79時限目【白天使メタトロン】

 


 散らかった部屋で対峙する光の大天使。


 頭を強打したルシフェルは依然として目を覚まさず。ミカエルの一撃の強さが伺える。

 ミカエルは瞳を閉じる。すると、部屋全体が歪み始めた。


 大天使領域ルミナスフィールド


 ルミナスフィールドとは上位の天使、天翔が発動することの出来る特殊空間、決戦領域である。


 部屋は一面真っ白な世界に包まれる。これは、大天使長ミカエルの領域だ。


「もう一度問いましょう。大人しく拘束されなさい。ことが済めば、記憶だけを抹消し日常に戻すことも可能です」


 フィールドを展開した大天使長ミカエル。彼女は真っ白な光を放ちながら肩で息をするメタトロンに言葉を投げる。


「わ、私の大天使領域ルミナスフィールドが発動しない……?」


「同じ属性のフィールド同士、その場合より強力なルミナスフィールドが優先されて展開されます。メタトロン、貴女には万が一の勝ち目もありません。だから……抵抗はしないで」


 そう言ったのは大天使ガブリエル。

 赤い瞳でメタトロンを見つめながら静かに諭す彼女の声をしかし、メタトロンは聞かない。


「魂納の儀、白天使、そんなものは間違ってる」


 呆れた表情を浮かべるミカエルは一歩前に踏み出しながら話す。


白天使アルビナの魂を捧げることで、世界の均衡が保たれるのです。アルビナの犠牲は尊いものであり、それは神の意志。誰も抗うことはかないません」


「本当にそんなものが存在するのか? これだけ生きても未だに神の存在を目の当たりにしたことはないのだぞ? そんな不確かな存在を信じろと?」


「……神は存在します。四大天使はその神の代行者。もはや言葉では分かり合えないようですね」


 神への冒涜は地雷のようだ。苛立ちを露わにした大天使長ミカエルはメタトロンに向けた手に力を込める。


 瞬間、空間が歪む。


「くぅっ……ゔぁぅ……っ」


「まともな戦闘にすらなりませんよ? これでお終いですから」


「はっ!?」


 眼前に現れたミカエルの一撃を間一髪で躱したメタトロンは翼を広げ上空へ回避する。


「避けましたか」


 ミカエルは顔色一つ変えず、メタトロンを追う。メタトロンはそんな大天使長に向けて無数のバリアを展開する。メタトロンが得意とするのは癒しと護り。その力は四大天使にも匹敵する。

 魔界でメイドが展開したバリアとは比べ物にならない厚い防壁を展開出来るのだ。しかし、


「なっ……」


 バリアにヒビが入り、次の瞬間、いとも簡単に砕ける。メタトロンに反して、大天使長ミカエルは癒しと絶対的な攻撃を得意とする。自身を癒しつつ、聖なる刃で何者をも斬り伏せる。


 砕けた光の欠片を避けることなく上昇したミカエルは一瞬でメタトロンの背後を取った。

 そのまま背中に手のひらを当てたが、咄嗟に反応したメタトロンは、振り返りざまにゼロ距離で光の壁を放つ。しかし、


 瞬間、砕け散る。


「くそっ!」


 再び距離を取ったメタトロンだが、その細い腕が光の矢に射られた。血は出ない、しかし、とてつもない痛みが彼女を襲った。

 額に汗を滲ませ、周囲を見渡し、メタトロンは瞳を泳がせる。


 無数の白矢が彼女に狙いをつけ待機している。


「ぐ、フィールド効果、か……」


 1本、また1本と矢は放たれる。

 それはもはや、処刑に等しい光景だった。

 放たれ射られるその度に漏れる悲鳴も、やがて数え切れなくなった頃、


「可哀想なメタトロン。私の心も痛みます。

 これで終わりにしましょう、少し眠っていただきますよ?」


 ミカエルが勝利を確信した時、真っ白な世界に、啜り笑う声が響く。


「くくっ……甘いな、だい、てんし、長」


「な……傷が……そうですか、自動治癒リジェネレーションですか。貴女も癒しを得意としていましたね」


 メタトロンは癒しの力で自らの傷を癒しつつ、反撃の機会を伺っていたようだ。


「こうなったら見せてやる……私の力を……白天使アルビナの力をな……」


 メタトロンの身体を真っ白な光が包む。その白は、白より白く、更に深い、そんな白。


「……良いのですか、その力を解放すれば、貴女の身体は保ちませんよ? 時間を止めただけでも負担なのです。今すぐ、鎮めなさい」


「嫌だの……なんだ、負けるのがこわいのか?」


「くっ、いい加減にしなさいっ!!」


 ミカエルは覚醒した白天使メタトロンの懐に入り、その白銀に輝く翼を断たんと聖剣を振りかざした。しかし、聖剣は空を切る。

 瞬間、ミカエルの身体が激しく地面に向けて吹き飛んだ。なす術なく地面に叩きつけられたミカエルはすぐさま体勢を整え上空を見上げる。そして驚愕する。


 自身の大天使領域が塗り替えられていくのだ。徐々に、白が黒に染められていくのが見て取れる。


「いけません、これではっ……黒の領域……あの子の身体は限界です。あぁ、神よ、私はあの子の翼を斬らねばならないのですか……ガブリエルさん?」


「……は、はい……」


「今、斬らねば彼女は暴走し、本当の意味で堕天するでしょう。そうなれば、私達とて危険です。わかっていますね?」


「メタトロンを、しかし……まだ方法は……」


 そんなガブリエルの声を掻き消すようにメタトロンの叫び声が降り注ぐ。


「ガブリエルさん! 救いたいのなら、やらねばなりません! 一刻を争う時に判断を誤ってはいけません!」


「くっ!」


 ミカエルの一喝で表情を固めた大天使ガブリエルは自らの大天使領域ルミナスフィールドを展開しミカエルの背に両手で触れた。

 ミカエルの傷が癒される。ガブリエルの癒し効果はメタトロンやミカエルのそれを上回る、所謂、究極の癒しの大天使だ。

 そして、


「ごめんなさい、メタトロン……貴女を止めるにはこれしかありません……」


 迫る黒を、白が押し返していき、やがて再び白一色になった時、





 ミカエルの聖剣が、幼女を貫いた——






 貫かれた幼女の身体からは不思議と血が噴き出すことはなかった。聖剣は光の粒になり弾けるように消えメタトロンの身体は宙を浮いたまま光に包まれる。光り輝く白天使の翼は砕け、その小さな身体は部屋の床に力無く落ちていった。


 それを優しく受け止めたのはガブリエルだった。

 ミカエルは床に膝をつき、息を荒げる。それと同時に部屋のルミナスフィールドが解除された。


 メタトロンはピクリとも動かない。なんとか立ち上がったミカエルは振り返ることなくメタトロンに言った。


「眠りなさい。貴女はもう、二度と翔ぶことは叶いません……ガブリエルさん、聖域へ帰還します。

 彼女と堕天ルシフェルを拘束し、連行して下さい。私は天議会へ。後のことは、手筈どおりにお願いします」


「はい」


 ミカエルは目の前の空間を切り裂き道を開くと澄ました表情でその場を去った。


 残された大天使ガブリエルはメタトロンの身体を優しく抱きしめ、涙を流している。



 静まり返る部屋に転がるぬいぐるみ。


 そこには誰も存在しない。



 天の川中等女子学院の1階から、保健室が消滅したことに気付く者すら、居なくなったのだ。



 ◆◆◆◆◆

 た、大変なことになったのでは?

 元天使部が拘束された今、魂納の儀を止められるのは、もはや1人しかいない!

 はやく気付けフォルネウス! と言ったところで記憶の改竄が邪魔をする。

 だが、希望はフォルネウスしかいないのだ! ねじ曲げられた記憶を辿り真実に辿り着くんだ!

 ◆◆◆◆◆

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