赦し


「先輩……ほんとにごめんなさい……」


「気にすんな。やっぱり環境が変わると体調崩しやすくなるしな」


2日目。今日はグアムを2人で散策することになっていたのだが、莉子が体調を崩してしまった。


明日に帰国するので、今日が観光できる最後の日だったのだが……まあ、仕方ない。昨日で十分満喫出来たし、そもそもこの旅行は莉子のプレゼントである。莉子に感謝こそすれども、不満を向けるなんてあり得ない。


「まあ、とにかくゆっくり休め。紗弥香さんの代わりになるかはわからんが看病するから」


「……わかりました」


紗弥香さんはと言うと、もともと仕事がある日だったらしい。なので莉子の面倒は俺1人で見なければならないのだが……伊達に光の兄貴をやってきたわけじゃない。看病だって何回もしたことがあるので大丈夫だろう。


「じゃあ頼まれてた家事、やってくるから。何かあったら言ってくれ」


そう莉子に告げて部屋を出ようとした時、腕をギュッと掴まれる感覚があった。



「……一緒にいて……ください」


莉子の振り向くと、彼女は涙目でそう訴えてきた。


「……わーったよ。寝るまで一緒にいてやる」


そんな不安そうな顔で見られちゃ断れるわけもない。……まあ、家事は後に回して、今は莉子に付き添っていよう。


「……先輩、一緒に寝ましょうよぉ」


熱があるからか、途端に甘えん坊になってしまった莉子は、今度は添い寝を要求してきた。


「流石にまずくないか?」


「……お願い」


上目遣いで俺を見つめてくる。


……………………光、添い寝して寝かせるのは浮気にならないよな?

まあ、そもそも浮気ってなんだしって話になるんだが。


「……少しだけだからな」


莉子が寝ている布団に入る。


風邪が移ったらしゃーなし。そういう心持ちでいこう。


恐る恐る、莉子の布団に入る。体が布団に包まれると、じんわりと莉子の体温が伝わってきた。


「ふへへ……先輩を近くに感じる……とっても幸せです」


「あんま照れくさいこと言うなって。……ほら、頭撫でてやる」


光をあやす時のノリで莉子の頭を撫でてしまったが、頭を撫でられるのが嫌な可能性もあるのではないか。そんな疑問にたどり着いた時には時すでに遅し。


恐る恐る莉子の様子を伺うと……


「……しぇんぱぁい……もっとやってぇ……」


大丈夫そうだ。


莉子はそのまま俺の胸に顔をうずめてくる。光からの忠告もあるので一瞬引き剥がそうとも思ったが、相手は病人である。具合が悪い時は心細くなってしまうのはよくわかるので、そのまま受け入れる事にした。


「寝るまで撫でてやるから」


「………んっ」


それから15分ぐらい経った頃だろうか、規則正しい呼吸音が聞こえたあたりで頭を撫でるのを止めた。


その流れで莉子の顔をまじまじと凝視する。


整った童顔だ。目鼻立ちがくっきりしているのに、どこかあどけなさが抜けてない。


………こんな子が虐めをしていたなんて、正直俺が他人だったなら信じられない。


だが、そんな信じられない行動を起こす原因となったのが嫉妬。それも「俺が好きだから」というもの。


俺が原因で虐めをするに至ったのなら、俺には責任がある。


……もっと莉子の様子を見ていれば。


……もっと莉子に構ってやってれば。


光は虐められる事は無かったかもしれないし、莉子が咎を背負う事も無かったかもしれない。


後悔が募るばかりだ。


『俺は猛烈に怒っているし、まだ許してもいない』


莉子が自殺未遂をした時に俺が放った言葉。

でも今は、確実に絆されている。


ただ、光を虐めたことはまだ俺も許していない。「光が許したのなら、俺も許す」そう自分で宣言したからだ。


だが、光の兄としてではなく、1人の人間としては……許してあげたい気持ちもないわけじゃない。


光をいじめた事で、彼女が自殺未遂まで追い込まれたのも事実。そこから再起してきちんと光に謝罪を行った。

他人事ならば、正直立派だとも思ってしまう。……………他人事ならば。


けれど、俺は光の兄なんだ。


「もう……どうすればいいんだよ……」


俺は1人、頭を悩ませる。










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