ヤンデレ獣神化


幸せ。幸せ。


今日の事を思い出すだけで、頭がおかしくなりそうなほど幸せになる。


2人で電車に乗って……お風呂に入って……ほっぺにちゅーもして……健人にはっきり怒ってないって言ってもらえて……


布団の中でニマニマする私は本当に気持ち悪いに違いない。


でも──


光が際立てば、影も追うように主張する。


今日のデート、健人は私の事だけを見てくれた。健人は私でいっぱいだった。でも、


次のデートはたしか麻里亜先輩だ。


2人のデートはどんなものなのだろう。


健人、私のデートよりも楽しいって思っちゃうのかな。


2人で心地よい時間を過ごして、そして惹かれあって──


「……あぁもう!」


心にかかった靄を振り払うように大声を出す。


一応、音が漏れないように布団に包まったが、もしかしたら一階にいるママに聞こえたかもしれない。


でも、叫ばずにはいられなかった。叫ばないと、おかしくなりそうだった。


結局、叫んだ所でこの不安を振り払う事は出来なかったが。


それどころか、胸の中でウイルスのように増殖していくのがわかった。


辛い。辛い。さっきまで幸せだったのに。


「もう……寝よ……」


寝て全部忘れたくて。解放されたかった。



==================================


今日に限って、寝れない。どうしてだとイライラするが、原因はとうの昔にわかりきっている。


「健人……健人……」


元々、健人は私の物だったのに。でも自分の過ちのせいでこうなってしまったのは分かっているから、後悔する事しか出来ない。


不安だ。不安なんだ。健人が一度過ちを犯した私を捨てて、他の女子の所へ行ってしまうのではないか。




何度も何度も彼は否定してくれた。捨てないって言ってくれた。私にもくれた。


──私って、本当に強欲な女。


まだ、足りない。


欠片も、安心できない。






「はぁ……ひっ……はぁ……ひっ……はぁ……」


あぁ、


苦しい。息ができない。


───死ぬ。死んじゃう。


頭が真っ白になりながらも、私は携帯を取り出す。


ホームで表示された時間は午前1時42分。もしかしたら起きてないのかもしれない。


それでも、一縷の望みをかけて電話をかける。


お願い……出て……


プルルルル……プルルルル……プルルルル……


出ない。


涙が溢れてきた。


息も出来ない。涙は止まらない。



絶望に飲まれそうになった、その時だった。



「……こんな遅くに……どうしたんだ……?」


──あぁ、健人の声だ。


眠いのか普段より少し柔らかい。


「はぁ……ひっ……たす……ひっ……けて……」


「──今すぐ行くから窓開けとけよ」


────────────



────────



───



何分経っただろうか。分からない。


息をするのに精一杯で、苦しみに耐えるのに精一杯で、それどころじゃなかった。


「はぁ……ひっ……はぁ……ひっ……はぁ……」




辛いよ。苦しいよ。




──助けてよ。






「──麻紀」




私は優しく抱き留められて、そのまま


窓は確かに開けておいたが、いつ入ってきたのだろうか。……いや、そんな事はどうでもいい。


今は、健人とのキスに集中したい。





──あれ?私、キスに集中したいって思えるほど、余裕あったっけ?



「……う……そ……」


気づいた時にはもう不安も、動悸も、過呼吸も無くなってた。自分でも信じられない。



あんなに辛かったのに。苦しかったのに。


健人が来ただけで治っちゃった。





───そっか。また、思い知らされちゃった。





──私、健人がいないと生きていけないんだって。



「麻紀。もう大丈夫だからな。……よしよし」


私を労るように優しく頭を撫でてくれた。声に関しては、一階で一緒に寝ている私の両親を起こさない配慮だろうか、いささか控えめだ。


「……怖かった」


先程までの絶望の反動で、つい甘えてしまう。

ぶりっ子って思われてないか、少し不安。


「泣くぐらいだもんな」


「……泣いてないもん」


「嘘つけ。目真っ赤だし、肌に跡付いてるぞ」


「……健人のばか」


「おいおい、こんな夜中に駆けつけた男に馬鹿はないんじゃねぇの?」


少し戯けたように健人は言った。


そっか。もう2時だ。きっと健人は私の電話で叩き起こされたんだ。


「ごめん……でも、辛くて……つい──


私が俯いていると、健人は急に私の頭をワシャワシャし始めた。


「折角寝る前にとかしたのに、台無しだよぉ……」


なんて悪態を付いてみるも、全く怒ってなくて、むしろ喜んでいる自分自身に驚いた。


「ごめんな。なんか麻紀が落ち込んでたからつい。……まあともかく、俺の事は気にしなくて良いからな。もしまた過呼吸になったらいつでも呼んでくれ」


きっと私の性格だから、また一人で不安になって過呼吸になる時があると思う。でも、もう怖くない。健人が必ず来てくれる。


──もし、来てくれなかったら。健人が私を捨てたなら。





「麻紀、そろそろ帰ってもいいか?今日は光と一緒に寝てないし、俺も窓から出てきたから多分バレてないだろうけど……少し眠い」


──だから。


「……やだ。わがままだけど、もう少し一緒にいてほしい」


「……りょーかい。ここまで来たら寝るまで一緒にいてやるよ」



──健人、私を殺さないでね?



==================================

補足


・健人と麻紀の部屋は、どちらも門柱に登れば窓から侵入出来る。逆も然り。(建売住宅なので構造は似ている)ただ、側から見ると完全に不審者である。



・麻紀が初めて過呼吸になった後、助けに来てくれた健人に過呼吸にはキスが効果的だと教えた。



・過呼吸は長い間患っていた訳ではなく、最近発症した。

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