56時限目【続・冬休み】
荷物を持って部屋の玄関を開けると室内がほんのり暖かくなっていた。
小さなテーブルの上の鍋の蓋がカタカタと音を立てている。どうやらいない間に一発目を用意してくれたようだ。
奥ではガブリエル2世が持って行ってしまった袋に入っていた野菜を切り分けるロリエルの姿。
切り分けられた野菜や具材を運ぶその他の天使達の姿も。
こうしてさみしい1人鍋の予定が、一気に騒がしい鍋パーティーと化した訳だが、
しかしこの女子達は良く食べる。
まぁ育ち盛りだし? 仕方ないっちゃ仕方ないのかも知れないが。
結局あまり食べれなかったぞ。あれだけの食材があったのに、天使に殆ど喰われてしまった。
しかし、満足した表情の彼女達を見ると、まぁいいか、と思わされる。
準備は任せっきりだったし洗い物くらいはしよう。俺は1人で鍋と食器を洗った。
「これでよし、と」
全て洗い終えた俺は部屋に戻……
……え?
俺のベッドでお昼寝と洒落込んだ天使達が、仲良く並んで気持ち良さそうに眠っているではないか。
おいおい、俺の至福のお昼寝タイムを……
眠る天使を見ていると、俺も少し眠くなってきた。仕方ないから、ベッドの下の絨毯で少し横になる。そして、目を閉じた。
……
夢を見たような気がする
そう、不思議な夢だ
魔界と天界が1つになっていて、俺は教師で
天使もいれば、悪魔もいるあり得ないクラスと
何気ない日常を過ごしている
そんな世界、ある訳ないだろ
これじゃまるで、————じゃないか
…………
……
目が覚めると、天使は居なくなっていた。
「あれ? アイツらっ……ん? これは?」
テーブルの上に置き手紙が。
『先生、ご馳走様でした!』
……だとさ。
めちゃくちゃお転婆で手に負えない天使達だが、しっかりお礼は言えるんだなと少し安心した俺はベッドにダイブする。
今日は本当に何もする気になれない。
ベッドには少女達の香りがほんのり残っているがそんなことはどうでもいい。なんなら、サハクィエル先生の香りが良かったわ。
さて、二度寝と洒落込むか。
◆◆◆◆◆
その頃、保健室では双子の大天使姉妹が話し込んでいた。いつにもなく真剣な面持ちのサンダルフォンと、可愛いシュシュで髪を一つ括りにしたメタトロンが資料に目を通す。
何やら空気が重いが、
少し視点を変えて覗くとしよう。
◆◆◆◆◆
今日も可愛い日替わりシュシュで髪を結ったメタトロンはいつものように書類に目を通している。
「お姉ちゃん? 何か分かった?」
「うう〜……むむ〜」
「え? 何なに?」
「ふぅむ……ゴニョゴニョ……」
「ん? ゴニョゴニョ? ちゃんと話さないと分かりませんでちゅよ〜? メタトロンちゃ」
ゴツ!
「きゃん! い、痛いよお姉ちゃん……ふぇ〜ん……」
「全くやかましいの。しかし1つわかったことがある。魔界への入り口の場所が特定出来た。恐らく、あそこで間違いないだろ」
メタトロンは頭を抱えながら、半泣き状態サンダルフォンを見上げる。
「ぅ……いりぐち?」グスン
「そうだ。フォルネウスがこちらへ迷い込んだ時、はじめに居た場所。あの丘の上のパワースポットがやはり怪しい。あの場所の空間は少し不安定でな、何か力を加えれば向こう側への道が開くということだの。まぁ、それが何なのかは分からんが……下手に触るのは危険やも知れんし、迂闊には手は出せんのだが……」
「力が逆流したりすると危ないもんね。でも、もう時間があまりないよね……ハニエルちゃん……」
「今まで諦めてしまっていたが……ルシフェルがまだ諦めておらんとなると、私も黙ってはおれん。サンダルフォン、危険な闘いになるやも知れんが……」
「大丈夫っ! 私、決めたんだから。あの時から……お姉ちゃんの為なら何でもするよ?」
サンダルフォンが笑顔を見せる。
「ばっかもん、気負うでないわ。私は気にしておらんのだから。……お前のおかげで私は今、ふう、辛気臭いのは嫌いだ。それにしてもルシフェルめ……1人で全部背負いよってからに。少しは私達を頼りにしてくれれば良いものを」
「……仕方ないよ。だって今の私達は……あの人の大事な人を奪った大天使なんだもん……」
「それでも私は、助けたい。ハニエルも、そしてこれから犠牲になるやも知れん若い命も、守りたいのだ。それが、私が生きる、対価……」
「助けよう! 絶対に、ルシフェルも、ハニエルちゃんも、まだ間に合うよ! 世界の何ちゃらとか、正直こわいよ、でも! 今の天界は何かおかしい! ラジエルちゃんも言ってたもん……だから、神様に文句言わないと!」
「文句じゃ足りん、げんこつだ!」
2人はお互いの顔を見て、プッと噴き出した。メタトロンの頬を流れる光の滴を、そっと拭ったサンダルフォンは、小さな彼女を後ろから抱きしめる。
「すまんな……」
「いいんだよ、私は……それでもお姉ちゃんを失いたくないんだもん……力を抜いて?」
「……うむ」
「じゃ、いくよ」
2人の身体を、光が包み込んだ。
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