55時限目【冬休み】

 

 ……白天使アルビナ……


 ……魂納たまおさの儀……


 儀式は魔界と天界の和平と関わりがあるのか?


 メタトロン先生やサンダルフォン、選定者であるラジエル。七大天使の3人ですら儀式の詳細を知らされてはいない。ただ、神の意思だと。

 しかし、メタトロン先生ですら、神という存在に会ったことがないらしい。

 神の意思、儀式、世界の均衡、


 恐らく真実を知るのは、

 四大天使であるミカエル、ウリエル、ラファエル……そしてガブリエルの4人。いや、それ以外にも大天使を動かす何者かがいる。それが、神?

 やはり、神がいるのだろうか? いや、いるはずだ。魔界と天界の戦争は主に神と72柱との戦いだったと教本には載っていたし。

 くそ、分からないことばかりだ。ロリエルにアルビナの適性があるのは認めるとして、マールは何故、それ程までのルミナスを有しているのか。


 大天使ガブリエルがマールを保護する理由にも裏があるのか? そうは思いたくないが……アルビナの候補として有能なマールを手元に置いて監視しているのかも知れない。

 しかし、それは今のところ見当違いで、マールのクラスメイトであるロリエルが当たり。

 覚醒を止めると、世界はどうなるのだろうか。


 儀式は約100年に一度のペースで行われているそうだ。100年というのは魂を納めた白天使達のルミナスが尽きるタイミング。

 生贄に捧げられた者は生きたまま魂を吸い尽くされ最期には天使力枯渇で消滅するのだとラジエルが言っていた。胸糞悪い話だ。


 和平の前には白天使の儀式はなかったんだろ? つまり、和平の際にこの儀式を行う条約のようなものが結ばれたと見るのが自然だ。

 いや、もっと他の……くそ、神に会ってヒゲを引っ張ってやろうか!


 世界の均衡、なんだよそれ。その為に、死んでいい命があってたまるか。ましてや、俺の大事な教え子を生贄になんて出来るかよ。

 俺の父上は、このことを知っているのだろうか。双方の理解の上、1人の命を犠牲にして、俺達は生きているのか?


 メタトロン先生達を根っから信用は出来ないが、生徒を守る点では利害が一致する。今は彼女らに従って2人の監視を続けるしかあるまい。


 しかし、正直驚いている。

 天界はもっとこう、華々しくて眩しくて、黒い部分なんて何もない、そんな世界だと思っていた。


 だが、考えを改める必要がありそうだ。



 ☆☆☆☆☆



 時は過ぎ、2学期も無事に終わり、冬休みに突入。


 気候もすっかり冬で暖房器具のない俺の部屋は非常に寒い。というか、天界には四季があるんだな、魔界は1年通して気候はあまり変わらないのに。

 魔界は地域によって気候が変化するくらいだからな、聞いてはいたが新鮮な感覚だ。


 大してやることもない俺は先日買った土鍋を部屋のテーブルの上にセットした。そして昨日商店街で買ってきた野菜などの具財を袋から取り出し丁寧に水で洗う。


 しかし俺、実は自炊をしたことがない。慣れない手つきで包丁を握り、いざ野菜を切り分けようとしたその時、



 パリィ〜ン!!



 窓ガラスが割れ、勢いよく何かが部屋へ飛び込んで来た。……マールだ。

 その後も続々と登場する天使部一行は部屋に入るや否や好き放題喋り出した。いや待て、玄関から入れよ、いや違う、その前に冬休みだからね?


「ふぇぇっ、さ、寒いっすぅ〜!」ガクブル


「し、死ぬかと思ったんですがっ」プルプル


「マールちゃん〜この時期に川遊びはちょっと無謀だったね〜」ガクブル


「ス、ストーブとかないのかなこの部屋?」


 ロリエルが震えながら部屋を見回している。

 視界に激おこ状態の俺を捉えたロリエルは、一瞬目を合わしたがサッとまた暖房がないのか探し始めた。こんのやろ〜


「何軽くスルーしてんだっ!」


 俺は散らかったガラスの破片を拾い集めながら全力で抗議する。


「ごちゃごちゃうるさいの〜! フォルネウス、何でこの部屋暖房器具の一つもないの〜! む〜っ寒いの〜今すぐ買ってこいなの! でないと噛み付くの〜!」


 相変わらずめちゃくちゃ言うな。暖房器具なんてもの、俺の部屋にはないよ。


 ガラスを拾い集め窓を段ボールで閉じる。


「で、何の用だ? 冬休みだってのに」


「特に用は無いっすけど、川で遊んでたら寒くなって。だから来たっす!」ぴょこん!


「いや、それ全然理由になっとらんが?」


 俺がマールの濡れて凍りかけの髪をタオルで拭いてやっていると、奥からモコエルの声が聞こえてくる。


「あれ〜先生、1人さみしくお鍋をつつくつもりだったんですか〜? こんな真昼間から〜」


「ひ、人の勝手だろ? 用がないならさっさと帰れよ?」


 俺は包丁で野菜を切ろうと試みる。しかし全然歯が通らない。おかしいな。

 それを見たマールがクスクス笑いながら、


「先生っ、ちゃんとカバーを外さないと切れないっすよ?」と頭のリボンを弾ませた。


「はぁ、しょうがないわね。かして。私が切ってあげるから」


 そんな俺を見兼ねたロリエルは、俺から包丁を取り上げキッチンに立つ。手慣れた包丁さばきで次々と野菜やその他の具材を切り分けるロリエルの背中がやけに大きく見えた。


「ん〜、これじゃ全然足りないわね」


 包丁を持った白き天使が俺をジト目で流し見る。


 え、足りない?


 振り返るとテーブルを囲む天使達が全員俺に視線を送っている。突き刺さるような熱い視線を。


 え、なに、この空気?


「何ボーっとしてるの! 早く買ってこいなの〜!」


 なの〜!


 の〜!


 〜!





 ぴゅーっ




「ちっくしょ……何でこうなる……」


 俺の休日が……


 両手にはパンパンの買い物袋。


 抵抗虚しく買い出しに出た俺は近くの八百屋と肉屋を回り軽くなってしまった財布を気にしながら寮に向かって歩いていた。


 もう少しで学校に着く、


 あれ、校門に誰かいるな。

 ガブリエル2世か。何で外にいるんだ?


 俺は校門前でプカプカ浮いているガブリエル2世に声をかけた。


「どうした? 風邪引くぞ?」


「あ、やっと帰って来たの〜! 早くよこせなの! 皆んなお腹空いて待ってるの〜!」


 ガブリエル2世は俺の手から重たそうな一袋を取り上げると、フラフラと寮へと飛んでいく。


 なんだよ。わざわざ一番重いの持っていくとか……もしかして、荷物運ぶ為に待ってたのか?


 いやいや、2世に限ってそれはないよな?


 あれ? そうなのか?


「なんだ、素直じゃないやつだな……」


 少しだけ、ほんの少しだけ気持ちが軽くなったような気がした。仕方ないから鍋パーティーでもおっ始めるか!



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