今なんでも言うことを聞くって言ったよね?(麻紀編)
「なあ、麻紀……そろそろ教えてくれよ」
「やだよーだ」
俺と麻紀は今、最寄駅からかなり離れた場所にある郊外を歩いていた。
どうやら例の「なんでも言うことを聞く」アレは麻紀が一番手になったようで、昨日の夜に連絡が来たわけである。
しかし、俺は一切行き先を教えて貰っていない。
それに加えて周りの景色はみるみる田舎っぽくなっていくため、余計に疑問符が増える。
少なくとも高校生のデートで向かうような場所ではないと思うのだが……
「健人!見えてきたよ!」
少し弾んだ声でそう伝えられたので、彼女が指刺した先を見てみると──
「……温泉!?」
驚きすぎて、変な声が出た。
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「ふぁぁぁぁ……気持ちいねぇ」
「……そうだな」
二人で一緒に湯船に浸かる。いきなり連れてこられた事もあって、最初は温泉の気分じゃなかったが、入ってしまえば割と楽しめるものだ。
それに、個室だという部分も大きい。やはりプライベート空間が保障されるのはリラックスの度合いに大きく影響するだろう。
「健人、水着の大きさ、合ってた?」
「あぁ、ぴったりだ。用意してくれてありがとな……でも、言ってくれれば俺が自分で持ってきたのに」
「だって健人に用意してもらったらどこに行くのか察しちゃうかもでしょ?」
「ごもっともだ」
やはり裸で男女が湯船に浸かるのは、
それでも麻紀がなんとか粘った結果、「水着を必ず着用する」「性的な行為は一切しない」という二つの条件付きで承認されたらしい。
誓約書も書かされたと言ってたな。
ただ、いくら水着と言っても……
「どうかしたの?」
下から覗き込むようにした麻紀。そこには強調される二つの山があって……
ほんの一瞬、目を逸らしてしまった。
麻紀は瞬時に俺が何故目を逸らしたのか理解したらしい。
そして何を思ったのか、ニヤニヤしながら胸を張ってきた。
「見ても良いんだよ?この胸は健人だけの物だから」
そう言って自らの胸をゆっさゆさと揺らす麻紀。
はっきり言って、破壊力がエゲツない。
「……それ以上やると性的な行為ってやつに引っかかるんじゃないのか?」
「大丈夫だよ。健人と私さえ言わなきゃバレるはずもないでしょ?個室だし……だから……」
唐突に、麻紀は俺の耳元に近づいて──
「前みたいにえっちな事、してもいいんだよ?」
あー、やばい。これ、マジでやばい。
目の前の女を自分の物にしたいって、脳が叫んでる。
俺が手を伸ばせば、手に入れられる。
麻紀は俺の女になる。
だけど──
「……俺はルールを守る男だからな」
耐え切った。なんとか耐え切れた。一歩間違えればクズになるところだった。
……いや、もう一回麻紀とシちゃったから今更な気もするが。
ふと麻紀に視線を送ると、彼女は怒るでもなく、泣き出すでもなく、可愛らしい笑顔をこちらに向けてきた。
まるで、俺がこう返答するのを分かっていたかのように。……いや、実際わかっていたのだろう。彼女も伊達に俺の幼馴染をやってないってわけだ。
「そっか、健人って変な所で義理堅いもんね。それこそ、命を懸けないとしてくれないよね」
「………また、俺を脅すのか?」
公園での出来事を思い出す。今から考えても、あの暴走具合はヤバかった。
「確かに健人は優しいから、きっと脅せばまた私と交わってくれる。でも、それじゃ健人の心は手に入れられない……だよね?」
「まあ……そうだな……」
「だから、正攻法で頑張ってみようかなって」
麻紀は俺に近づいてくる。反射的に後ろに下がろうとするも、ゴツンと檜のお風呂の淵に当たってしまう。
すかさず俺の首に腕を回してきた麻紀。
そのまま彼女は俺の左頬にキスを降らせた。
「……唇にしようと思ったんだけど、それじゃルール違反になっちゃうからね」
「……ほっぺたはセーフなのかよ」
「小さい頃におままごとで何度もやったじゃん。健人が旦那さんで、私がお嫁さんのやつ。行ってらっしゃいのちゅーのシチュエーション、馬鹿みたいにやってたよね」
「まあ、たしかに……」
都合よく言いくるめられた感はあるが、納得してしまった。
「……………」
俺と麻紀、2人共口を閉ざす。沈黙が降りた。
されどもそれは気まずいものではなく、どこか心地良い。
やっぱり、家族以外に一番心を許してるのは麻紀なのかもな。
心で通じ合ってるような、そんな感じがする。
不意に隣からチャポンという音が聞こえて、思考から抜け出す。どうやら麻紀が立ち上がったようだ。
「よいしょっと……」
「……近い」
一瞬、もう出るのかと思ったが、どうやら俺の隣により近づく為のものだったようだ。
腕と腕が擦れ合う。たまに、腕よりも柔らかい感覚もする。
あー、クソ…………
「……健人、顔真っ赤だよ?」
「……風呂のせいだ」
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「どうだった?たまには温泉デートも良いでしょ?」
「まあ、そうだな。思った以上に良かった」
帰り道。火照った体を冷やすように冷たい風が吹く。中々に気持ちがいい。
「よかったぁ……温泉デートって珍しいから、健人が気に入ってくれないかと思って心配してたんだ」
ほっと胸を下ろす麻紀。そんな心配をしていたなんて全く気づかなかった。
「まあ今までも麻紀とはどこ行っても楽しかったからな……付き合ってた頃以外は」
「……ごめん」
みるみる顔を暗くさせる麻紀。
この話題は出すべきじゃあなかったな、と言ってから後悔する。
「健人は……まだ、怒ってる?」
恐る恐る、と言うように俺に聞いてきた麻紀。その顔には不安が滲み出ている。
……やっぱり麻紀の中にはしこりがあったわけだよな。ここは1発、彼女の不安を解消してあげよう。
「一切怒ってない」
正直、もう誰にも怒ってない……莉子以外は。
莉子に関しては、光が許さないと兄である俺も彼女を許す事が出来ない。
正直許してあげたい気持ちも俺の中にはある。が、これは光の兄貴として正しい選択だと思うし、後悔もしていない。
ただ、他の女子は別だ。
栄美子さんはそもそも俺自身被害にあった訳ではないし、彼女は罵倒した港さんにもしっかり謝罪を行なっている。そのため許す許さないとかの話にすら至らない。
麻紀と麻里亜先輩は、確かに俺に罵倒を繰り返したのは事実だが、彼女達の反省を見ていると怒りも自然と消えていった。
やはり怒りというのは、抱き続ける為には猛烈なエネルギーが必要だ。エネルギーを補給出来なくなった時点で、怒りは消滅する。
そもそも、俺にも至らない部分はあった。彼女達だけの所為には出来ないし、したくもない。
「……本当に?」
「本当だ」
瞬間、麻紀は俺の胸に飛び込んできた。
「おい、いきなりどうし…………って、なーに泣いてんだよ」
俺の胸から鼻をすする音が聞こえる。なんなら少し胸の部分が湿ってきた。
「なんかデジャヴを感じるな……」
和解した後に二人で弁当を食べた時だったか。その時も麻紀は急に泣き出して……確か俺は麻紀の頭を撫でたんだったな。
「ほらほら、泣きやめって……よしよし」
とりあえず泣き止むまでは撫でてやるか。
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「泣き止んだか?」
コクリと頭を縦に振る麻紀。
されど、俺の胸から頭を離す気配が無い。
「ほら、人っ気が無いからって道端で泣いてんじゃ変な目で見られるぞ?そろそろ帰ろうぜ」
と言って見ても、彼女からは反応がない。
どうしたものかと困り果てていると、麻紀はガバッと俺の胸から頭を上げた。
「健人!大好き!」
脈略の無い告白、されど彼女は今、この瞬間に伝えたかったのだろう。
「知ってるよ」
麻紀が笑って告白してきたので、俺も笑って返事をしてやった。
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