89時限目【天使部部長マールエル】
1週間、——2人の兄妹に残された時間はたったそれだけ。兄ルシフェルは目を覚ましたロリエルと1日1日を大切に過ごした。
しかし、ロリエルが儀式にかけられるとどうなるのか、言える訳もなく。
ロリエルは兄に会えて嬉しいと笑う。
「お兄ちゃんっ……ほんとにいきなりいなくなっちゃったから心配したんだからね? お店だって大変だし……その儀式が終わったらちゃんと帰って来てくれるんだよね?」
「あ、あぁ勿論だよ。心配かけたな」
「約束だからね? でも、なんで私なんかの力が必要なのかな? アルビナ? とか言ってたけど……確かに身体の異変は感じていたんだけど、そんな特別な力とは思っていなかった」
「100年周期で1人から2人ほどしか生まれない特別な力なんだ。世界を救えることが出来るくらいの」
「……お兄ちゃん、何でそんなに哀しそうな顔するの?」
ロリエルは首を傾げては俯く兄の瞳を覗き込むようにして少し不器用な笑顔を見せる。とはいえ、ロリエルも上手に笑うようになったとは思う。
「ロリエル……」
「ふわっ……!? おに……ちゃ……ん? そ、そんなに強く抱きしめられたら苦しいよ」
「あ、ごめん……そうだロリエル。マールちゃんが退屈そうにしていたぞ? 少し遊んできたらどうだ? 確かリビングでラジエルと話していたと思うけど」
「あ、ラジエルさんってあの青い髪の綺麗な。うん、少し行ってくるね!」
ロリエルはそう言って部屋を後にした。
1人部屋に残ったルシフェルはロリエルに真実を伝えられない苦痛に苛まれる。
兄である彼が言える筈もなく。世界の為に、死んでくれだなんて。
——
リビングではマールとラジエルが楽しそうに話している。何の話題でこの2人が意気投合するのだろうか。
「そのぬいぐるみ、まだ持っててくれたんすね!」ぴょこん!
「うん……ちょっと色々あって汚れちゃったけどね。……お気に入りだから」
ラジエルは戦闘でボロボロになったぬいぐるみを大事そうに抱きながら話す。
ウリエルから後に返してもらったようだ。わざわざ拾ってきてくれる辺りにウリエルの優しさがチラリする。
そんな2人の会話にロリエルが入っていく。
暇を持て余した天使達のお茶会。
————
儀式前日。
ロリエルは不意に兄ルシフェルに言った。
「お兄ちゃんっ!」
部屋で2人っきり。夜も遅い。
「どうした?」
「私、こわくないよ?」
「……ロリエル……実は……」
「知ってるよ? 私、こうやって話せるの、今日が最期なんだよね?」
「……っ」
「気を失った時、夢の中でミカエル様が言ってた。ミカエル様、泣いてたよ。ごめんなさいって……何度も何度も謝ってた……」
「ロリエル……知ってたのか……」
「うん、でも凄いよね……! 私が魂を捧げれば世界は救われるんだもん! 凄い力だよ!」
ロリエルはキラキラと目を輝かせながら続ける。
「天使にとってこんな栄誉なことはないって思うんだ……! し、死んじゃうのに……でもとても誇らしいよ……! それに最期にお兄ちゃんにも会えたし、もう思い残すことなんてないし……」
声が震える。
「ないけど……でも、出来れば皆んなにお別れくらいしたかったな……マールちゃん……ガブリエルちゃん……クロエルちゃん……モコエルちゃん……それに先生も……」
涙が溢れる。
「皆んなに会いたい……会いたいよ……哀しいよ……
こわいよ……」
ロリエルはルシフェルの胸に飛び込み小さな身体を震わせる。こわくない筈がない。
「お兄ちゃんっ……いつもみたいにしてよ……」
「あぁ……」
ルシフェルは優しく妹を抱きしめ頭を撫でてあげる。するとロリエルは少し落ち着いたようで涙を流したまま目を閉じ兄の鼓動を確かめる。
ルシフェルにかけてやる言葉はなかった。
こんなに震えている妹を助けてやることが出来ない自分に苛立つ。
彼には、ただ優しく妹を抱きしめてやるしか出来なかった。
ガタン……
部屋の外で物音がした。
すぐに気配は消えた。
ルシフェルは外を確認したがやはり誰もいなかった。
(気のせいか?)
振り返ると、ベッドで力尽きるように眠る妹の姿が。ルシフェルはそっと布団をかけた。
——
こうして訪れた
ミカエルはロリエルを連れ部屋を後にする。
「……ロリエル……ロリエル、ロリエル! くそっ……やっぱり駄目だっ! 代わりに僕が! だからロリエルはっ」
その後を追おうと暴れるルシフェルをウリエルとラファエルが止めに入る。
そんな姿をじっと見つめる視線があった。
マールだ。
彼女は聞いてしまったのだ。あの夜、ロリエルが泣きながら兄に胸の内を吐き出したのを。
(……ロリエルちゃんが……いなくなる……ロリエルちゃんが、いなくなる……ロリエルちゃんが、死んじゃう? そんなの……)
「お、おい落ち着くのだっ!」
「これが落ち着いてられるか! くっ……魂納の儀はどういった形で行われるんだ?」
ルシフェルはウリエルを睨みつける。
「……魂納の儀は現白天使との引き継ぎから開始されるのだ。神聖樹という大木にロリエルを取り込ませる。そして現白天使、ハニエルの命の光を受け継ぐのだ。その地点でハニエルは力尽き、新たな白天使が完全に覚醒する。
あとはロリエルが完全に取り込まれることで儀は終了。それから100年程はラグナロクは起きないとされているのだ」
(ハニエル……僕は……)
その時、マールが口を開く。
「その話…本当っすか?」
その場にいた大人達は一斉にマールの表情を見て軽口が過ぎたと顔をしかめる。
「その話……本当っすか?」
「……あ……マール……ちゃん」
ラジエルは言葉を飲み込む。
沈黙。
沈黙。
沈黙、
それを破ったのは翼を失った大天使だった。
「……本当だ、マール……ロリエルは世界を救う為に100年間、命の輝きを放ち続け、それを全て吸い尽くされる。100年間もだ!」
「……メタトロン先生……」
「マール、大人というのは汚くて醜いと思うかの? しかし……抗えぬことも……」
「先生、それは抗えない、じゃなくて抗わない、だと思うっす。拙者、ロリエルちゃんを見殺しには出来ないっすよ。だから、助けに行くっす!」
「な……」
メタトロンの身体を支えるサンダルフォンは驚いた表情でマールを見る。
「マールちゃん? そ、そんなこと……」
「出来るっすよ!」
マールは大声で叫び
「な、なんなのだっ!?」
「前が見えないので御座います!!」
「何事ですかっ!?」
大天使ガブリエルが駆け付けたが、既にその場にマールはいなかった。
そこに残されたのは諦めた大人達だけだった。
「ごめんなさい……マールちゃんが……」
ラファエルは尻もちをついたような体勢でガブリエルを見上げる。
「そうですか……ラファエルさん、ウリエルさん、すぐに彼女を追います。
多少手荒かも知れませんが、何としても儀式の場へ踏み入れさせてはいけません!」
ガブリエルの声で2人の大天使は我に返る。
「は、はいっ! ウリエル?」
「わ、わかったのだ!」
そう言って2人はマールを追わんと飛び立つ。
大天使ガブリエルは残された者たちを見ては口を開く。
「私達は責務を果たします。……あなた達は、どうするのか。それはあなた達自身で決めて下さい」
「お、おい、それはどういう……」
大天使ガブリエルは翼を広げゲートを召喚した。そしてそのまま何も言わずその場から去るのであった。
「……私達は……どうするのか……」
呟くサンダルフォン。
「僕等はまだ……諦める訳にはいかない」
ルシフェルが立ち上がる。
「うん……まだ2人共生きている。なら諦めるにはまだ早い」
ラジエルはボロボロになったぬいぐるみを強く抱く。
「そうだの。その結果、この世界がどうなろうが知らんな! やらずに生きるより……やって消えた方がマシだ!」
幼女メタトロンは再び瞳に光を宿した元天使部の部員達の瞳を真っ直ぐに見つめる。
「メタトロン、僕の背中に掴まるんだ。すぐに追い付いて儀式をぶっ壊す!」
「な……!? せせ、せなかっ……に!?」かぁ〜っ
顔を真っ赤にする姉に妹がちゃちゃをいれる。
「やったじゃんお姉ちゃんっ! おんぶだよ!おん……ぶぉっ!!!!」
メタトロンのストレートがサンダルフォンを直撃した。
「じゃかましいわっ! そ、それじゃ……お言葉に甘えて、よいしょ」ぽぉ〜
「酷いよお姉ぢゃ……ん……顔面グーパンチは流石に酷いよ〜! うぅ」
「サンダルフォン、遊んでないで行くよ?」
ラジエルは呆れた表情で鼻血を垂らすサンダルフォンに言ってルミナスを解放する。
「わ、わかってるよ〜、はぁーーー!」
サンダルフォンも光を放ち翼を広げる。
そして幼女をおぶったルシフェルもまたその白銀の翼を広げた。
「すまんの皆んな。私は闘えんが、それでもやらねばならん!」
4人はガブリエルが残していったゲートをくぐって外へ出る。そして気配を辿りマールを追うのであった。
——
雲一つない空、
そんな空を物凄い速度で突っ切る人影。
凄まじい光を放ちながら飛ぶのはマールだ。
マールは一直線に空の彼方を目指す。
そう、そこに天界と魔界の狭間、
神聖樹のある儀式の場が存在する。
(ロリエルちゃん……絶対助けるっす!)
(拙者はどうなっても! 部員は助けるっす! 拙者は! 天使部部長っす!)
◆◆◆◆◆
器の力を全開にしたマールが儀式の場へ向かう!
それを追うラファエル、ウリエル、ガブリエル、そしてメタトロンをはじめとする元天使部のメンバー!
一行はロリエルとハニエルを救出出来るのか!? 再び大天使長ミカエルと正面からぶつかる!
次回! 器の覚醒!?
◆◆◆◆◆
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