70時限目【ラウル・フォルネウス】

 ◆◆◆◆◆

 唐突に、ここは魔界である!

 天界に比べると少しばかり暗いイメージな街並み、車の代わりに竜車が走っている、その他は人間界寄りな街に建つ、一軒の豪邸、——そこにアビス・フォルネウス2世になりすましたロリエルの兄、ルシフェルが潜伏している!

 ルシフェルは暗示を得意とする天翔で、その力は大天使に匹敵すると言われていた実力者である。そんな彼がフォルネウス邸に侵入してかれこれ1年の月日が流れた。

 未だに見つかることなく魔界で教師をしているルシフェルは仕事を終え屋敷へと足を運んだ!

 今回はそんな堕天ルシフェルの視点で魔界を覗いてみるとしよう!

 ◆◆◆◆◆



 仕事、——魔界の高校生達の世話を済ませた僕が屋敷に到着すると、すぐにメイド達が荷物やら上着を受け取りに来た。ひとまず僕はありがとう、とメイド達に荷物を預け自室へ戻ろうとした。


 その時、僕に声をかける人物がいた。


「アビスよ。帰ったか」


「父上……お越しでしたか。連絡を入れて頂ければ御迎えに上がったというのに」


 そこに居たのはフォルネウスの父、ラウルであった。現在、社会人となった僕とは別の場所暮らしている。僕は昔から住んでいた屋敷を彼から預かる身ということだ。

 彼、ラウルは構わんよと言って荷物をメイド達に預けた。切れ長の眼が彼、アビスに良く似ているな。


「アビス、今宵は少し付き合わんか?」


「はい、喜んで。すぐに支度をします」


「急がんで良い。お前も疲れているだろうからな。リビングで先に一杯やらせてもらうぞ? 可愛いメイドちゃん達の相手もせねばならんからな。お前も後で来ればいい。メイドではしっかり遊んでいるか? 彼女達は性欲旺盛だからな、しっかりと相手をしてやらねばならんぞ?」


 ラウル・フォルネウスはそう言ってメイド達とリビングの方へ歩いて行った。本当にこの人の女好きは……誰が悪魔なんぞと……


 僕はその姿が見えなくなるまで見送り、自室へと足を運んだ。


 ラウル・フォルネウス……

 ソロモン72柱、序列30位の権力者。

 階級は伯爵級……

 しかし彼はその地位を息子に託そうと考えている。


 着替えを済ませリビングへ向かう。


 リビングでは既にワイン片手にメイド達と話すラウルの姿があった。先も言ったが、彼は品があり、それでいて意外と明るい性格、おまけに女が大好きである。


「父上、お待たせ致しました」


「おぉ、アビスか。早かったな、もう少しサキュバスちゃんと話したかったが……本題に入るとしよう。済まないが君達は席を外してくれんか?」


 ラウルが言うとサキュバスメイド達は丁寧にお辞儀をしてリビングを後にした。


「まぁ、飲め」


 ラウルはワインをグラスに注いだ。


「いや、しかし……」


 酒を飲むと思考が鈍る。それに僕は酒があまり得意ではない。飲むなら、そう、コーヒーだ。


「悪魔が何を言ってる。酒ぐらいは飲めねばならんぞ? もうじきお前にも72柱の席に座ってもらわねばならんのだから」


 ラウルはルシフェルの目をその鋭い眼で見る。

 僕は観念してそのワインを手に取る。グラスを合わせ、その真っ赤なワインを一気に飲み干した。

 キツいな、やっぱり。


「さっきの話だが、お前はどうなのだ? 72柱の席に座りたいであろう?」


「それは、そのような光栄なことはありません」


 一刻も早く72柱会議に参加して魔界と天界の間に何が起きているか探らないといけない。

 もう、時間がないんだ。


「そうか、それは良かった。私もそろそろ引退を考えていてな。こう見えて歳は600以上だからな。24年前にお前を妻が授かった時は心底喜んだものだ。ずっと子を授かることがなかった彼女がだ。それはもうお祭り騒ぎだったぞ? 一族総出で生誕祭までしてな……彼女はその後、亡き者となったが、私は彼女を誇りに思うよ」


 ラウルはワインを一気に飲み、僕にお酌を促すように目を向ける。緩む口元、彼の心を騙すのは難しい。かなり鋭い感性の持ち主だからな。


「……そ、そうなんですね、どうぞ」


「おお、すまんな。おほん、ソロモンの席に座るは悪魔の誇り。お前も世界を見ることになる。アビス……お前は、魔王を目指せ」


「ま、魔王だなんて、恐れ多い! 冗談が過ぎますよ父上。そ、それよりも具体的な日時などは考えておられるのですか父上?」


「ん? おお、早まるでない、しかしそうだな。

 4日後の会議にお前を参加させようと思ってる。その時に皆に顔合わせするといいだろう。本格的に地位を受け渡すのは恐らく来年になるだろうが」


「そう……ですか。分かりました。その日の予定は空けておきます」


 来年……それでは間に合わない……

 魔界の頂点を見ることで儀式を止める手立てが見つかると魔界へ堕ちたが……これでは無駄に時間を過ごしているだけだ……


 中々上手く立ち回れないな。

 こちらではアビス・フォルネウスになりすましているが故に教師をしながら、が条件だ。

 しかし教師は忙しいのだ……

 その上、生徒に愛着まで湧いてきてしまう始末だ。しかし時間がない。

 来年まで待っていると次の犠牲者が出てしまう。

 それはすなわち、


 ハニエルの死を意味する。


 僕の目的は天界の意表を突き魔界へ堕ち、ハニエルの命が尽きる前に救出すること。

 天界で調べた結果得た情報では、魂納の儀は天界と魔界の狭間で行われていると突き止めたのだ。


 つまり魔界側から救出する方がマークの強い天界より都合が良いと考えたのだ。しかし、それは少し甘い考えだったのかも知れない。


 ハニエル……僕が絶対に君を救う。だからもう少しだけ……生きていてくれ!


 ——


 その日はあまり得意ではないワインを2人で飲み明かした。日付も変わる頃、気分良さげにラウルは去っていった。


 気が抜けた僕の身体に酔いが回ってくる。

 頭を抱えるとメイド達は無理しすぎですよと僕を庇いながら部屋まで送ってくれた。


「アビス様、側についていましょうか?」


「いや、構わない……ありがとう」


 僕は言って部屋のドアを閉め、ベッドに倒れ込み、そのまま死んだように眠りに付いた。



 ◆◆◆◆◆

 

 ……

 夜道を颯爽と駆け抜けるのはラウル・フォルネウスを乗せた竜車だ!

 竜車の後部座席に鎮座するラウルの口元は緩む。


「何か、いいことでもありましたか? 伯爵殿」


「まぁ、そうだな……少しばかり楽しくなりそうだよ」


「楽しく……ですか?」




「……あぁ、そうだ……


 くく、悪魔を舐めるなよ……小僧……」




 その異様な雰囲気に何も言えなくなった付き人達は口を閉じるのであった!

 次回! 継続してルシフェル視点!

 ◆◆◆◆◆

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