54時限目【協力関係】

 ◆◆◆◆◆

 保健室の幼女、メタトロンは悪魔フォルネウスに真実を伝える対価に、自分達への協力を要請する。

 急な申し出に躊躇わず首を縦に振ったフォルネウスに七大天使が1人、メタトロンが語る。

 ◆◆◆◆◆




「まず、白天使アルビナについて話すとするか。アルビナとは、およそ100年に一度の周期で現れるとされておる、限りなく神に近い天使のことを指す。その存在を知っておるのは大天使、大神官、管理者と呼ばれる天界の上層部のみだ。勿論、私やサンダルフォンも知らされてはおる」


 幼女が俺に視線を合わせる。俺はここまでの話は理解したとの意味を込めて頷いた。メタトロン先生も同じく頷き、更にこう続ける。


「その白天使アルビナという存在は……この世界、いや正しくは天界と魔界、そして現界、所謂人間界の均衡を保つ為に必要不可欠とされておる。


 100年に一度産まれるアルビナの素質を持つ者を生贄として捧げることで、それは成される。その儀式は魂納たまおさの儀と呼ばれておる。そしてその儀式が始めて行われたのはおよそ400年前、つまり天界と魔界の和平が結ばれた年からだ」


「な……それって……つまり」


「私はその時の事を知らんから何とも言えんのだが……その和平の裏には何かあるのではないかと見ておる。白天使アルビナとして覚醒するのは0歳から17歳までの天使に限られておってこれまでに3人が魂納の儀の犠牲となった。3人目は……私の友人だった。このようなことを、神が許すとは思えないのだ……」


 そう言う彼女の背中はとても哀しげに見えた。


「その私の友人が生贄となった日から……100年が過ぎようとしておる。もうじきルミナスが完全に枯渇し……彼女は無念の死を遂げるだろう。

 その為、天界では新たな白天使アルビナを確保する為の動きが活発になり始めた。そしてその素質を持つ者がお前のクラスにいる、と先日『選定者』から報告が入ったのだ」


「お、俺のクラスに!? ま、まさかそれがマール……?」


 メタトロン先生は首を横に振り、静かに口を開く。


「いや、白天使アルビナの素質のある者、それは……ロリエルだ」


「な、ロリエルが?」


「うむ、まだ覚醒はしておらんから安心だが……しかし、皮肉な事に3人目、私の友人はそのロリエルの兄の想い人だったのだ。

 ロリエルの兄、名はルシフェルと言ってな……昔は共に勉学に勤しんだ仲だった」


 ロリエルの兄の想い人、そしてメタトロン先生の同級生、気が遠くなるような話だが、天界や魔界では珍しくもない。

 歳が20しか離れていない親子もあれば、100歳離れた兄妹も存在する。現に、俺の父上も軽く400歳を超えているのだから。


「ロリエルが覚醒したら、メタトロン先生はロリエルを生贄に捧げるつもりですか!?」


「そ、そうならんように……私とサンダルフォン、そして選定者のラジエルが四大天使より先に白天使アルビナ適正者を見つけ出し覚醒を止めようとしておるのだ。私は上のやり方が気に食わんのでな。生贄など、それはわた——」

「ちーっす! お姉ちゃん来たよー! サンダルフォンちゃんでーす!」


 メタトロン先生の言葉を遮るようにサンダルフォンがいつの間にか乱入してきた。いったいいつ入って来たんだ? いや、その疑問は愚問か。


「お、お前はまた時間を止めたな!?」


「えへへぇ、その方が気にせず来れるしね!」


 サンダルフォンは今日も騒がしいな。それより、話の途中だ。


「その、覚醒を止めようしているって?」


 俺はサンダルフォンを軽くスルーしてメタトロン先生に問いかける。


「おお、すまんの話の途中で。つまりはこれ以上この儀式の犠牲を増やしたくないのだ。まずはロリエルを覚醒させないことが重要だの。ま、その為には此奴、サンダルフォンの力が必要なのだが、色々問題もあるのだ。それに

 後はマールだが……そちらも可能性は低いが警戒はしておいてやるに越したことはないと思う。

 彼女のルミナスは神の域に既に達している。私の考えは、マールは予備だ。白天使が現れなかった時の予備として、特別変異とも言えるマールを早くから確保しているのかも知れん。

 マールは大天使ガブリエルと密接な関係にある。幸いガブリエルは白天使アルビナを察知する力は乏しいようだが、しかし油断は禁物だ。いざとなったらマールを連れて身を隠すぐらいの覚悟がいるやも知れん」


「マールが予備?」


「うむ、彼女のルミナスなら、魂納の儀は理論上成功するだろう。ガブリエルがそれを知っておるかどうか、そこがわからないのだが」


「魂納の儀、白天使……いったい何の意味があって生贄なんて。俺の生徒を生贄になんて出来ませんよ! いや、俺のクラスに限らず、今の平和の裏でそんなことが行われているなんて知って……のうのうと生きてられるほど俺は神経図太くない!」


「うんうん、フォルちゃんはやっぱりいい悪魔だね! そりゃお姉ちゃんも好——」


 ゴツン!


「ふえぇ〜ん、お姉ちゃんがぶったぁ〜!」


「やかましいわっ! ……ったく、それはそうと、今日こそはラジエルも来るんだろうな? そろそろフォルネウスを紹介しておきたいんだが」


 メタトロン先生は頬を赤らめながら言った。


「ふぇ〜ん、もう来る頃だと思うけど?」グスン



「さっきからいるよ」ボソ……



 声。女の声だ。

 俺は部屋の隅に視線をやる。いつの間にかそこには青髪の女がいた。

 真っ赤な瞳が特徴的な女は大事そうにうさぎのぬいぐるみを抱いている。そ、そこには触れずにいた方が良さそうだな。


 それより、俺は祭りの夜にロリエルを連れていた女を思い出した。確か、この女だ。


「お、お前も相変わらず神出鬼没だの……」


 メタトロン先生は苦笑い、サンダルフォンは無駄にテンションを上げる。


「わぁ〜! ラジちゃんお久〜! あ、何なにこのぬいぐるみ! 可愛いー!」きゃっきゃ!


 ひたすらに騒がしいサンダルフォンに対して心底迷惑そうな顔をするラジエルと呼ばれる青髪は、うさぎのぬいぐるみを取られまいと強く抱いて小さくなる。何なんだ、コイツらは?


「ほれ、騒ぐでないわ。ラジエル、今回私達に協力する流れとなった悪魔のフォルネウスを紹介する」


 幼女はラジエルに悪魔である俺を紹介した。ここに来た経緯など簡単に説明するとラジエルは俺の前にゆるりと歩いて来て言った。


「……ラジエル、宜しく」


 真っ赤な瞳は何処か哀しげだ。というか、悪魔と聞いて驚かない?


「よ、宜しく」


 俺は頭を下げる。するとラジエルが口を開く。


「メタトロン、お前の好みは、昔から変わらないな」


「……なっ!?」カァーッ


「そうだよねー! お姉ちゃん100年前も片思——」


 ゴツン!


「きゃうぅ〜んっ! ひ、酷いよ何で私だけ〜……うぅ、いだいよ〜!」


「ラ、ラジエルは大先輩だから殴れんだろーが!」


 大天使幼女は顔を真っ赤にして騒いでいる。何をそんなに騒いでいるのだか。


 と、その時、双子の喧嘩を横目にラジエルが話しかけてきた。


「おい、悪魔。私はこれまでに……選定者として3人の天使を選定した。私が見つけた白天使が生贄に捧げられ、100年近く苦痛にもがくのを、ずっと見てきた。それは、神の意思だと信じて。

 しかし、最近になって上層部の動きに変化が出て来たのだ。私達が反対勢力として動いていることは、知らないとは思うのだが、何にせよ、怪しい。

 私は、もう、見たくはない……私の選んだ命が世界の為に潰えていく様を。悪魔、……この連鎖を断ち切りたいのだ。協力、感謝する」


 ラジエルはとても哀しげで今にも消えてしまいそうな声を放つ。その瞳には、小さくも消えない決意の炎が揺らめいていた。

 この人は、長い間葛藤していたのか。


 つまり400年以上生きている。

 そうは見えないな。とても綺麗な人だ。こんな人に、哀しい顔は似合わない。それに、これは俺にも関係ある問題なんだ。


「任せて下さい。俺に出来ることがあるかは分かりませんが、みすみす生徒を生贄になんて出来ませんからね。……それと、おれはフォルネウス、悪魔のアビス・フォルネウス2世ですよ、ラジエルさん」


「ん……フォルネウス……か。よろしく」


 そこでロリトロン、おっと、メタトロン先生が割って入る。


「まぁ、とにかく顔合わせも済んだことだ。今日の所は解散だの。動きがあるまではこちらも下手に動けんからな。フォルネウスよ、巻き込んでしまったようだが……」


「構いませんよ。知らないままだったと思うとゾッとしますしね。とりあえず俺は1年1組の担任をしながら、2人のことを見ていればいいんですね?」


「そういうことになるな。あの2人のことをよく見ていてほしい。特にロリエルだ、覚醒してしまうと検知されかねん……祭の夜はラジエルがギリギリで覚醒を止めたが、次は時間操作意外、止める術がなくなる。フォルネウスよ、くれぐれもこの件は他言無用でな。我々は、反対派、つまり、天界の意思に背こうというのだからの」




 ◆◆◆◆◆

 こうしてフォルネウスは保健室を後にした。

 保健室に残った3人が真剣な面持ちで話す。

「お姉ちゃん、あのフォルちゃんと入れ替わって魔界に侵入したのって。やっぱり……」

 サンダルフォンが小さな声で呟く。

「うむ、恐らく間違いないだろう。……ルシフェル……」

「魔界側に原因があると見て侵入したか。……彼もまた、犠牲者……想い人を助けようと堕天するか……そして今、その妹までも。運命は、なんて残酷なのか……」

「……ルシフェル……」

 部屋には暫く沈黙が続いた。

 ◆◆◆◆◆


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