87時限目【大天使候補】

 


 大天使長が皆を天議会審議にかけることなく自宅に匿っている理由、それは至極単純だった。

 ただ無益な犠牲を出したくはないということ。それだけの理由だったのだ。


 今ここでメタトロンをはじめとするサンダルフォン、ルシフェル、ラジエルの4人が反旗を翻したところで彼女1人に敵わない。

 それも踏まえ、余裕さえも感じる。


「今回の件が無事終わりましたら、皆も解放致します。少しばかり記憶の調整はさせていただきますが、これまでと同じように天界で過ごしていただけます。……メタトロンさんは……今回の件で大天使を降りていただきます。翼を失った貴女にはもはや力はありません。それに、次の候補も確保致しましたので」


「……な……」


 この時はじめてメタトロンは自分の身体の異変に気付く。周囲を見渡すが皆、言葉を吐かず俯いている。


「……お姉ちゃん……」


「翼が……」


「その空席には、あの子に座っていただきます。貴女は今後、ゆっくりと普通の生活を送って下さい。……よく、これまで頑張りましたね」


 ミカエルは嘘のない笑顔で、メタトロンに言った。するとキッチンからラファエルとウリエルもやってきてはメタトロンに言葉をかける。


「もう縛られなくていいので御座います」


「大丈夫なのだ……翼を失ったこと自体を忘れて過ごすのだから、辛いのは今だけなのだ」


 大天使メタトロン、いや、もはや天使ですらないメタトロンの瞳から、大粒の涙がポロポロと零れ落ち、泣き声が部屋に響いた。


「貴女を止めるには少し強引な手を使うしかなかったのです。私は恨まれても構いません。それでこの世界が救われるのならば、私はその道を選びます」


 ミカエルはそれだけ言って再び光の扉を開く。

 そして天議会の元へ行くとだけ残してその場を後にするのであった。


「ゔっ……わたじはっ……結局なにもっ……でき、なかった……運命を友になすりつけた天使の末路……だということか……」


「メタトロン。君のせいじゃない、それは違うんだ。今は思いっきり泣いたらいい、だけど、自分をそんなに責めてくれるな!」


「ルシフェル……うっ……うぅっ」


 メタトロンは周りの目も気にせずルシフェルの胸で思いっきり、それこそ涙が枯れてなくなるまで泣いた。


 ——


 ひとしきり泣き落ち着きを取り戻したメタトロンの目の周りは真っ赤に腫れて痛々しい。天使にとって翼を失うということはそれだけの重さがあるのだ。そこにガブリエルが帰ってきた。


 メタトロンの哀れな姿を見て察したガブリエルはまるで浮いているかのように滑らかな歩みでメタトロンの前に立ち、目線を合わせるように屈む。


「メタトロンさん? いただきますね」



 ガブッ



「……っ!?」



「これからの貴女に、幸福が訪れますように。その想いを込めて一噛み、させていただきました」


 大丈夫ガブリエルの微笑みは傷心のメタトロンの心を少しばかり癒したようだ。


「私達は喧嘩に負けたんだの……」


「うん……そうだね……」


「あぁ、負けた。完敗だ」


「運命は変えられなかった……」



 俯く4人にウリエルが声をかける。


「この場所は基本的に自由に使っていいとミカエルさんが言ってたのだ。部屋もあるから、儀式の日まではここで過ごしてもらうのだ」


「ルシフェルさんは……妹さんと悔いのない1週間を過ごして下さい。私達には、それくらいしか言ってあげられないのですが」

 ラファエルの言葉を聞いたルシフェルは静かに頷きサンダルフォンに預けていた白き天使を抱きあげる。


「……わかった……」


 ◆◆◆◆◆

 翼をなくしたメタトロン、喧嘩に負けた元天使部に打つ手は無くなった。

 次回、このまま神の視点でミカエルを追う!

 ◆◆◆◆◆


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る