30時限目【花と天使】

 

 目覚めた時、俺はここにいた。


 だが、その前に起きた筈の何かが全く思い出せない。駄目だ……やっぱり、思い出せない。

 ……しかし、


 ……帰る方法が見つかったとして、俺は



 アイツらを捨てて帰る事が出来るのだろうか。



 


 俺は街全体を見渡せる小高い丘の上の寂れた公園にいた。そこは俺が天界に飛ばされてきた時にいた場所だ。ここに来たら全て解決したかも知れない。だが、俺は来なかった。

 来て、帰れないと知った時の絶望を恐れていた? いや、違うな。俺は——



 それはさておき、来てみたものの何の手がかりも得る事は出来なかった。気のせいかも知れないが、少しだけホッとしてしまった。


 小さなブランコに乗り快晴の空を見上げる。


 すると、そんな寂れた公園に誰かがやって来たようだ。小さな足音がしたのだ。


「……お前、フォルネウスか? こんな所で何をしておるのだ?」


 日替わりのシュシュが揺れる。


「あ、メタトロン先生こそ、こんな所に何の用ですか?」


 俺の前に現れたのは、天の川中等女子学院の保健室の幼女、メタトロン先生だった。


 白いポニーテールを揺らしながら俺の隣にちょこんと座った幼女は、徐に話し出した。


「私はこの公園が好きなだけだ。……それよりお前、最近何か悩んでおるのではないか? たまにお前は、心ここに在らずと言った顔をしておるように感じるのだが?」


 幼女の座るブランコの音が鳴る。整備もされていないのか、ギィギィとやけに音が鳴り響く。


 いつも何か見透かされているように感じる。


 いっそのこと相談してみるのも悪くないかも知れない。メタトロン先生なら、帰る方法だって知っているのかも知れない。


 いや、駄目だ。やっぱりそれは言えない。それはこの世界でのタブー。俺自体が今、イレギュラーな存在なんだ。

 打ち明けてしまうと、アイツらとも……


 ギィィ……


 音が止む。


 メタトロン先生の大きな瞳は俺を吸い込むように見つめてくる。


「まぁ、答えないのなら良いが……あまり無理をするでないぞ? 先生というのは中々疲れるものだろう? でもな、フォルネウス。その分だけ、やり甲斐はある仕事だと思うぞ? いつかお前もそれが分かる時が来るだろう。

 しかし、たまには息抜きも大事だぞ?」


 メタトロン先生は立ち上がる。立ち上がったところで座った俺と視界は変わらない幼女はテクテクと歩き片手だけあげてその場を去って行った。



 なんだ……新任教師を心配してくれてるんだな。でもさ、メタトロン先生、それはちょっと筋違いだぜ。でも、ありがとな。



 俺は立ち上がり学校の寮へ向かった。

 途中、いつものコンビニに寄り水とおにぎりを買った。今日もいつもの少女が元気に働いている。

 夏休みだというのによく働く子だ。


 ——


 天の川中等女子学院の校門をくぐるとそこには1年2組の担任、サハクィエル先生がいた。


 今日は当番の日なのだろうか。彼女は花壇の花に水をやっているようでそれをボーっと見ていた俺に気付き少し驚いた表情をした。どうやら、驚かせてしまったようだ。


 エメラルドグリーンの長い髪から、今日もいつも通り良い香りがする。ひとまず、話しかけてみる。


「おはようございます、今日は当番でしたか?」


「あ、いえ、違うのですがほら、このお花達に水をやらないといけませんから。先生は……あ、寮にお住まいですもの、ここにいてもおかしくないですね。ふふっ」


 サハクィエル先生はそう言って眩しい笑顔を見せる。その笑顔の背景には綺麗な花達が咲き誇る。

 この組み合わせ、眩しすぎるだろ!


「あ、でもお花の肥料が切れてしまっていて……買い出しに行かないと」


 先生はそう言って立ち上がる。


「はうっ」


 と、思ったら、立ちくらみでも起きたのか、ふらついて俺の胸に倒れ込んできた。


「な、サハクィエル……せんせ?」


 な、なんだこの展開っ!!!!


「あ、すす、すみませんフォルネウス先生。私、体力なくて。困っちゃいますよ」


 先生はそう言って俺から離れる。少しばかり頬を赤らめる彼女は申し訳なさそうに笑った。


「あの〜良かったら買い出し、手伝いましょうか?ほら肥料とか重たいだろうし荷物持ちくらいなら男の俺がやりますよ?」


 自分でも驚いた。何故こんなことを言っているのか分からないが、咄嗟にこの人を手伝いたいと思ったのだ。

 サハクィエル先生は嬉しそうに、これまた目も眩むような眩しい笑顔を見せた。

 眩しい。だが、悪くないんだよな。


「任せて下さい! いつもお世話になりっぱなしですから」


 ひとまず寮の自室へ移動し、買ったおにぎりと水を冷蔵庫にしまった。

 サハクィエル先生は部屋の中に脱ぎ散らかされた制服を見て驚き、大きな瞳を瞬かせた。


「あの……何故お部屋に制服が?」


「……え? ってうわぁっ!?」


 部屋にはマールとガブリエルの物らしき制服が脱ぎ散らかされていた。俺は恐る恐るグラウンドを見る。はい、いた。


 どうやらここで体操服に着替えてグラウンドで遊んでいるようだ。いやいや更衣室使え!!


 俺は慌ててそれを部屋の隅に投げ捨て適当に誤魔化し、サハクィエル先生の手を引いた。


「フォルネウス先生?」


「あ、す、すみません……つい」


「あ、いえ。手を引かれるのなんて久しぶりでしたから、少し驚いただけです」



 いかん、この空気。沈黙。

 とにかく、花屋へ急ぐとしよう。


 ◆◆◆◆◆

 何だなんだフォルネウスよ?

 まさか、悪魔が天使にキュンしたのか!?

 確かにサハクィエル先生は美人でナイスバディだ。その感情も、当たり前なのかも知れないぞ。

 頑張れフォルネウス!

 恋愛に悪魔も天使も関係ないのだから!

 ◆◆◆◆◆






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