先輩が可愛くて仕方がない後輩のお話
タニオカ
ドロップスのうた
暑さが本格的になってきた7月の放課後の校舎。真夏日の気温の中、校庭で部活に勤しむ学生と帰路につく学生と教室に残っておしゃべりに精を出す学生とに大別される中、外の日差しが入ってこない北側のひんやりとした廊下を歩く1人の青年がいた。
彼がこの高校の1年生であることを上履きの赤色が示している。背丈は170㎝ほどで、身体的な特徴は特にない。強いて言うならば多少整った顔立ちをしているくらいだろうか。
『…赤い涙がぽろーん、ぽろーん〜♪』
青年がある教室の前を通りかかると中から綺麗な歌声が聞こえた。彼ははニヤリと笑い「見つけた」と小さく呟いてから、足を止め、理科準備室と書かれたプレートを一瞥し、歌声がまだ続いている教室のドアを勢いよく開ける。
ガラガラっと思いのほか大きな音を立てながら引き戸がいきなり開いたため、理科準備室の中で骨格標本や薬品棚の間で椅子に腰掛けながら、リラックスモードで歌を歌っていたらしい麗しい黒髪の美少女は、ビクっと肩を震わせた。
「のわぁ!びっくりした…。また君かぁ…。どうして君は教室を変えても変えても私のことを見つけるんだ?もしかしてストーカーなのか…?」
美少女はもともと大きな目をさらに大きくしながらびっくりした後に、呆れた表情になり、青年のことを訝しむように睨んでいる。
肩を少し超えて伸ばされた黒髪は艶やかで、仄かな花のような香りを振りまきながら彼女の動きに合わせて動く。彼女の周りだけ少し彩度が上がったように錯覚させるほどの美しさだった。
それもそのはず、彼女こそ、この同和高校のアイドルと称される、2年生の佐藤
「びっくりしたのはこっちの方ですよ。先輩、なんて残酷な歌を歌っているんですか?(相変わらず美しい歌声とお姿、今日も見つけられて良かったです!)」
そんな彼女に突っかかり始めた青年こそ、詩のことが大好きで、ストーキング行為紛いなことを繰り返す吉野悠である。その顔面の整い具合と、クールな雰囲気からひそかに人気があるが、ただ単に興味があるもの以外には気にかけていないだけな人間だ。
「え、そうかな…?私は好きなんだけどな…。リズムとか言葉の感じが歌ってても聞いても楽しいと思うんだけど」
よっと、と座っていた椅子から立ち上がり、そのまま隅の方は片付けながら彼女は答える。
彼女が歌っていたのは『ドロップスのうた』
歌詞を要約すると、昔泣き虫な神様がいて、その神様の涙が今の世の中のドロップスになったんだ。というもの。
「先輩がそんな危険思想を持った人だったなんて…。残念です…(さすが先輩、椅子を片付ける様も死ぬほど可愛いな)」
「危険思想って…、そこまで言わなくても…」
気持ちよく歌っていた歌に急にケチをつけられた彼女は尻尾や耳があったらきっとシュンと垂れ下がっているに違いないほどしょんぼりしてしまった。
「いやぁ、最高っすね!」
「え、何が?」
「あ、べつに…(つい本音が出てしまった…、想像とはいえ犬耳の先輩は最&高!)」
ふーん、と不審そうに廊下から理科準備室の中を見ている後輩の方に少しずつ近づいていく、先輩。先ほどの勝手な妄想に多少の罪悪感を感じ、少し後ずさる後輩。
「ていうか、なんで危険思想なの?」
綺麗に澄んだ瞳でまっすぐ後輩の目を見つめる先輩。後ろめたそうに視線をそらす後輩。
「いや、だって…(くっ!可愛すぎる、これ以上直視したら溶けてしまう…!)」
「だってぇー?」
しょんぼりしていた姿はどこへやら、すっかりと形勢逆転した2人。
「だ、だって、この世の中の飴が全部その神様の涙だったら、その神様は飴製造機として日々泣かされてるってことじゃないですか(これ以上近づいてたら、かわいさに耐えられなくなってしまう…!)」
「そんな残酷なことを考える君の方に、びっくりだよ!」
後輩の横を通り過ぎて廊下に出てきた先輩はそのまま中庭に向いた窓の方へ歩いていった。後輩はそれを目で追っていく。
すれ違った時にはもちろん花の香りがふんわりと香った。
しばらく窓の外を眺めた後に、窓に背を向けくるりと後輩の方を振りむいた先輩は、大きくため息をついた。
「なんだか、そう言われるとちょっと憚られるなー」
くるくると指先で髪の毛をいじりながらジロリと後輩を睨む。
「何が憚られるんですか?(睨まれるのも最高だ)」
「んーとね、これだよ!」
先輩はブレザーのポケットを少しごそごそと漁ってから、三角形のイチゴの飴を出して、後輩に突きつけた。
「これも神様を無理やり泣かせて生み出されたものだもんね?そんな残酷なもの大切な後輩くんにはあげられないなー。仕方がないからこれは私が責任を持って頂こうかしら?」
「もらいます!」
食い気味に答えた後輩は目の前でフリフリと飴を見せびらかす先輩からパッと飴を奪う。
そんな後輩を見てニヤリと笑った先輩は
「これで君も共犯だね!」
先輩はそう言って美しく笑い、後輩に渡した飴と同じものをコロンと口の中に放り込んだ。
(ほわぁー、飴とられるときに軽く手が、手が当たったよね?きゃー)
(先輩からの飴、先輩からの飴?これは現実なのか?幸せすぎてこわい…)
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