71時限目【伯爵級の悪魔】

 

 ラウルの言っていた日にちまで、あと1日。


 当日は日曜日か。

 仕事を終わらせた僕は疲れて部屋のベッドに腰をおろした。教師って、辛いよなぁ。


 こんなことをしている暇はない筈なのに……何故律儀に教師なんかやってるんだ僕は……



 その時だった、コンコン、と、ドアをノックする音が聞こえる。

 どうぞと声をかけるとドアはゆっくりと開いた。


 そこにはサキュバスメイドの長であるカルナがいた。


「カルナか。何か用かい?」


 僕が問いかけるとカルナはクスッと笑いながらお茶を運んできた。


「お茶を持って来いと仰ったのはアビス様ですよ? お忘れですか?」


 ベッドの脇にお茶を置いたカルナは僕の隣に座りその赤い瞳を潤ませ上目遣いで迫る。


 距離が近い。僕の手を取り自分の胸に当てるリリィの吐息には魅了の効果がある。

 これが有名なサキュバスの魅了。


「カルナ、冗談は程々にしてくれないか?」


「あら、アビス様……どうして抱いてくれないのですか? これもメイドのお仕事だと存じております。それなのに昔からずっとです。私には魅力が御座いませんか?」


 カルナは頬を染め膨れてしまった。


 魅力がない? そんな筈はない。

 彼女はサキュバスの中でも一際綺麗だ。いや、綺麗と言うより、可愛い部類に入る。悪魔とは思えないほどに。

 長い赤い髪を二つ括りにした赤い瞳のサキュバス。肌は白く、張りもあり胸も程よく膨らみ背丈は高過ぎず、低くもなく、

 正直、美少女である。


「カルナ、君に魅力が無いわけないさ。ただ僕は君達メイド達にそんなことをしてもらいたいとは思わないだけさ。いつも食事の支度や掃除をしてくれる。それだけで十分だからさ」


 落ち込む彼女に優しく言った。

 そして僕は運んで来てくれたお茶に手を伸ばし、


「駄目っ!!」


 コップは地面に叩きつけられ激しく割れた。


「カルナ?」


「はぁ……はぁっ……アビス様、ですよね? ……貴方は……私のご主人様のアビス様……です……よね?」


 カルナは声を荒げ僕の目を見つめる。唇が震えているのが分かる。


「カルナ、君は何を……」


 何故だ。僕の能力で彼女には僕がアビスに見えている筈だ。


「そのお茶には……ヒュドラの毒が混入されております」


「……毒?」


 毒、つまり、これは、


「……やっぱり貴方は……」


 廊下から足音が近づいて来る。


 それを聞いたカルナは僕の手を取り言った。


「こちらです! 事情はあとで聞かせてもらいますから覚悟しておいて下さいよ? さぁ!」


「あ、あぁ……何処へ……?」


「逃げます! ……今この部屋に近付いているのは貴方にトドメを刺す為に武装した殺し屋達です。

 それを仕向けたのはラウル様です……!」


 カルナは強く手を握り部屋の隅のタンスを軽く叩く。するとタンスの裏側の扉が開く。

 隠し扉である。

 驚く僕を見たカルナは少し哀しい表情をした。


「知らないのですね。これはアビス様が幼少期、部屋を抜け出す時に使っていた秘密の通路で御座います。さぁ、早く!」


「あ、あぁでも君は……何故僕を助けるんだ? これがバレてしまうと君だって……」


「それは……そ、そんなこと、今話している余裕はありませんっ! 行きますよっ!」


「わ、分かった……!」


 今は彼女を信じるほかなさそうだ。

 隠し扉から脱出する。

 声がする。男数人、どうやら部屋に辿り着いたようだ。

「裏切り者が出たようだな。あのメイドもろとも発見次第処刑だ。……ラウル様に報告しろ。やはり奴は天界からのスパイだ」


「了解した。……しかし馬鹿な奴だ。暗示を最も得意とするラウル様に俄仕立ての暗示をかけようとはな」


「しかし、ラウル様ですら今まで気付かなかったのだ。油断は禁物だぞ?」


「あぁ、分かってる」



 くそっ、ラウル・フォルネウス!

 いつからだ? いつから僕の正体に?


 とにかく隠し通路を走る。走る、はしる!

 息遣いが荒くなる。苦しい。


 たどり着いた場所は小さな小部屋だった。

 そこで一旦落ち着く事にした僕達は地面にへたり込むように座った。


「はぁ……はぁっ、すまない……」


「はぁっ……はぁ……あ、謝られても困ります」


「どうして君は僕を……?」


「そんなの……わ、悪い人に見えないからに決まってます。いったい何故貴方は魔界に? 本物のアビス様は無事なのですか?」


 カルナはその真っ赤な瞳を僕に向ける。


「彼は今、天界にいるよ。僕の信頼している仲間の近くにいる筈だ」


「良かった……無事なのですね」


 安堵の表情を見せたサキュバスのカルナだけれど、今度は少し怒ったような表情で、


「それはそうと……! ちゃんと聞かせてもらいますからね? 貴方のこと!」


「あ、あぁ……分かった。話すよ……君は命の恩人だからね……」


 僕の暗示を破るとは……ラウル・フォルネウス……彼を甘く見た……


「どうしたんですか? 神妙な顔をして……あ、もしかして……さっきの続きがしたいんですか?」


 サキュバスは四つん這いで迫り肌を擦り付けてくる。魅了の吐息が僕を襲うと一瞬理性が吹き飛びそうになる。


「や、辞めてくれ……! 君達サキュバスは皆んなこうなのか?」


「む〜……やっぱり私、魅力ないんだ……」


「拗ねないでくれよ。ぼ、僕には……大切な人がいるんだ。ここに来た理由も……その子を救う為だった。その筈、だった……」


「大切な人……そ、それなら仕方ありませんね。詳しく聞かせて下さい。こうなった以上、私は貴方のメイドとしてご主人様を守ります」


 カルナの言葉に嘘はないようだ。


 観念して全てを彼女に話すことにした。



 ◆◆◆◆◆

 ラウルがルシフェルの暗示に勘付いたようだ。

 2人に迫る断罪の影! ルシフェルは無事に屋敷を脱出出来るのか!?

 カルナはどうなるのか?

 次回、魔界編最終局面!

 ◆◆◆◆◆

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