令嬢が……デレたぞぉ!!(尚風邪のお陰)


「……ごめんなさい。まさか私が風邪を引くなんて」


「謝ること無いですよ。何事も体調が最優先ですから、栄美子さんもしっかり休んでください」


デートも3人目。今回は栄美子さんの番だったのだが、どうやら彼女は体調が思わしくないらしい。


随分と寒くなってきたし、きっと俺達と同じように学校がもう再開しているはずだ。


そういう変化が多ければ多いほど、体調も崩れやすくなるものだ。


「……」


「栄美子さん?」


急に黙ってしまったので、思わず名前を呼んだ。


「……ちょっと、悔しいなって思って」


「悔しい?」


「……折角健人とデート出来るって楽しみにしてたのに……なんだかなぁ……」


その声は、どこか震えてるようにも聞こえた。まるで、泣き出す寸前のような。


どちらかと言うと強気な普段の彼女からは想像できないような事だが、風邪の影響もあって、幾分か本音が漏れてしまったのかもしれない。


そして、彼女の態度はそれほど俺とのデートを楽しみにしていてくれたという証左でもある。


……ここで何もしないのは男じゃないよな。


「栄美子さん。今から家、行っちゃ駄目ですか?」


「わ、私の家?」


「看病しに行きますよ」


「……駄目よ。熱も高いし、なにより健人に申し訳ないし……」


「俺の事は一切考えないでください。ただ、俺が聞きたいのは、栄美子さんが俺に来て欲しいか、来て欲しくないか。二つに一つです」


この言い方は少し狡いなと、言った後で感じた。俺の事が好きな栄美子さんの返事は、実質一つに一つである。


「……来て欲しいわよ。今日家に誰もいないし、少し不安なのよ。ただ、それだけ」


何故かガッツリツンデレを入れてきた栄美子さんだが、まあ答えは出た。


「家の住所送ってくれませんか?今すぐ行きます」


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なんだこの豪邸は、と言う準備は出来ていた。


が、予想に反して、家はこじんまりしていた。正直に言うと、これがあの宮原財閥の御令嬢が住んでいる家とは思えない。


一人暮らしの線も考えたが、以前のバイトの休憩時間に駄弁った時に、一人暮らしをしていないと話していた事を思い出す。


宮原財閥が没落したのかと思い、ネットで株価を確認したり、送られてきた住所をもう一度読み込んでみたりするも、特に異常は見当たらなかった。株価はよくわからなかった。


ここであたふたしてもしょうがないので、意を決してインターホンを鳴らす。


「……健人、本当に来てくれたんだ……」


全く知らない人が出たらどうしようかとビクビクしていたが、出てきたのは冷えピタシートを貼って、マスクをしたパジャマ姿の栄美子さんだった。


情報量が多いが、簡潔にまとめるならば、可愛い。


彼女に招かれて、家に入る。本当に普通の一軒家だ。


「すみません、少し遅れました。家の場所がわからなくって」


「……びっくりした?……思った以上に……普通のお家でしょ?」


歯切れの悪い言い方。本当に具合が悪そうだ。


「何度かここで本当に合ってるのか疑いました」


「……勿論別荘はあるんだけど、全部こんな感じの家よ?……一応、お父さんが質素倹約を体現したような人だからっていう理由が……あるんだけどね……」


「そうなんですか……って!うおっ!」


思わず変な声を上げてしまったのは致し方ない。栄美子さんがフラついて倒れてくるなんて誰が予想出来ようか。


「ごめんね。……ちょっと、熱が上がってきた……かも……」


「ベッドまで運びますね」


「二階の奥の部屋だから──ひゃっ!」


栄美子さんをお姫様抱っこをして2階に上がる。驚かせてしまったようで申し訳ないが、それどころではない。


奥の部屋は案の定栄美子さんの部屋らしい。まさかのピンク調で一瞬驚いたが、ベッドに栄美子さんを優しく降ろす。


「栄美子さん。家事は粗方やっておきます。……いや、やっておいてもいいですか?」


親しき仲にも礼儀ありと言う。一応許可を取っておこう。


「んっ……ありがとう。……でも、私の、し、下着を洗濯する時……変な気、起こさないでよ……」


「しませんって……じゃあ、ゆっくり休んでください」


わりと爆弾発言をされた気がするが、彼女の

風邪のせいにしてスルーを決め込む。


そのまま早速家事に取り掛かろうと背を向け──


「やめてよ……いっしょにいてよ……」


ギュッと袖を掴まれた。


いや、一瞬そんな事もあるかなって思った自分が馬鹿だって思ってたけどそんな自分が馬鹿だった。


可愛すぎる。


可愛すぎて、俺、ちょっとおかしくなっている。


「一緒に寝よ?……私のベッド、無駄に大きいから……だめ?」


「……りょーかいです」


やれやれを装っているが、心臓はバクバクだ。


恐る恐るベッドに入ると、目の前に彼女の整った顔がある。思わず目を逸らした。


勿論、風邪で苦しんでいる彼女に変な気は起きないが、中々刺激的なシチュエーションだ。


「健人……頭、撫でて」


「え?」


「頭、撫でて」


追撃をかまされた俺は更に余裕が無くなる。


「健人の事を異性として見てる妹ちゃんにも……そーゆーことしてるんでしょ?……グループチャットで聞いたから……知ってるよ。……なら、私にも……出来るよね?」


グループチャットの話とかは置いといて、ドギマギが最高潮になった俺だが、彼女の顔を見ると、急激に冷静になった。


見れば見るほど普段の彼女とは違って不安そうで、電話の時みたいに泣きそうなのだろうか、目尻に涙も溜めている。


……そうだよな。風邪の時って不安だよな。つい、甘えたくなっちゃうよな。


以前、彼女は小中高と孤独に過ごしていたと教えてもらった。それに加えて、先程の電話で彼女は『今日親はいない』と言っていた。

普段から両親が家を開けているか、何かしらの事情があって帰ってこないのかが容易に予想がつく。


彼女はきっと、常に


勿論全ては予想の範疇だが、俺はそれに確信に近いものを持っている。


きっと、風邪がトリガーとなってそれが露呈してしまったのだろう。


ならば。


俺が取る行動はただ一つ。


「寝るまではずっとそばにいますよ。……よしよし」


歳上にやるのもおかしいかもしれないが、今日は彼女をばちこり甘やかす事に決めた。


最初こそ恥ずかしそうに身じろぎしていた栄美子さんだが、次第に目がトロンとしてきて、間もなく規則正しい寝息が聞こえてきた。


栄美子甘やかし大作戦第一弾、大成功である。


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「うっ……ん……?」


「あ、栄美子さん、起きましたか」


彼女が起きたのは、俺が家事を粗方こなして1時間程度経った後だった。


まあ、ともかく彼女を甘やかそう。


洗濯物が彼女の物しか無かったため両親が少なくともここ昨日は帰ってきていない事が判明したことで、より早急に彼女を甘やかしたい所存である。


「け、健人!さっきの色々……わ、忘れなさい!」


先程よりもハキハキ喋れているし、顔色も幾分か良くなっている。安心した。


「さっきはちょっとおかしくなってただけだから!別に本当に頭撫でて──


「おーけーです。じゃあうがいしに行きましょうか」


寝起きは口内に菌が大量にいるからな。


「──欲しかったわけじゃないん──って……また……は、恥ずかしいから……やめて……」


なんかごちゃごちゃ言っていたが、お姫様抱っこをすると、嘘みたいにごにょごにょし始めた。


そのまま彼女を洗面所に連れて行く。


「ほら、着きましたよ。ほら、グジュグジュペーって」


真っ赤にした顔を両手で覆った栄美子さんを優しく降ろした後、うがいを促す。


「そ、そのくらい出来るわよ!」


 

なんか俺自身迷走してきた気がするが、初志貫徹終始一貫首尾一貫首尾貫徹。俺は突き進む。


「リビング行きましょうか。お粥作ったんですけど、食べれそうですか?」


「……ありがとう。頂くわ。……もうお姫様抱っこなしでいけるからね!」


やばい。怒らせたかも。


彼女をリビングに案内して、椅子へ促す。


俺は器にお粥を乗せて栄美子さんの所に運んだ。


「ありがとう。頂きま──あっ、スプーン、持ってこないと」


てっきり俺が忘れたのかと思ったのだろう。それでも俺に取りに行かせずに自分で取りに行こうとする辺り、栄美子さんだなぁ、なんて思う。


「栄美子さん。俺が持ってるんで大丈夫ですよ。……あーん」


栄美子甘やかし大作戦第二弾、始動。


「えっ、じ、自分で食べれるわよ……」


「病人に手を煩わせる訳にもいかないので、ほらっ、あーん」


「え……?え……?」


深く困惑している彼女だが、至って俺は正常である。


常に甘えてくる光にやっている事をインスパイアしたこの作戦に隙などありはしない。


「あーん」


「あっ……あーん……むっ……」


少々ゴリ押しだった気がするが、困惑しながらも無事食べてくれた。


「どうですか?美味しい?」


「……うん、美味しい……けど、その……恥ずかしい、かも……」


……あれ。参考文献が間違っていた説浮上か?


軽くショックを受けた俺だが、恥ずかしいまで言われて尚強制する訳にもいかない。


「残念だけど、自分で食べますか?」


「……いや」


はっきり拒絶されてしまった。

栄美子甘やかし大作戦第二弾、大失敗。


「……わかりました。変なノリしてごめんなさい」


「ち、違くて……そういういやじゃなくて……その、やっぱり食べさせて欲しいなって……」


風邪のせいか、恥ずかしいのか分からないが、顔を真っ赤にして目を逸らす栄美子さん。


……いや、可愛すぎか。


まさかの下げて上げまくるフルカウンターを決められて、面食らってしまった。


が、光に甘やかしお兄ちゃん属性を付与させられた俺は即座に復帰して、あーんを再開する。


「あーん」


「んっ……………おいしい」


「あーん」


「んっ………………」


「あーん」


「んっ……………」


ちょっと毎回色っぽい声出すのやめてもらいたい。


「んっ!……………もーひとくち」


なんて考えていると、律儀に口を開けて待っている栄美子さんがいた。


彼女の口内はテラテラしていて、どうもエロティックであった。


うん……なんかいけない事をしてる気分になる。


「あーん」


最後に彼女の口にスプーンを挿し込むと、いつの間にかお皿にあったお粥は空になっていた。


「……追加で食べます?」


「……たべる」


「おぉ、食欲戻ったみたいで良かった」


「いや、お腹はもういっぱいなんだけど……健人に食べさせてもらうの、もうちょっとして欲しい、な……」


可愛すぎたので、この後も餌付けしまくった。


栄美子甘やかし大作戦第二弾、逆転大成功。


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「今日はありがとうね」


急にあーんされたり、お姫様抱っこされたり……色々恥ずかしい事もあったけど、なんだかんだで楽しかった。


「栄美子さんはもう大丈夫そうですか?」


「うん、お陰様で……気をつけて帰ってね」


「じゃあ、帰ります」


「うん、じゃあね」


「さようならー………あっ、最後に一つ」


急に彼は振り向いて──


「また、寂しくなったらいつでも呼んでください!」


満面の笑みで、それでいてちょっとイジるような声音で彼は言った。


でも、馬鹿にされてるなんて欠片も思わなくて。


むしろ彼の温もりを思い出して。


「……大好き」


遠ざかって行く彼の背中を見ながら、ついついそう零してしまった。


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あとがき


いつもこの小説をご覧になってくれている皆様、ありがとうございます!


今年もよろしくお願いします!








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