44時限目【跳べ!○○エル達!】

 ◆◆◆◆◆

 体育祭もいよいよ後半戦!

 上級生達も凄まじい攻防を見せていて依然どちらが勝つか予測がつかない状況だ。

 1年生のかめさんチームとうさぎさんチームも互いに譲らず点差は僅か10点!

 かめさんチーム320ポイント、

 うさぎさんチーム310ポイントで辛うじてフォルネウスチームがリードしている状態だ。

 そしてお次は猛特訓をした、大縄跳びだ!

 ◆◆◆◆◆



 グラウンドの中央にクラスごとに並びスタンバイは完了した。緊張した面持ちで開始を待つ1年生天使達。ここで勝てれば、勝負は見える。

 そんな思考を巡らせていると、俺の視界に黒光りマッチョのタブリスが入り込んできた。


「よお若造。10ポイント程度のリードで勝ったつもりでいるなよ? お前さんも知っているだろうが、この天の川中等女子学院の体育祭……勝つ為には大縄跳びを制する必要がある!

 これは今までの統計上、揺らぐ事のない鉄則だ! そして、この競技はうちのチームがいただくぞー! はっはっはっはー!」


「俺達だって、毎日練習して来たんだ! この勝負、ここで決めさせてもらいますよ?」


 俺達が睨み合っていると、開始の笛が、


 ピィーーーッ!


 ————開始の笛が鳴り響く。


 俺は邪魔なタブリスを押し退けて前に出る。タブリスは自分のクラスの方へ帰って行ったが、そんなことはどうだっていい。


 縄役のアルミサエルとゼルエルがゆっくりと、そして息ぴったりに縄を回転させ、競技が始まる。

 因みにゼルエルちゃん、胸がつっかえて飛べないので縄役です。


 1


 2


 ○○エル達は掛け声を合わせ1回、2回と跳ねる。


 3


 4


 うさぎさんチームも相当練習してきたのだろう。かなり順調なペースで回数を重ねていく。会場からは熱い声援が送られる。


 11


 12


 今の時点で脱落はなし。

 かめさんチームも順調に回数を重ねていく。額に汗を滲ませながら一生懸命跳ねる。途中危なっかしい場面を何とか乗り越えながら回数が30回を回った時、勝負に動きが見え始める。


 ルマエル先生の3組、サハクィエルの2組が相次いで脱落した。その直後、5組と6組もつられるように足をひっかけ脱落。回数はほぼ変わらないが、僅かに向こうが上だ。


 1組対4組のタイマン勝負に持ち込まれ会場の声援は更にヒートアップする。

 次に控える2年生や3年生達もこの手に汗握る闘いの行く末を見届けようと身を乗り出している。

 本当にこの体育祭の目玉なんだな、この、大縄跳びという競技は。


 41


 42


 43


 両チーム一歩も譲らない。○○エル達の青春の汗がキラキラと輝きグラウンドに散る。体操服は身体に張り付き頬を真っ赤に染める天使達を見れば分かるように体力はかなり消耗し始めている。


 69


 70


 俺は力の限り頑張れと叫んだ。

 自分が跳んでいる訳でもないのに額に汗を滲ませ、無我夢中で応援した。

 サハクィエル先生は俺の少し後ろで祈るように、手を合わせている。

 そんなサハクィエル先生に声をかける、ルマエル先生の声が歓声に紛れて聞こえてくる。


「フォルネウス先生は本当にあの子達を応援しているんだね。勿論デートもしたいんだろうけど。それより何より、教え子ちゃん達と一体になってる」


「そうですね。あれだけの愛を生徒達に注げるなんて、本当に……本当にいい人ですよ、フォルネウス先生は! よぉ〜し、私も応援しちゃいますっ!」


 サハクィエル先生は居ても立っても居られなくなったのか、俺に並び共に声をあげて応援してくれた。ジャージのチャックからこぼれ落ちそうになる胸も気にせずがむしゃらに声をあげる彼女に、俺のテンションは更に上がる。色んな意味で。


「フォルネウス×サハクィエル=お似合い」


 98


 99


 100


 101


 遂に特訓中ですら成し得なかった100を超えた。

 両チーム疲労の色を隠しきれず、徐々に危なっかしい場面が増え始める。


 109


 110


 ————



 その時だった。





 4組が足を引っかけた!


 そしてまるでドミノ倒しのように地面に倒れ込む。回数、110回。

 倒れた天使達は悔しそうに継続中の1組を見上げている。黒マッチョタブリスは開いた口が塞がらないようだ。ザマァ! 俺達の勝ちだ!


 後は更に回数を重ねて点差をつけるだけ!


 113


 114


 誰もがかめさんチームの勝利を確信したその時だった。着地した途端、マールが体勢を崩す。

 身体の力が抜けたマールは壊れた人形のように地面に崩れ落ち縄の回転を止めてしまう。


 現場は騒然とする。

 すぐに駆け付けた保険医のメタトロン先生は、呆けていた俺に声を張り上げた。

 その声で我にかえる。


「何を呆けておる! マールをテントまで運ぶのだ! ……おかしい、天使力ルミナスが異常分泌されておる! と、とにかく運ぶのだっ!」


 身体の小さなメタトロン先生ではマールを担ぐのは大変だ。俺は慌てて肩で息をする、辛そうなマールの身体を抱き上げた。とても、軽い。


 急いでテントへ連れて行くと、そこには大天使ガブリエルの姿があった。ガブリエルはマールを見るなり言った。


「フォルネウス先生、その子を……マールをこちらへ」


 言われた通り、マールをガブリエルに託した。

 大天使ガブリエルは力の一部を解放した。周囲にとてつもない天使力ルミナスが広がりその背中には6つの翼が神々しく輝いた。

 メタトロン先生の時も凄かったが、これは、眩しいってレベルじゃねぇ!


 大天使ガブリエルの輝く翼は疲弊してゼンマイの切れた人形のように項垂れたマールの身体を包み込む。一瞬、マールの身体を光が包み込んだように見えた。すると、


「……あ、あれ?」


 マールの呼吸が安定してきたようだ。

 やがて光は消え、マールはキョトンとした表情で大天使ガブリエルを見上げた。


「大天使ガブリエルよ、お手数をおかけして誠に申し訳ない……」


 メタトロン先生は大天使ガブリエルに頭を下げている。俺もつられて頭を下げた。


「いえ、お気になさらず。天使として見過ごせなかっただけですから」


 大天使ガブリエルはそれこそ太陽を間近で見ているかのように眩しい笑顔を見せるのだった。



 こうしてマールの体調は大天使の癒しによって回復した。改めて思うが、大天使の力は桁が違いすぎると身を震わせる思いだった。


 すると会場が再び騒めき出す。

 どうやら合計回数が出たようだ。


 かめさんチーム合計、178


 うさぎさんチーム合計、183




 ……負けた?




 2組と3組の回数を数回上回った5組と6組の回数差を埋める事が出来なかったのだ。

 あのまま後6回も跳べば、勝てた勝負だった。


 マールはその結果を見て言葉を失っている。


 グラウンドに残る1組の天使達も力が抜けたように地面にへたり込んでしまった。


 落とす訳にはいかない大縄跳びで負けてしまった。しかし、会場から送られる歓声は鳴り止むことを知らない。


 結果、かめさんチームのリードはなくなり反対にうさぎさんチームが40ポイントリードする事に。


 これをひっくり返す為には後の騎馬戦、そして最後に待ち受けるリレーで白星を挙げなくてはいけない。


 大縄跳びを制す者が、体育祭を……


「……うぅ、先生……ごめんなさいっす……」


 マールは今にも泣き出してしまいそうな潤んだ瞳で俺を見上げた。

 グラウンド上の天使達は項垂れ、士気はガタ落ち。このままだと、勝負は決まってしまう。

 いや、まだだ!


「バカ、まだ終わっちゃいないだろ?」


「でもっ……大縄跳びを制するものが……」


 マールの瞳から、一粒の涙が溢れ落ちる。油断をすれば決壊するであろう彼女の涙腺を、俺は出来るだけ優しく諭した。


「それなら今回でそのジンクス、ぶっ壊してやろうぜ? マール、それにはお前の力が必要だ。お前が泣いてちゃ、あいつらは付いてこないぞ」


 俺は掌でマールの小さな頭を優しく撫でてやる。汗に濡れている筈なのにサラッとした手触りの綺麗な髪は一瞬吹いた風になびく。

 そして大きな青い瞳に再び輝きを取り戻したマールは、不器用な、それでいて眩しい笑顔を見せた。


「そ、そうっすね! まだ、まだ勝負はこれからっすね! 先生!」


「おうよ! グラウンドのあいつらもテンションが下がっちまったようだ。マール、委員長のお前が萎れてちゃ話にならないんだぜ?

 ほら、行って勝負はこれからだって言って来てやりな? 皆んなお前のその言葉を待ってる!」


 マールの背中を押す。マールは頷きグラウンドへ走った。まだだ、諦められるか。

 天界のジンクスなんざ、魔界の住人である俺には通用しねぇ。何より、あいつらは、


 そんな柔じゃないだろ。



 皆に失態を謝るマール。

 しかし誰もマールを責めたりはしなかった。皆すでに限界を超えていた為、誰がそうなってもおかしくなかったのだから。

 1年1組の○○エル達が立ち上がる。


 そうだ、それでいい。



 ◆◆◆◆◆

 諦めるなフォルネウス!

 新任悪魔教師フォルネウス2世と教え子の○○エル達の体育祭は、まだ

 終わっていないのだから!

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