犬のおまわりさん
学校からの帰り道に先輩を見かけた。後ろ姿からもう美しいことがはっきりとわかる。
いつものように後をつけて…、否、同じ方向へ帰っていくと突然先輩が歌い出した。
『わんわんわわーん〜♪』
今回の選曲は、迷子の子猫ちゃんのお家がわからなくて困って泣いてしまう犬のおまわりさんの歌のようだ。実際にいたら給料泥棒と批判されても仕方がないような歌の内容はともかくとして、住宅街に美しい歌声が響いて、ついついうっとりとして立ち止まる。
一方、先輩は歌いながらゆっくりと歩き続け、曲がり角を曲がった。
—いけない!また見失ってしまう!
急いで先輩が曲がった塀の所まで駆ける。
なぜなのかはわからないが、これまで先輩の家の位置を知ろうと、帰り道にいくら後をつけて…、否、同じ方向へ帰っても見失ってしまい、目的を果たせたことはなかった。
—ここを右!
つい先ほどの先輩の影を追い、勢いよく角を曲がる。
そして、その直後何かにぶつかった。
「うわっ!」
「痛ったー!」
衝撃から反射的に閉じた目をそっと開けると、目の前で先輩がこちらをジト目で睨んでいた。
どうやら先ほどぶつかった何かは先輩だったようだ。貴重なジト目を崇めて最高な気分だが、先輩はご機嫌がよろしくなかった。
「君はなんて勢いで突っ込んでくるんだ!私が子供だったら吹き飛ばされるレベルだったぞ?(どうしよう?衝突とはいえ、最接近記録更新だよー!)」
怒っている先輩も可愛い。そして今の先輩のセリフから幼い先輩のイメージが脳裏に浮かぶ。天使かな…?
「おい?聞いてるのか?(なんでこんなに見てくるんだ?恥ずかしいじゃないか…)」
「あ…、はい、聞いてます…」
いかんいかん!先輩ver.幼稚園生を頭の中から閉めださなくては…。
ふりふりと頭を振ってなんとか追い出すことに成功して、目の前のぷりぷりと怒っている先輩を見ると、心なしか頰が赤いような気がする。俺がぶつかったせいだろうか?
「あの…先輩…ほっぺたが赤いですよ?大丈夫ですか?(先輩の美しいお顔に俺はなんてことを…もう死んでお詫びするしか…)」
無意識に先輩の頰へと手を伸ばす。いつもは白くて柔らかな頰が今は少し赤くなっている。
—痛かったのだろうか?
心配からすっと赤い頰をなぞる。
「んなー!!!これは違うからっ!大丈夫だから!(さわられた、触られたぁー!)」
「へぶぅ!」
先輩が急に鞄を振り回し、それがみぞおちにヒットして変な声が出た。
とりあえず鞄を振り回せるほど元気なら心配なさそうだ。痛がってもないし。
「くっ、大丈夫ならよかったです(先輩に殴られるとは鞄越しでも最高だ!)」
ふーっと息を吐いながら、お腹の痛みをやり過ごしていると、先輩はこちらをまだ睨んでいた。
「ところで君はなんでそんなに急いでいたんだ?(うー、まだほっぺが熱い…。落ち着いて話題をそらそう)」
どうやら、まだぶつかったことに対してご立腹のようだ。頰の赤みも怒って血圧が上がったからかもしれない。
「そりゃあ、見失いそうだったからですよ」
「見失う…何をだ?」
—しまった!
まさか先輩の家を探ろうとしていたなんて、ことがバレたら変態のレッテルを貼られてしまう…!
「あ、いや…その…(何か言い訳を思いつくんだ俺!)」
「んー?はっきりしないなー(もしかして私のことを追いかけてくれたとか…?まさかね…)」
先輩の不満そうな顔を拝めたことを喜ぶ余裕もなく焦る俺。何か、何か適当な理由を…。
そんな時に
「にゃー」
と、先輩の背後から可愛い鳴き声が聞こえてきた。先輩はその声に振り向く。
「あ、にゃんだっ!」
先輩の美しいお顔は見えないが、きっと満面の笑みに違いない。猫が羨ましい限りだ。代われるものなら代わって欲しい…。
しゃがんだ先輩の影でよく見えないが、先輩は猫を思う存分に撫で回しているそうだ。
—代わりたい、ぜひ代わっていただきたい!
願っても叶わないお願いを心で唱えつつ、猫と戯れる愛らしい先輩の姿から、今更ながらいい言い訳を思いついた。
「そいつですよ」
「ん?何がー?(にゃんはかわいいなー。ふわふわだなー。肉球プニプニー♡)」
もうさほど興味のなさそうな先輩。
「その猫を見失いそうになって焦ってたんですよ(どやっ、みよ!この完璧な言い訳を!)」
「あー、そんな話してたねー。そうだったんだー(なーんだ、私のこと追いかけてきたわけじゃないのか…。まぁ、当たり前か…)」
プニプニと肉球を堪能している先輩の隣にしゃがみこむ。
—先輩、めっちゃいい匂いする。
おっと、思考が逸れた…。
猫の頭をふわりと撫でる。柔らかくて、あったかい。
「なんか、迷子の子猫ちゃんのお家を探す歌が聞こえたから、俺なりに無能な警官の代わりに猫のお家を探してみようと思いまして…」
「あ、聞こえてた?てか酷い言いようだなー。(いいなーにゃん…、私もなでなでしてほしいな…)それで、ニャンコのお家は見つかりそう?」
「わからないですねー」
「なら、私も手伝うよ!(せっかく会えたんだからもっといっしょにいたいし!)」
ぱっと、立ち上がった先輩は、とても正義感に満ちたお顔で凛々しく、かっこよかった。
つられて俺も猫も立ち上がる。
「ありがとございます。なら2人で犬のおまわりさんということで、頑張りましょう(もしも先輩が警察官になったら、先輩の警官姿を拝むために犯罪を繰り返しそうで自分が怖い…)」
先輩と向かい合って、うなずき合ってから、猫の方に視線を移すと、猫はトコトコと数歩歩いてから、体制を落とすとぴょんと塀の上に飛び乗り、その上を進んでいく。
「では、後輩くん!ゆくぞ!」
「はい、先輩、よろしくお願いします!」
しなやかに進んでいく猫の後を2人で追いかけていく。高校生にもなって警官ごっことは少し気恥ずかしいが、先輩といっしょだからか楽しく、幸せな時間を過ごすことができた。
ちなみに、猫は途中で見失ったが、先輩と公園でいっしょにお茶を飲んで過ごせたのはとてつもなく幸せだった。
(えへへ、後輩くんと放課後デートだ♡)
(また、先輩の家わからなかったなー。次こそは!)
先輩が可愛くて仕方がない後輩のお話 タニオカ @moge-clock
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