32時限目【潜入!サハクィエルの部屋】

 ◆◆◆◆◆

 悪魔のエリート、アビス・フォルネウス2世の心拍数はこの上なく上昇している。

 しっかりするのだ、フォルネウス!

 ただ、夕飯を共にするだけではないか!

 ◆◆◆◆◆




 サハクィエル先生の家は小さなワンルームだ。1人暮らしをしているみたいだな。田舎の両親からはたまに仕送りが届くらしい。

 それはさておき、気になる点、というより、色々突っ込みたいところがあるのだが。


 これが女性の部屋?


 そこは想像していたものとは違って、かなり殺風景な部屋で壁にはフラスコ等の理科の実験に使う道具や機材が所狭しと並んでいる。というか、現在進行形で何やら生成している機材もある。


 沸騰する容器の中の茶色い液体をコップに注いだサハクィエル先生は、何とそれを俺の前に差し出した。


「どうぞ、お茶です。あ、冷たい方が良かったですか? これを入れれば……はい、これで冷たいお茶に大変身です〜!」


 テーブルの上のコップに入っていた小さな角砂糖のようなものをそのお茶に1粒入れると、熱かったはずのお茶はたちまち冷たいお茶に変化した。


「す、凄い……! い、いただきます」


 俺はお茶を一口飲んでみた。

 確かにお茶である。サハクィエル先生は目を丸くしているであろう俺を見て、クスッと笑いキッチンへ歩いて行った。


 まな板で野菜を切る音と、フライパンからジュゥゥと何やら焼く音が聞こえてくる。

 たちまち狭い部屋に食欲をそそる香りが。腹が意識と反して小さく鳴る。そういえば昼から何も食べていなかったな、と今更思う。


 暫く待つと炊きたての白い米と野菜たっぷりのホイコーローがテーブルの上に降臨する。おまけにお味噌汁まで付いている。


 サハクィエル先生は俺の正面に座り、どうぞ。と笑顔を見せた。


 ま、眩しいっ!? 天使だっ!!

 いや、天使か。


 俺は箸を取り、ホイコーローを口に放り込む。


 控えめに言って、非常に美味いっ!


 次は炊きたてご飯を。


 こんなまともなものを食べたのはいつぶりだろうか、父と母と囲んだ食卓を思い出しながら食べた。

 その後も箸は止まることなくお味噌汁も含め完食した。


 サハクィエル先生はキョトンとしていたが自分の分を半分、俺のお皿に入れて言うのだ。


「私の分で良ければ、どうぞ? ふふっ、こんなに食べてもらえると作った甲斐がありますね。いま、おかわりのご飯をついできますね?」


 俺は食べた。

 気が済むまで、炊飯器のお米は空っぽになりサハクィエル先生は少し驚いた表情をしていたが、そんなことはお構いなしで夢中で食べた。

 思いが、想いが込み上げる。


「お腹が空いてたんですね、どうでしたか? あれ? フォルネウス……先生?」


 ……あれ? 俺……


 何で涙が?


 何故か分からないが涙が一筋だけ流れた。涙を流すなんてそれこそいつぶりだろうか。


 そんな姿を見たサハクィエル先生は、ゆっくりと俺の前に屈み涙が見えなくなるようにその豊満な胸で、俺を包み込んだ。


 抵抗しなかった。いや、出来なかった。


 とても良い香りがする。

 悩んでいたことがどーでもよくなるようだ。


 安心、する……


「フォルネウス先生、いつも一生懸命頑張っているのを知っていますよ? 男性でありながら天使学を学んだ事には色々事情があるのかも知れませんね。凄い事だと思いますよ。私も新任の頃は色々悩んで……故郷に帰りたいって良く考えてしまっていて……私はフォルネウス先生のことはあまり知りませんが、こんな私で良ければいつでも相談に乗りますから。そ、それにお腹が空いたら、いつでもまた作りますから。元気、出して下さいね?」



 俺はそんなに悩んでいるように見えていたのか。サハクィエル先生も、メタトロン先生も、心ここにあらずな俺を心配してくれて……

 天使ってのは、いや、天使とか、悪魔とか、それは関係ないのだろうな。


 確かに生徒達の事でも色々悩みはある。


 このまま打ち明けてしまえば、楽になるのだろうか。情けねぇな、俺。


 ☆☆☆☆☆



 いつの間にか夜になっていた。

 俺はサハクィエル先生にお礼を言って部屋を後にしたのだった。

 去り際にもサハクィエル先生は何も言わず、笑顔でいてくれた。本当に優しい人だ。

 気遣ってくれるサハクィエル先生や保健室の幼女メタトロン先生。そんな天界での繋がりはもはや簡単に切れてしまうものではない。

 勿論、教え子の○○エル達もだ。



 なら、どうする?


 なら、今は目の前のことを一生懸命やろう。


 天の川中等女子学院の1年1組の担任、アビス・フォルネウスとして。


 そのうち、道は開かれるだろう。



 ◆◆◆◆◆

 そんなことを考えながら夜の街灯に照らされる悪魔、フォルネウス2世。

 彼の中で、何かが吹っ切れた瞬間だった。経緯はどうあれ、クラスを受け持ったのだ。

 今は、現在いまを一生懸命に生きる教え子をまっすぐ見てやろうと決めた悪魔であった。

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