74時限目【元天使部集結】

 


 保健室に沈黙が続く、



 ベッドにもたれかかり眠るメタトロンとそれを抱きしめて心配そうな表情をする妹サンダルフォン。

 少し離れた部屋の壁からそれを静かに見つめる選定者ラジエルの腕には今日もマールにもらったぬいぐるみの姿。


どれくらい時間が経ったのだろうか。

やがてルシフェルが目覚める。

白髪の正天翔はその濃い紫色をした鋭い瞳で周囲を見渡した。意識がはっきりしないのか、あまり状況を把握出来ていない様子だ。

 そんなルシフェルにサンダルフォンが飛びついた。


「はっ! ルッシー! 良かったぁ! 気が付いたんだねっ! ここが何処だか分かる? 私の事、分かる?」


「君は……サンダルフォン? こ、ここは……僕は生きてる……ん、メタ……トロン……?」


 ルシフェルは自分の身体に覆い被さるように眠る幼女とその妹を交互に見て瞬きを一つ、深呼吸を挟み、ようやくここが天界だと認識した、と、そんな表情を見せた。


「あ、駄目だよ。お姉ちゃん丸1日癒しの力を解放してたから……あまり揺らさないであげてね。とりあえず、今は寝かせてあげて?」


 サンダルフォンの言葉に、あぁ、と頷いたルシフェルは顔を上げる。しかしその視線の先の青髪を見た途端、彼の理性が吹き飛んだ。


 眠る姉とその妹を振り払うように起き上がったルシフェルは一目散に選定者ラジエルに詰め寄り、その胸ぐら掴んだ。


 うさぎのぬいぐるみが床に転がる。

 ラジエルは、あ……、と落ちたぬいぐるみを気にしながら声をこぼした。


「選定者ぁっ……! 何故お前が2人と共にいる!?」


 ラジエルを入り口のドアに押し付けるようにして声を荒げるルシフェルの腕を必死に掴み止めに入るサンダルフォン。


「ま、待ってルッシー! 違うんだよ! 話を聞いてっ……お願い乱暴しないであげて!」


「う、うるさいっ! コイツの所為で……コイツの所為でハニエルはぁっ!」


 激しく揺さぶられドアに頭を打ち付けたラジエルはそれでも抵抗せずに男の目をその真っ赤な瞳でまっすぐ見つめている。


「何で何も言わないんだ……! 何とか言ったらどうなんだっ!」


「……事実、だからだ……」


「やめてぇっ! ラジちゃんが怪我しちゃうよ! ラジちゃんはね、今は私達に協力してくれてるの! 次の犠牲者が出ないようにって……あ……ぁ、その……」


「……次の……だと……?」


 ルシフェルはラジエルをドアに叩きつけサンダルフォンをその鋭い眼で睨み付けた。


「ひっ……ご、ごめん……そんなつもりは……」


 一触即発、そんな緊迫した空気を切るように、あの幼女の声が保健室内に響き渡った。

 大天使メタトロンだ。


「そのくらいにせんかっ、ルシフェル!」


「くっ、メタトロン……!」


 身体はまだ完全に回復していないのか小さく震えているように見える。そんなメタトロンは必死に彼に訴えかけた。


「事情は……私の方から説明する。とにかく一旦座ってくれんか? ルシフェル、お前から聞かねばならんことも山ほどあるのだからな? ま、まずは……言うことがあるだろ?」


 メタトロンに諭され、ルシフェルは苦虫を噛み潰したような表情で言った。


「迷惑をかけた……すまない……」


しかし、幼女の返事は彼の予想とは違った。


「違うだろ……ったく、帰ったなら、言うべきことは一つだろ?」


「メタトロン……くっ、お前ってやつは、昔から変わらないな……


 ……ただいま……」


いつもの穏やかな表情に戻ったルシフェルの、ただいま、それを聞いた双子は声を揃えて微笑み返した。


「「おかえりなさい」」



——


 メタトロンのおかげで少し落ち着きを取り戻したルシフェルは床に転がってしまったぬいぐるみを抱いて俯くラジエルに手を差し伸べた。

 ラジエルはそんなルシフェルを見上げ、その手を取る。真っ赤な瞳を瞬かせ、


「あり……がとう」と、頭を下げた。


「いや、僕もすまなかった……頭に血がのぼって見境なしに……け、怪我はないか?」


 そんな2人を見てホッとした表情を見せたサンダルフォンは気が抜けたのかフニャフニャ〜と床にへたり込んだ。


「ふぇ〜ん……恐かったよぅ……」



 こうして場を鎮めたメタトロンはいつもの椅子に座りゆっくりと話し始めるのであった。


 落ち着きを取り戻したルシフェルに保健室の幼女メタトロンがこれまでの経緯を話し始める。

 そして今現在、白天使アルビナの素質が一番高いのがルシフェルの妹であるロリエルであることも告げた。無論、ルシフェルは驚愕するわけで。


 ルシフェルは空いた口が塞がらないといった表情で震える声を絞り出す。


「……ロリエルが……何故……この世界は僕から大事な人を奪った上に……妹までも奪うというのか……! ハニエルが……ロリエルが何をしたっていうんだ!」


「……ルシフェル……すまぬ……」


 メタトロンは俯き目を逸らす。


「お、お姉ちゃん……」


「す、すまないメタトロン……君に罪は……」


 ルシフェルが言いかけたのを遮るようにメタトロンは口を開く。


「いや……あの日あの時、私が犠牲になっておればルシフェルにこんな思いをさせずに済んだのだ……あの時、アルビナ覚醒したのは私だったのだからの。だが……」


メタトロンの言葉をサンダルフォンが繋ぐ。


「でも、私がお姉ちゃんの時間を止めちゃって……それで器の素質があったハニエルちゃんが無理矢理覚醒させられて……

 私の……私の所為だよっ……うっ……でもっ……必死で……止めなきゃって……ひぐっ、私があの時止めなきゃ良かったの? そんなの選べないよっ! どうしたらいいかなんて……わから……はっ……ル、ルシフェル?」


 ルシフェルは取り乱したサンダルフォンの頭を優しく撫で、それは透き通るような微笑みを浮かべる。そして、落ち着いて口を開いた。


「……サンダルフォン、僕はね、ハニエルが犠牲になったことが辛い……

 でもそれは……君達が犠牲になっていたとしても同じように辛い。誰1人として欠けてちゃ駄目だろ? ……だって、


 僕達4人で天使部、だろ?」



「ルッシー……ふぇぇ〜んっそうだよねっ皆んな揃ってこそ……天使部だもんね……うっ……ぅっ」


 サンダルフォンは顔をくしゃくしゃにして泣きじゃくる。ラジエルはそんな彼女に可愛いピンク色のハンカチを差し出した。


「ふぇっ? あ、ありがどぉラジちゃん……ぶぴゅ〜っ」


 ラジエルの手に返ってきたハンカチは涙と鼻水でぐっしょりだったとさ。

 ハンカチを貸したのを心底後悔したラジエルだがそこはグッと堪える。大人の対応である。


「……うむ。ルシフェル……馬鹿なことを言ってすまんかったの……

 まだ諦めるには早い。それにロリエルの方はこちらで覚醒を抑制するフィルターを張っておるから一先ずは安心だ。この術式を完成させる為に毎日毎日書類に目を通しては試行錯誤したのだからの」


 メタトロンは涙でその翡翠色の瞳を潤ませながら気丈に振る舞う。


「……フィルター?」


「それに関しては私が説明しよう」


 ぐっしょりハンカチを渋々ポケットにしまったラジエルは振り返りルシフェルに説明を始める。勿論、マールにもらったぬいぐるみは手放さない。


「メタトロンの言うその術式を私の力で制御し、彼女の覚醒の進行を止めている。

 フィルターが解除されない限り覚醒は起きない筈だ。そしてそのフィルターを解除するには彼女の半径1メートル以内で大天使級のルミナスを解放するほかに方法はない。

 ……つまり、彼女に四大天使を近付けなければ覚醒は起きることはない。四大天使は恐らく覚醒を待っている筈だが、そもそもそれが起きないという仕組みだ。」


ラジエルの話をサンダルフォンが引き継ぐ。


「ぐすん……そ、それで私達がずっとロリエルちゃんを監視しているんだ。今は少し離れてるけれど確かキャンプに行くって言ってた。

 面白いことにね、私達が良く集まってたあの小さな公園であの子達も集まってるんだぁ。やっぱり同じ天使部だからあの場所に惹かれるのかな?」


 サンダルフォンは涙を拭う。


「え、天使部なのか? そ、それはそうと、今は誰も見てないんじゃ……?」


 ルシフェルが問うとメタトロンが口を開く。


「心配はいらん。今日のキャンプはフォルネウスも拉致されておるからの。彼は一部始終を知って私達に協力してくれておる。

 悪魔だが……何というか心底真面目な奴でな、ルシフェル、お前にそっくりな性格をしておるぞ?」


「……フォルネウス……彼には謝らないといけないな。僕の勝手に巻き込んで……」


 ルシフェルの脳裏に自分を庇い想いを託したメイドのカルナが浮かぶ。胸が締め付けられるように痛くなる。彼女の想いも、彼に伝えねばならない。


「メタトロン……今度彼に会いたいんだが」


「そうだの……それよりルシフェル。これからどうするのだ?」


「とりあえずは身を隠してハニエルの救出の手立てを考える。ロリエルには会いたいがそれは全てが終わった後だ」


「うむ、私達も全面的に協力する。こうなったら四大天使と喧嘩だの。……ラジエル、お前はそれで構わないのだな?」


 メタトロンはぬいぐるみを愛でるラジエルに問いかけた。ラジエルは、はっと我に返っては首を縦に振る。


「……覚悟は出来てる」


「それならさ、お姉ちゃんの家に匿ってもらいなよルッシー!」

 サンダルフォンは嬉しそうに言った。


「……な!? わ、私の!?」カァーーッ


「ん……そうだな。悪いが世話になっていいか?」


 ルシフェルは頬を赤らめる幼女に言った。


「わ、わわ私は構わんががが!?」プルプル!


「わぁーい良かったねぇお姉ちゃんっ! 念願の……」


 ゴツン!


「ふぇ〜んっいきなりぶつなんて酷いよ〜」


「じゃかましいわっ! ったく……と、とにかく飯ぐらいしかしてやれんがそれでも構わんのなら良いぞ?」


 頬を赤らめ膨れてみせるメタトロン。


「ありがとうな、メタトロン。やっぱお前は頼りになるな、部長!」


 ルシフェルは笑顔で言った。


「ちょ……その呼び方はやめんかっ!」


「何でだよ? 部長は部長だろ? 見た目もあの時のままだしさ」


「見た目は時間が止まって動かんから……仕方ないだろ?」あたふた


 そんな姿を見て静かに微笑む選定者ラジエル。

 落ち着きのないメタトロンにサンダルフォンが更に仕掛ける。


「よっ! 部長! 頼りにし……」


 ゴツン!


「なんでわだしだげ〜っふぇ〜んっタンコブが二段になっちゃったよぉ!」


 泣くサンダルフォンを見てルシフェルは大声で笑う。昔を思い出したかのように腹を抱えて笑う姿を見ている皆もつられて笑い出す。

 ひとしきり笑って息を切らした元天使部一行はそれぞれの手を出し重ね合わせる。

 ラジエルはそれを見て首を傾げる。


 そんなラジエルにルシフェルが声をかける。


「……い、今なら新入部員も歓迎するぞ?」


 ラジエルは頬を赤らめウサギのぬいぐるみを強く抱きしめる。そしてメタトロン、サンダルフォン、ルシフェルの目をその真っ赤な瞳で見つめる。


 3人は無言で、そして笑顔で頷いた。


 ラジエルはその白く細い手のひらを一番上に重ね合わせた。


「……な、懐かしいの。

 うむ、ならば行くぞ?


 天使部、再結成だ! この喧嘩、必ず勝つ!」



 4人の声が保健室内に響き渡るのであった。



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事件発生まで、あと、3日

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