現役大学生美少女ヴァイオリニストの本性

先ほどの反省を活かして、鏡の前で慌てて髪を整え、扉を開けた。


「どうもこんにちは。野並さんのお宅で間違いないかしら?」

「あ……。はい」


金髪が、白い肌にとても映えている美少女。


背中に背負っている、長細いバックを見て、ピンときた。


この人は……。


「初めまして。ヴァイオリニストの、相生美々子あいおいみみこです」

「初めまして……」


月9女優の次は、現役大学生ヴァイオリニスト……。親父の人脈どうなってんだよ。


「おっ。来たんだね」


後ろからひょっこり顔を出した徳重さんが、俺の肩に手を置いた。さっきのことを思い出して、照れてしまう。


「初めまして。私は徳重まりあです」

「あぁ、徳重さん……」

「……?」


なぜか相生さんが、表情を曇らせた。


「入ってもいいかしら?」

「はい、どうぞ」


玄関に入り、ドアを閉める。


「あぁ~疲れた!マジだるいわ!こんな重いモノ持ってさ!」


……え。


相生さんが、いきなりバッグを雑に投げ捨てた。


「ねぇ少年。お茶ある?喉乾いて仕方ないんだよね~あたし」

「あ、えっと……」


さっきまでの金髪清楚美少女ヴァイオリニストは、どこへ行ってしまったのか。


目の前にいるのは、むしろ……。


「コップがないんですよね。ちょっと待ってもらえますか?」

「え?そこにあんじゃん」

「あれは、俺が飲んだヤツで」

「別にあたし気にしないよ。てかお茶そこにあんじゃん!飲んでいい?」

「え、はい……」


てっきり、コップに入れて飲むのだと思った。それでも間接キスになってしまい、なかなか恥ずかしいのに、相生さんは……。


……お茶の入ったポットから、直接飲み始めた。


「ちょっとちょっと相生さん!ラッパ飲みやめて!」

「ん~。ヴァイオリンの次はラッパかな?」

「うまいこと言わないでいいの!もう!」


徳重さんが、相生さんからボトルを取り上げた。


空君で、由利ちゃんが、ヤンチャな康太を叱るシーンを思い出してしまう。俺なんかよりも、相生さんの方が康太役に向いてそうだな……。


……って、そんな話はどうでもよくて。


「相生さん。あんな雑にヴァイオリン投げちゃっていいんですか?」

「あ~。あれ、偽物だから」

「え?」

「マネージャーがさぁ。いつ一般人に見つかってもいいように、背負っておけってうるさいんだよね。ほらあたし、現役大学生ヴァイオリニストじゃん?そういうちょっとおしゃれチックなこともやらされてんだよね~。マジだるい」

「えっと、じゃあその喋り方も……」

「こっちが本当のあたし!あんな真面目なのは、キャラクターだし!」

「ほら相生さん!ちゃんと私のコップに注いだから!」

「おっ!サンキュー徳重ちゃん!いや、由利ちゃんかな?」

「からかってるの?」

「そんなプンプンすんなって!シワが増えちゃいますぞ~?」

「もう……」


徳重さんがため息つく。


そんな徳重さんを気にすることも無く、相生さんは、お茶を一気に飲み干すと、急にこちらに近づいてきた。


徳重さんの優しい香りと違って、相生さんは何となく刺激のあるような、危険な大人の香りがする。確か、まだ大学一年生だったはずだから、そこまで年齢が離れていないはずなのに、とても大人びて見えてしまう。


「君、野並桜くんだっけ」

「はい」

「じゃあ、桜って呼ぶわ!」

「はい……」

「あたしのことも、美々子って呼んでよ」

「それはちょっと……。急じゃないです?」

「ん~。そっか。じゃあ、はいっ」

「え?」


相生さんが、目の前で、手を大きく横に広げている。


まるで、ハグを待つかのように……。


「えっと、相生さん?」

「早く。飛び込んできて」

「……どうして?」

「だって、仲良くなればいいんでしょ?そしたら下の名前で呼んでくれるじゃん」

「いやいやいや。無理ですよそんなの」

「え~じゃあキスする?」

「もっとダメです!」

「ちょいちょいちょい!もうっ!黙って見てたら……。桜くんとキスをするのは、私なんだから!」

「いや徳重さんもおかしいですよ!?」


徳重さんが、俺と相生さんの間に入ってきて……。


そっと、抱きしめられてしまった。


頭がパンクしそうになる。優しい香り、とてつもない包容力。思いっきり密着して、徳重さんの息遣いが耳元でモロに聞こえてきた。


「と、と、徳重さん?何してるんですか!」

「康太!あの女と付き合っちゃダメ!」

「それは空君三話のシチュエーションですけど!いやそうじゃなくて!ダメですよこんなの!」

「……桜くんは、私に抱き着かれるの、嫌?」

「嫌じゃないですけど……」

「じゃあもっと抱き着いちゃおうかな~」

「それは困ります!」


何とか徳重さんに離れてもらった。ホラー映画を大音量で見た時みたいな、激しい心臓の鼓動におそわれている。


そんな俺に、相生さんがジト目を向けてきた。


「へぇ……。もうそんな感じなんだね二人」

「相生さん!これは違います!」

「えっ?違うの?」

「悲しそうな顔しないで徳重さん!」


二人の美少女に睨まれてしまった俺は……。


逃げ出すことを決意した!


「えっと、その。俺今日学校なんで!もう準備して行かないと!」

「学校?何言ってんの。まだ午前六時過ぎだよ?」

「そうだよ桜くん。桜くんの学校は、ここから徒歩十分でしょ?」

「なんで知ってるんですか!?」

「あ、えっと……」


気まずそうに眼を逸らす徳重さん。多分親父だな……。いやそりゃあ、紹介するのが普通だとも思うけどさ!


部屋に戻り、慌てて着替える俺。カバンを背負い……。朝ごはんはもう諦めた!よし!これで準備オッケーだ!


「それじゃあ!学校行ってくるんで!部屋は空いているとこを好きに使ってください!行ってきます!」

「ちょっと桜くん!」

「おい桜!逃げるなよ~!」


こうして、俺の慌ただしい朝は、なんとか……。


……いや、一日はまだこれからだった。


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