48時限目【保健室ループ】

 ◆◆◆◆◆

 あれから数日が経過し、週も半ばに差しがかかった。いつも通り授業をこなし、いつも通りガブリエル2世に噛み付かれたフォルネウスは治療の為保健室へと向かうのだった!

 ◆◆◆◆◆



 校舎の1階西側に位置する保健室のドアをノックすると中からどうぞと声が聞こえた。保険医メタトロン先生の声だ。


 ドアを開け中に入るとそこには白い髪を日替わりのシュシュで結った白衣の天使がいた。

 彼女は振り向きもせずに大量の書類と向き合っていてとても忙しそうだ。


 俺が椅子に座って暫く待っていると先生が振り返り言った。


「すまんがもう少しだけ待っていてくれんか?」


「構いませんよ?」ぴゅっ……



 デスクの上の書類を綺麗にまとめた先生はキャスター付きの椅子にかけたまま俺の前まで滑ってきた。何だかちょっと可愛い。

 幼女的にであって、変な意味はないが。


「よっ色男! 彼女とは仲良くやっとるかの? どれどれ、……これはまた思い切りいかれたのー!」


 そんなことを言いながら傷口にいつもの薬を塗り込み丁寧に包帯を巻く先生。


「ガブリエルのやつ、いつまで経っても噛み癖がなおらないから困りますよ」


「まぁなんだ、それは彼女なりの愛情表現だからの。なんなら私も噛んでやろうか?」


「ちょ……勘弁して下さいよ!?」


「はは、冗談だ。真に受けるでないわ。顔が赤いぞ? そうだの、それよりマールの体調はあのあとから変わりないかの?」


「マールですか? そうですね。体育祭の時に大天使ガブリエルの癒しを受けてからは何ともないみたいですよ? 毎日遅くまで練習していて疲れただけだとは思うんですが」


「そうか、それは良かった」


 メタトロン先生の大きな翡翠色の瞳が俺を吸い込むように見つめる。


 この瞳を見た時、いつも何か違和感を感じる。


 説明は出来ないが、全てを見透かされているような、そんな錯覚をおぼえるのだ。


「ほれ、これで明日には治っておるだろ。私は忙しいからの、用が済んだら帰るのだな」


 メタトロン先生はスーッと椅子ごと滑りながら再びデスクの上の書類とにらめっこを始めた。


 そんな彼女の小さな背中をボーっと見ていたが、ハッと我に返り保健室を後にした。



 ☆☆☆☆☆


 そしてまた週末がやってきた。


 終わりのホームルーム、俺は○○エル達全員に小さな紙切れが配った。騒めき出す○○エル達の声を切るように俺は口を開いた。


「おーい、静かにしろー? 2週間後の土曜日だが、ここ天の川中等女子学院の文化祭が開催されるのは皆んな知っているな? そこでうちのクラスでやりたいことを考えて来てほしいんだ。

 提出は来週の頭で構わないからそのプリントに書いてこの箱に入れておくこと。その中から多数派を割り出して最終的に1つに絞る。まぁ、そんな感じだ」


「センセ……? 何でもいいんですか?」


 シャムシエルが質問を投げかける。


「基本的には何でもいいぞ?」


「出し物かぁ〜、悩むね〜?」


 モコエルよ、本当に悩んでいるのか?


「ま、とにかく考えてくること。じゃ、質問なけりゃホームルームを終わるが?」


 教室の天使達からの質問はないようだ。

 ホームルームを終えそれぞれ解散する○○エル達。そんな中、マールが声をかけてくる。


「先生っ! 文化祭も全力で頑張るっす!」ぴょこん!


「フォルネウス、お前も真剣に考えてくるの〜っ!」


 マールは今日も元気だな。あと、相変わらず生意気な奴だ、ガブリエルめが!


「そ、そそそれにしてもいったい何をすれば……全然、思いつかないのですが?」プルプル


「デ、デビレンカフェとか?」


 それで喜ぶのはマールとカマエルくらいだぞ、ロリエルよ。軽く助言しておくか。


「カフェなんかは定番だが、デビレンは限定的過ぎるかもな。他にも映画館をしたりお化け屋敷をしたりだな。何でも好きなの書いてこいよ?」


 大きな瞳を瞬かせるマール。


「先生は今日の部活には参加するっすか?」


「いや、俺はちょいと仕事が溜まってるからパスするわ。もし部屋に入るなら窓からじゃなくてちゃんとドアから入れよ? ガラス代バカにならないんだからな?」


「むぅ〜っフォルネウス最近サボってばっかりなの〜! ちょっと彼女が出来たからって調子に乗ってるのー!」ガブリ!


「ぬがぁっ、いっでぇよ」ぴゅーっ!


「ふん、仕方ないわね。先生はこれから職員室であんなことや、こんなことをするつもりなんだわ」


 ロリエルよ、仕事だよ!


「あああんなことやっ!? こんなっ、はわわ……っは、はしたないんですがっ!!」プルプル


「しょうがないよ〜、先生も男の子だからね〜」


 勝手なことをペラペラと……


「先生にも色々やる事があるんだ。バカなこと言ってんじゃないよ。とりあえず予定変更でまずは保健室だな」ぴゅぴゅー!


「先生の頭、噴水みたいっすね!」


「赤い噴水なの〜!」バンザーイ!


 こうして帰り際にいつも通り噛まれた俺は保健室へと向かうのだった。


 ——


「何だフォルネウスよ? いつもいつも良く噛まれる奴だの。ほれ、見せてみ? よいしょ」


 俺はミニトロン先生でも届くようにさり気なく頭の位置を下げてあげる。背伸びで包帯を巻き終えたロリトロン先生は、ふぅと一息つくつく。


 そしていつものように白衣の天使は俺と目をその大きな翡翠色の瞳で見上げる。


 いつも、何か言いたげなその瞳は本当に不思議だ。一瞬、意識が途切れるようなその感覚。嫌な気はしないがこの幼女はいったい何を言いたいのだろう?


「失礼な奴だの……! お前は思っとる事が顔に出てると前にも——」

「メタトロン先生?」


「……な、なんだ?」


「……俺の事、もしかして気付いてます?」



 …………



 沈黙が流れたがメタトロン先生はすぐに口を開いた。


「し、心配するなフォルネウスよ。誰にも言わんからそんな目をするでない」


「やっぱり……メタトロン先生は俺があ——」

「お前が実は私の事も気になっておることは秘密にしておいてやるから安心しろ。全く隅に置けん奴だのお前は〜」


「あ、いやそうじゃなくて——」

「サハクィエル先生に飽きたらいつでも言うがいいぞ? お前という奴は、こんな可愛い女子をどれだけ待たすつもりだ? なんての〜、彼女は大事にするのだぞ? くふふ」


 何でこの幼女はこんなにニコニコしているんだ?


「はぁ、今の質問は忘れて下さい、それじゃ」


「あ、おいっ」


 俺は呆れて立ち上がり踵を返した。


「なんだ違うのか? ふんだ、何かめちゃくちゃ恥ずかしいではないか……フォルネウスよ、お前は……」


 保健室の幼女がブツブツと何か言ってはいるが、ここはスルーして仕事に戻るとしよう。











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