ってて」

「……うん」


メイは、駆け足で洗面所へ向かった。


「……手洗いうがいは、さすがに可愛すぎる」

「……はは」


ちょっとだけ、メイの可愛さにやられてしまった、碧先輩だった。

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