82時限目【記憶を屠る天使マナエル】

 ◆◆◆◆◆

 ロリエルのピンチに駆けつけたのはやはりこの男、いや、漢! フォルネウス!

 天狼は引くことなくフォルネウスに飛びかかる!

 今回も神の視点で追っていくぞ!

 ◆◆◆◆◆





「うおぉりゃぁぁ!」


 悪魔と無数の天狼の熾烈な闘いが始まった。

 フォルネウスの拳が天狼の顔面にめり込む。しかしすぐさま後方から二頭の天狼に噛み付かれた。


 ○○エル達は息をのむ。


 脚に噛み付いた天狼を振り払うフォルネウスの隙を狙って飛びかかって来た一頭を裏拳で撃沈させた悪魔はそのまま足元でキョトンとする二頭にローキックを決める。


 ○○エル達唖然。


 天狼は尻尾を踏まれた犬のような声をあげ後方の大木に身体を打ち付け地面に這う。


「はぁ……はぁっ……その程度の噛み付きじゃ俺は倒せないぜ? どうする、まだやるか?」


 悪魔の眼光に恐れをなしたのか手負いの天狼達はその場から姿を消した。

 しかし気配が消えた瞬間、フォルネウスは地面に膝を落とすのだった。

「ぐっ……痛っ……」


「た、大変っす! 凄い怪我っすよ!」


「ひぇ〜大変なの〜!?」あたふた


「血が出てます〜、癒さないと〜」


「ど、どどどどーしましょうかっ!?」プルプル


「み、皆んなでルミナスを解放して! 傷口だけでも何とかしないとっ」


 ロリエルの言葉に○○エル達は頷き、傷付いたフォルネウスを囲む。そして各々の光を解放し悪魔を抱きしめた。

 まだ小さな羽根を一丁前に輝かせて癒しの光を放つ5人の天使。


「お、お前ら……」


 正面のマールが首を横に振る。

 今は動くな、ということだろうか。

 悪魔は生徒達に身を委ねた。


(……温かい……傷の痛みが引いていく。天使っていうのは本当、凄いよな……)



 数分後、傷口はなんとか塞がった。

 しかし天使達は慣れない力を使ったせいか地面にへたり込んでしまった。若干1名はまだ背中にしがみついているようだが。


「ふえ〜ガブリン? もう大丈夫っすよ?」


 未だに目を閉じ悪魔にしがみつくガブリエル2世は、ふと我に返った。

「なのっ!?」カァ〜ッ


 顔を真っ赤にするガブリエル2世を見てクスクスと笑う天使達の姿は本当に眩しい限りである。

 フォルネウスは膨れて反論するガブリエルの頭をわしゃわしゃと撫でて言った。


「ありがとな、おかげで助かった! お前の愛がひしひしと伝わってきたぜ〜! ほれほれ、いくらでも抱きついて構わな——」


 ガブ!


「ぬぎゅぁっ!? 指がっ!?」ぴゅーっ!


「た、大変っす! また血がっ!」


 ……


 指の止血を済ませた一行は気を取り直し階段を登り切った場所にある寂れた公園を目指す。

 歩きながらふとロリエルが口を開く。


「そ、そういえばどうして私がここにいるってわかったの? 誰にも言ってないのに」


 首を傾げるロリエルの言葉にフォルネウスが返答する。


「そりゃぁ、俺の勘だよ。何つーか俺は昔から気配を探るのが得意でな。父上の話だとそれは生まれ持った特性だとか言ってたな」


「昼間のロリエルちゃんが何かおかしいと思ってね〜皆んなに聞いてみたら、やっぱり皆んなも同じことを言ってたの。だから〜先生に相談して捜しに来たんだよ〜」

 モコエルは優しく微笑む。


「そうなんだ。ありがとう皆んな。……皆んなが何故あの子のことを思い出せないのかは謎だけど……この先にいるよ。そう思うんだ」



「……あぁ……確かに居るな。俺も知ってるこの気配……知っている筈の、と言った方が正確か」

 フォルネウスは小さく呟く。



 暗闇を歩く事10分、


 出口が見えて来て小さな街灯の光が射し込んでくる。そして物音がする。


 金属音だ。


 恐らく、ブランコの揺れる音だろう。


「ひぃっ、ま、まさか亡霊がっ」ガクブル


「大丈夫っす、クロエちゃん!」

 マールは小さく震えるクロエルの手を優しく握り笑顔を見せる。


 そして遂に一行は隠れパワースポットである、丘の上の寂れた公園に足を踏み入れたのだった。



「……マナ……ちゃん……?」



 そこにいるのは確かに黒き後輩天使、マナエルだ。ロリエルの声に反応したマナエルはその立派なまつ毛をパタつかせて驚いた表情を見せる。


「……あ……」


 ギィ……と、ブランコの揺れが止まる。

 後輩天使マナエルはその大きな黒い瞳で先輩○○エル達と顧問のフォルネウスを捉えた。言葉は発することなく、ただじっと、哀しげな表情で。


「マナちゃん! 良かった、こんなところにいたんだ! 今日は約束の日なのに来ないから心配したんだよ? 夜も遅いし、帰——」


「何故……忘れさせた筈なのに」


 黒い虚ろな瞳がロリエルに向けられる。

 白き天使は言葉を呑み込んだ。拒絶の眼差しがロリエルの胸に突き刺さる。


 そんなマナエルの姿を見た他の天使達はロリエルの後ろで激しい頭痛に襲われた。頭を抱えて蹲るマール達の姿はロリエルがマナエルのことを思い出した瞬間と似ている。


 フォルネウスですら頭を抱える激しい頭痛が通り過ぎた後、その場の全員にマナエルの記憶がフィードバックした。


 マールは顔を上げた。


「……マ、マナちゃん? な、何で忘れてたんすか?」


「はぅ……頭がい、痛ぃの〜」



「何故か……ふむふむ、それは……」


 後輩天使マナエルは立ち上がり続ける。


「それは、自分が先輩達と共に過ごした記憶を抹消したからですよ」


「ど、どういう……記憶を抹消だと……? マナエル、冗談は……」

 フォルネウスの言葉を遮り黒き天使は更に続ける。


「冗談ではありませんよ、先生。現に記憶、無くなってましたよね?」



「……なんで……」

 ロリエルが口を開く。


「もしマナちゃんが記憶を奪ったとして何でそんなことしたの? なんで居なくなったりするの?」


 ロリエルの言葉に表情一つ変えずにマナエルが言う。


「……白天使アルビナ。ロリエル先輩、貴女は後数日でアルビナ覚醒します。そして、この世界の為に魂を捧げることになります。

 それは世界の均衡を保つ為の崇高な儀式であり、神の意思」


「……な、にを言って……」


「気付いてるんじゃありませんか? 自分の中の異変に。……頭の中で時計の秒針が進むような音、聞こえてますよね?」


「……やめ……て……」


「それが止まった時が覚醒の時。後は……自分がどうこう出来る話ではないから」

 黒天使は虚ろな表情で語る。


 その話を聞いてフォルネウスはある保険医に聞いたことを思い出す。

 しかしその保険医が思い出せない。確かに世話になった筈の保険医がいた筈なのだが、四大天使の記憶操作により、その繋がりが絶たれているのだ。


 とにかくロリエルを覚醒させてはいけないとだけ。それだけは何とか思い出せたフォルネウスはロリエルの前に出てフラリと佇むマナエルに言った。


「マナエル……君は、何者なんだ?」



「自分ですか? そうですね、何者かと問われると……こう答えるしかありませんね。


 使い捨ての天使、


 と、言ったところです」



「マナちゃん……?」


「ふむ……ロリエル先輩、そんな顔をしないで下さい。自分は最初から貴女にかけられたフィルターを解除する為に天の川中等女子学院の1年生として入学し、天使部へ入部したのです。

 ……そしてロリエル先輩と極力行動を共にしました。フィルターの解除には近くにいる必要があったからです。自由研究の班わけのジャンケンも、自分がロリエル先輩と一緒になるように暗示をかけました」


「何……それ……最初からとか、魂を捧げるとか……意味分からないよ……!」



「つまり、自分はロリエル先輩の、敵、ということですよ」


「そ、そんな筈ない! だって……一緒に映画も見て、ご飯も食べて! 一緒にシャインバードの研究してっ……モッヒーが死んじゃった時はお墓作って、ベランダで一緒に泣いてくれた! 抱きしめてくれた! ……昨日まで皆んなと一緒にキャンプしたりして笑い合ってた!

 それは全部嘘なの? 私をそのよくわからないものに覚醒させる為だけに一緒にいたの?

 ……嘘だよそんなの! ……マナちゃんは本当に笑って、泣いてた!」

 ロリエルは零れ落ちそうな涙を堪えながら必死に反論する。


 しかし、後輩天使は表情一つ変えない。

「いいえ、嘘です。あの時抱きしめたのも効率を考えてのこと。全部ロリエル先輩をか——」


「違う! 嘘なんかじゃない! 

 じゃなきゃノートの最後のページにあんなこと書かないよ! ……本当は見つけて欲しかったんじゃないの? ……助けて欲しいから、メッセージを残してくれたんじゃないの!?

 ごめんなさいって、書いたんじゃないの!?」


 微かに揺れるブランコの音が静かに響く。


 少しの沈黙の後、黒天使は震えた声で言った。


「……本当に……邪魔ですよね。……感情なんて持ち合わせてなければ、こんな気持ちにならずに済んだのに」


 マナエルはその大きな黒い瞳でその場の皆を見つめる。フォルネウスは異変にいち早く気付き目を閉じろと叫んだが、時既に遅し、


 その場の先輩○○エル達はバタバタと力無く倒れていく。そして


「しまった!?」


 フォルネウスもその瞳の渦にのまれ、気を失うのだった。


 気を失った6人を見つめるマナエル。

 そんなマナエルの上空から声が聞こえる。


「見つけましたよ、マナエル」


「……あ、ミカエル様ごめんなさい」


「辛かったでしょう。その気持ち、私も分かっているつもりですが。この人達の記憶の方は?」


「はい、滞りなく。今、自分達に関する全ての記憶を屠りました。もう二度と思い出すことはないでしょう。そして数日後、覚醒はなされますよ」


「そう……」


「ミカエル様、そんな顔しないで下さい。自分は使い捨てですから。覚悟は出来てますから。帰還命令を無視した悪い天使の末路なんて、こんなものですよ」

 俯く大天使長を見上げ不器用に笑って見せるマナエル。そんなマナエルを抱きしめミカエルは言った。


「いいえ、貴女は私が守ってあげる。だから諦めないこと。悪い天使なのは私達も同じだから」



 綺麗な光り輝く翼が黒き天使を包み込む。


 そして2人はそこから消えてしまった。



 微かに風で揺れるブランコの音が静かな公園に響く。全てが、振り出しに戻された。

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