88時限目【自分、天使ですから】
天議会、暗闇に浮かぶ球体達に囲まれた大天使長ミカエル。
球体達は口々に言葉を投げつける。
『行方不明の人形の回収はどうなっている!』
『反逆者の大天使も取り逃がすとはどういうことだ!』
『まさか我らに隠し立てをしておるのではないだろうな?』
「アルビナの確保は出来ました。それ以上何を望まれますか?」
『ち、天使ごときが大層な口のききかただな?』
『神の意志に背くか?』
「っ……そのようなことは決して!」
『ならば匿っている人形を我らに返却しろ。お前が天の川地区で人形に会っていることは調べがついてるのだぞ?』
「……」
(く……ライナス……)
『人形の役目は終わったのだ。用済みの人形は廃棄しなければならん。ましてやあの人形は少し扱いが難しい』
『まぁ、それもそうだろうな。アレは大天使の複製品だからな。しかしあの小さな身体には大き過ぎる力だ。長くはないだろうな』
「……あの子は……」
『まさかお前、アレに感情移入しておるのか?』
『くだらん。あんな人形、本来は作るつもりではなかったのだからな? お前達が、まんまと反逆者にしてやられたから急遽生み出した追加パーツだ。
……あぁ、そうか。くくっ……お前のルミナスから抽出した光を使った人形だからか? まさか、娘とでも思っとるのか? 全くくだらんな』
笑い声が暗闇に響く中、赤い球体が話し始めた。
『今ここにいない大神官が、人形の捜索を行っている。見つかるのは時間の問題だぞ?』
(……ライナス……彼は実体をもつ唯一の大神官……)
『どうした? 何を動揺することがある? やましいことがなければ堂々としていればよかろ?』
ミカエルは急ぎその場を離れようと老人達に背を向ける。
『えらく急ぐのだな? まぁよい。ミカエル、神託を聞くがいい。儀式の前に、反逆者の大天使3人と堕天を我らに差し出せ。それが出来ぬとあらば、
貴様の人形を解体する』
「……っ!?」
『選べ。我らも神に仕える大神官だ。慈悲により、どちらかを不問としようではないか』
「……少し、お時間をいただきます」
(……これが神の意志……神託……)
去り行く大天使長の背中に冷ややかな笑い声が浴びせられる。
(それでもあの子は殺させない。ならば私は……どうすれば良いのですか……マナ……)
☆☆☆☆☆
天の川地区、
そこに1人の大神官の姿がある。大天使ガブリエルの夫にあたる男、ライナスである。
彼は人形の捜索中である。人形というのはマナエルのことを指す。この男ライナスは大神官の中で唯一の実体持ちの存在。
そして天界一の研究者でもある。
研究者というのは表向きであり、真の姿は幾度となく人体実験を繰り返す狂気の人形師である。戦争で使われていた機械天使の技術を継承され、それを応用することで完成したのが通称マナエル。
意思を持つ人形のプロトタイプにあたる。
彼にはマナエルの居場所がわかる。
何故なら、彼女の体内に仕込まれた発信機の役割を担う核がその居場所を報せるからである。
つまりはこの男からはどう足掻いても逃げられないのである。
ライナスは立ち止まり小さなアパートを見上げる。
——
一方、天議会を後にしたミカエルは即座にマナエルの元へ向かう為、光の扉を開かんとした。しかし、
「……っ? 結界!?」
(扉に結界が張られている。まさか既にライナスが)
「それなら自分の足で行くまで!」
ミカエルは
——
コンコン
マナエルはアパートの一室で小さくなりミカエルを待っていた。玄関のドアを叩く音に反応した彼女はミカエルが帰って来たと疑いもせずに走り、
そのドアの鍵を開けた。
マナエルはそこにいた人物を見て顔色を変え、二、三歩後退ってはつまずき口を開く。
「……あ……ライナス……様……」
「やぁ、元気にしてたかい、マナ? 帰りが遅いから心配したぞ? それに、私のことはライナス様じゃなくてお父さんと呼びなさいと、この前も言った筈だぞ?」
大神官ライナスは幼気な娘に話しかけるように柔らかな表情で話す。
「……お父……さん……」
「何をそんなに震えているんだい? ほら、私と共に聖域へ帰ろう」
ライナスは手を伸ばす。
「あ……あの……えっと……」
——
大天使長ミカエルが天の川地区の小さなアパートに辿り着いた頃、
そこには既に誰も居なかった。
テーブルの上には食べかけのデビレンジャーグミの袋とオマケのシールだけが残る。
「ライナス……あの狂気の研究者! 落ち着いて……まだそう遠くはない筈」
(彼の移動手段は転送装置を使った一般的なもののはず……ならばそのルートを先回りすればまだ間に合う! 最悪、彼と闘うことになっても!)
ミカエルは再び空へと飛び立った。
本日も空は快晴、雲一つない天界の空と太陽の光は天の川の日常を変わらず照らしている。
転送装置から聖域へと続く長い橋の前に姿を現したのはマナエルを連れたライナスだった。
彼はマナエルの手を引き橋へ足を踏み入れる。
抵抗することなく何かを諦めてしまったような、そんな表情でついて行くマナエル。
そこに追い付いて来たのはやはり大天使長ミカエルである。
ミカエルは2人の前に舞い降りる。
「ライナス、その子をどうするつもりですか?」
「やはり追い付いてくるか。ま、それは想定内だ。……逆に問う、君はマナエルをどうするつもりだったんだい? コレは私の所有物であり、君のモノではない。わかっている筈だが?」
マナエルは下を向いたままだ。
「そ、その子はモノじゃない……ライナス、ガブリエルさんの夫である貴方ならわかるのではないですか? 私の気持ちを……もし、貴方達の子だったらと……考えませんか?」
(私はなんて自分勝手なのでしょうか……)
「私も残念だとは思っているのだけれどね。上の決定には逆らえない。折角の完成品だが処分が決まってしまったからにはそれに従う他ないのだよ。
君達だって同じだろ? 神の意向には背けない、私も同じだ」
マナエルは目を閉じ、聞こえないフリをしている。しかしその身体は確かに震えている。
「そんな……私はどうすれば……」
震える声で小さく呟くミカエルにマナエルは、
「ママ……いいんですよ。自分のやることは終わりましたので。だからそんな顔をしないでください。……怖くなんて、ありませんから」
そう言っては下手くそな笑顔を見せる。
「……マナ……」
「この子には伝えたよ。君は天議会の老人達に選択を強いられている筈だ。天使なら、より多くの者を救う道を選ぶべきだ。
この子もそう言っている」
「それでもっ……」
「いいの。自分の命だけで他の人達が助かるのなら……
自分は喜んで命を差し出します。
自分、天使ですから」
ミカエルはそれ以上何も言えず立ち尽くす。
その横を通り過ぎていく2人。その際ライナスはミカエルに囁く。
「……この世界は、腐っている……」
そしてミカエルの手に綺麗な黒い宝石を握らせ、そのまま橋を渡っていくのだった。
「……こ……これは……」
ミカエルはそれを両手で優しく握り、自分の胸に当てて目を閉じた。
ミカエルの頭の中に、黒き天使マナエルの記憶と天使部から奪った記憶、彼女の見た風景、過ごした日々、その全てが走馬灯のように映る。
そこには、マナエルの下手くそな笑顔がいくつもあった。
映像は、途切れる。
大天使長ミカエルは桜色の淡いピンクの髪を風になびかせながら、空を見上げ、1人泣いた。
天使として、最期に彼女が自分で決めた決断を受け入れるしか出来ない無力な己を悔いた。ライナスはせめて最期にと、彼女の楽しそうな記憶だけを実体化させ、ミカエルに手渡した訳だ。
その意図はわからずだが。
誰も居ない橋で1人、涙が枯れるまで泣き明かしたミカエルは目を真っ赤にして橋を渡る。
そして大天使として、より多くの者を救う決意を固めたのだった。
◆◆◆◆◆
マナエルは天議会によって廃棄されるのか!?
天使として、より多くの命を救うことを余儀なくされたミカエルは決心を固める。
しかし次回、大天使ミカエル、そして天議会ですら想定しなかったことが起きるのだった!
◆◆◆◆◆
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