これが同棲……。

「ところで、桜くんは彼女っているの?」

「っぃぇう?」


いきなりの質問すぎて、発したことの無い音を出してしまった。


「いませんけど……」

「そうなの。それはよかった」


安堵したように、胸を撫で下ろす徳重さん。え、なんだその反応。まるで、俺に彼氏がいたら困りますみたいな……。


「彼女さんがいたら、私たちの同棲に反対するんじゃないかな~ってね」


あ、なんだ。そっちか……。


そりゃあそうだよな。こんな美人さんが、急に俺に好意を抱くわけがない。


「お茶でも飲みますか?」

「あ。うん。いただこうかな」


麦茶を持って、テーブルに向かう。コップは……。しまった。同棲なんてすると思ってなかったから、俺の分しかない。


食器棚の奥にはあるけれど、しばらく使ってないから、不衛生だろうし。


「すいません。コップないんで、洗ってきますね」

「え、いいよいいよ。私洗うから」

「いやいや月9女優にコップ洗わせるなんて」

「だって、これから一緒に過ごすんだよ?こういうの役割とか決めておいたほうがよくない?」


これから一緒に過ごす。


なんだこのフレーズ。強すぎ。


「じゃ、じゃあ。お願いします」


照れたのを誤魔化すようにして、俺は大人しくコップを徳重さんに渡した。


「きゃあ!」

「え!どうしました!?」


慌てて台所に向かう俺。徳重さんが派手に転んでいた……。


「イテテ……。転んじゃった」

「大丈夫ですか?」

「うん。大丈夫だよ。コップがガラスじゃなくてよかった……」

「本当ですよ……」

「私、よくドジやっちゃうんだよね」

「なんか、意外です」

「そうなの?」


徳重まりあと言えば、今の月9のヒロインのように、しっかりした大人のお姉さんという印象がある。こんな一面があったなんて……。


「あはは。これから桜くんに、私の色んなこと、知られちゃうんだね」


頬を赤く染めながら、伏し目がちにそんなことを言われてしまった。


どうしよう。こんな可愛い人と同棲して、俺は大丈夫なのだろうか。


だって、この人がこの家で食事したり、風呂に入ったり、眠ったりするんだよな……。


……冷静に。意識をしっかり保て。野並桜。


コップを洗い終え、テーブルに向かい合って座った。


「他の子たちはまだ来てないんだね」

「あぁはい……」


そうだった。美少女は一人だけじゃない。親父曰く、後二人来ることになっている。


「じゃあ、桜くんを独占できるのは、今だけなんだ」

「え?」


徳重さんが立ちあがり、俺の隣に椅子を移動させた。


そして、ほとんど密着しているんじゃないかってくらいの距離に、椅子を降ろして座る。


近い……。大人のお姉さんの良い香りがする。


「ねぇ、桜くん」

「は、はい」

「桜くんは、月9毎週見てくれてるんだよね?」

「当然です」

「じゃあ、登場人物で、誰が一番好き?」

「それはもちろん、まりあさんの演じている、由利ちゃんです」

「……嬉しい」


微笑みながら、徳重さんが……。


俺の肩に、頭を乗せてきた。


「ちょっと、徳重さん!?」

「ねぇ、康太くん」

「え……」


康太というのは、空君の主人公で、由利ちゃんの彼氏だ。


ていうかこのシチュエーションは、二話のエンディング前の……。


……康太と由利ちゃんのキスシーンがあって。


……え、マジ?


「康太くん聞いてるの?」

「は、はひ」


腕に抱き着かれてしまった。あのシーンと同じなら、この後腕を引き寄せられて、バランスを崩した康太を支えながら、由利ちゃんがキスをするんだったよな……。


心臓の鼓動がおかしくなる。徳重さんと一緒の空間にいるってだけでも十分やばいのに、こんなに密着して……。


「ね、康太くん」

「……」

「由利ね……?」


いよいよ、来る。


そう思った、まさにその時だった。


無情にも、インターホンが鳴り響いたのだ。


「はい!」


俺は思わず、飛び上がってしまった。まるで、悪いことをしていたのが見つかったみたいに。


「むぅ……。もうちょっとだったのになぁ」


頬を膨らませる徳重さん。いやまさか。本当にキスしてくれるつもりだったのか……?


「俺、出てきます!」


興奮を無理やり抑え込んで、玄関に向かった。






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