電話

人間には、ふとした時に我に帰る事がある。


「莉子と仲良くなって……光に顔向けできん」


ごく自然な感じで莉子とこの旅行を楽しんでいるが、莉子は俺の妹をいじめた張本人であって、光にとっては敵に等しい。


そんな莉子と仲良くなってもいいのか?


自問自答を繰り返すも、答えは出ることはない。


考えに考えた挙句答えが出ないので、とりあえず元々予定にあった光への電話をこなす事にした。


「紗弥香さん、少し外で電話してきます」


「は〜い、お風呂そろそろ沸くからぁ、あまり長引かないようにね〜」


「わかりました」


外に出るなりメッセージアプリの無料通話機能を使って光に電話をかける。


「もしもし!お兄ちゃん!どうしたの?」


コール音が聞こえる前に光は電話に出てきた。


「いや、光が寂しくしてないかって思ってな。まだ父さんも母さんも帰ってきてないだろうし」


光は少しの沈黙の後、重々しそうに口を開いた。


「……寂しいよ、お兄ちゃんがいないだけで胸が苦しい。今日だってずっとお兄ちゃんのこと考えてた」


「……そっか、ごめんな。1人にさせて」


光に事前に許可を得てこの旅行に臨んでいるとはいえ、こう言われてしまうと、罪悪感を抱かないなんて無理がある。


「いや、大丈夫だよ。こうやってお兄ちゃんから電話をしてきてくれて、とっても嬉しいもん!」


「……ごめんな」


光の健気さに当てられてか、意図せず俺の口から謝罪の言葉が垂れていた。


「……どうしたの?」


いきなり謝られては困惑するのも無理はない。だからこう聞かれるのはわかっていたが、いざ口にしようとすると、言葉が上手く出てこない。


……でも、これは伝えなければならない。


「俺、グアムに来て莉子に絆されてる。光の気持ちも考えずに。光が嫌な思いをするってわかってるのに……最低だ」


数瞬、間を置いて。


「……お兄ちゃん、それは酷いよ。私の気持ち、全然考えてない」


背筋が凍った。


正直、光なら許してくれるんじゃないか、そんな甘い、本当に甘い気持ちが俺の中あった。


「……悪い。本当に悪かった。許してくれ」


光に嫌われたくない、そんな思いが俺の胸中を支配し、堪らず俺は光に許しを乞うていた。


すると光は少し間をあけて──


「最低、最低だよ、お兄ちゃん。だから、責任持って


「え………」


訳が分からない。今の光の発言は支離滅裂だ。


「……光は嫌じゃないのか?」


「嫌に決まってるじゃん。お兄ちゃんが他の女子と仲良くするなんて、本当は止めさせたい」


「じゃあどうして──「私の1番の喜びは、お兄ちゃんが楽しんだり、喜んだりしてくれること」


光は俺の言葉を遮って、強く主張した。


「お兄ちゃんに喜んでほしい、お兄ちゃんに楽しんでほしい、お兄ちゃんに笑顔になってほしい……私の願いはそれだけ」


「……」


言葉が出ない。


「お兄ちゃんに旅行に行っていいか聞かれた時、一瞬の事だったけど、脳が焼き切れるぐらいほんとに悩んだ。悩んで悩んで、悩み抜いた結果、ゴーサインを出したの。前に言ったとおりお兄ちゃんは元々海外に行きたがってたから。お兄ちゃんに特別な体験をさせてあげたかったから……例え、相手が莉子ちゃんでもね。……あと、初めての海外旅行でお兄ちゃんがテンションが上がっちゃうのは目に見えてるし、その流れで莉子ちゃんと仲良くなっちゃう、なんて事もあるとは思ってたよ?だから、私も元々覚悟してた事だから、お兄ちゃんは気に病まなくて良いんだよ」


「光……」


……自らを犠牲にしてでも、俺を優先してくれている。

光からの愛を猛烈に感じ取ると共に、彼女への罪悪感が募ってゆく。


「いや、気にしないなんて出来ない。帰ったら必ず埋め合わせはする」


「……わかった。楽しみにしてるね?……でも、さっきも言ったけど旅行はちゃんと楽しまないと駄目だよ?あと、変に莉子ちゃんと距離を取ったりしないこと。それこそ旅行が台無しになっちゃう」


光から莉子と仲良くしろ!と言われているみたいで少し違和感はしたが、素直に受け止める。


「……わかった。肝に命じておく。……じゃあそろそろ切るな?」


「うん、おやすみお兄ちゃん……あ!あと一つだけ言い忘れてた」


「……ん?どうした?」









「私、莉子ちゃんと旅行を楽しんでいいとは言ったけど、浮気していいなんて一言も言ってないからね」


……ゾッとするような、低い声で言われた日には携帯の前で戦慄するしかなかろう。


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あとがき


更新遅れてごめんなさい。理由は至極簡単、この先の展開に作者自身が自信を無くしてしまった為です。マジで悩んでます。みなさんに楽しんでいただけるように悩み抜いた上で展開を決めるので、よろしくお願いします。

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