二日目と思わせてのまだ1日目


「お邪魔しまーす」


スーパーで買い物を済ませた俺達は、宿泊先でもある紗弥香さんの自宅に到着した。


「いつもは1人で住んでるから狭いかもしれないけどぉ、ゆっくりしていってね〜」


「ありがとうございます……って莉子、立ったまま寝ようとしてないで早くはいろーぜ」


「んん………はぁい………」


バスの中でも熟睡してたのにもかかわらず未だ眠いらしく、目を閉じて立ち尽くしていた莉子の腕を引っ張りながら家の中に入る。


「……先キッチン行ってきていいかな?」


うん、莉子が色々と時間がかかることを悟ったのどろう。つまり………なるほど、俺の役割は見えた。


「莉子の面倒は俺が見ときます」


「お、ありがと〜、頼もしいねぇ」


どうやら完璧な返答だったらしく、満足気に紗弥香さんは微笑んだ。


紗弥香さんに先に家に入ってもらい、その後に俺が続く。


「おぉ……」


やっぱり初めて訪れたマンションだけあって新鮮感が凄い。それに海外のマンションとなれば、それも一入である。


「お手洗いはそっちね〜」


「わかりました……ほら、莉子、行くぞ」


「しぇんぱいがつれてってくだしゃあい……」


「……腕掴んでろよ」


赤子の世話をしている気分になるが……まあ、光の面倒を見てきた俺にとって、このくらいはどうと言う事はない。俺の腕にぎゅっと抱きつく莉子を連れて洗面所へ向かう。


「ほら、手に石鹸付けろよ」


「せぇんぱあぃ」


「……わーったよ。俺が洗ってやるから」


代わりに俺が莉子の手を洗う。

……普通、幼稚園児でも自分で洗うよな。めちゃくちゃ幼児退行してるじゃん。


他人の手を洗うなどというあまりないシチュエーションに少し苦戦したが、なんとか洗い終えることができた。


「しぇんぱい……べっど……」


と思ったら、次はベッドを要求してきた。困ったものである。


「……しぇんぱい」


「わかった、わかったから。じゃあ行くぞ。……紗弥香さん、ベッドってどこにありますか?」


「そこの部屋の奥にあるよ〜」


そう言って奥の部屋のドアをキッチンから指差す紗弥香さん。


「わかりました。……ちょっと莉子を寝かせてきます」


「よろしくね〜」


場所がわかった所で、莉子の頭と太ももを持って持ち上げる……まあ、俗に言うお姫様抱っこである。


というのも、一人暮らしにしては随分と広い家なので、寝室までが意外と遠い。

手を引っ張って連れていっても良いのだが、莉子が中々前進しないので、少し煩わしくなってしまったためだ。


「ふぁぁ……しぇんぱいにだっこされるの……しあわせ……」


……まあ、喜んでくれてなによりである。


ドアの前に着いた俺は、手首の可動域を限界まで使ってなんとかドアを開ける。


「ほら……ベッド着いたぞ」


優しく莉子をベッドの上に下ろす。


「じゃあ俺は紗弥香さんの料理手伝ってくるからな」


そう言って莉子から背を向け、歩き出そうと前に一歩踏み込むと、なんだか服から抵抗を感じた。


「……どうしたんだ」


言わずもがな、莉子が俺の服を引っ張っていた。


「しぇんぱい……いかないで……」


うるうると目を潤ませて俺を見つめてくる。


……中々にあざとい。


「……でも、3人分だって大変だと思うし」


「……だいじょーぶ。おねーちゃんりょーりだいしゅきだからぁ……」


「でも……」


「しぇんぱい……さびしぃのぉ……」


……莉子にせよ、光にせよ、そういう悲しげな顔には弱いんだよなぁ……。


「わーったよ。寝るまで隣にいてやるから」


「ありがと……じゃあおててにぎってぇ」


「……これで良いのか?」


一つ要望に応えてしまうと、なし崩し的に他の要望に応えなければいけないみたいなやつだな、なんて頭でぼんやりと考えるも、特に拒否する理由がないので、素直に握っておく事にした。


「うん……しぇんぱいのおてて……おおきくて、あんしんするぅ」


「そうか……」


「うん……やっぱり、しぇんぱいみたいなおにいちゃんほしかったぁ」


唐突で少々びっくりしたが、眠たくて頭が働いていない状態なら仕方あるまい。


素直に会話のキャッチボールに勤しむとしよう。


「……お姉ちゃんがいるじゃないか」


「でも、ひかりちゃんがせんぱいのいもうとでぇ、いいなぁっておもったのぉ」


……そもそも、莉子が光をいじめたのだって光と実の兄である俺が仲良かったからなんだよな。

そう考えると、確かにお兄ちゃん願望があってもおかしくない。


「でもぉ、しぇんぱいのいもうとはいやだなぁ」


「……それはまたどうしてだ?」


「だってえ…」


莉子は一拍置いて──



ドキッと、胸が跳ねた。


莉子が放ったその言葉は、俺を本気で好きになって、本気でアプローチしている光を全否定するものであった。


だが、それが世間の一般常識だという事も公然の事実である。


……あぁ、そうだな。光が歩んでいる道は、酷く険しいもので、もし、俺が彼女を想ってしまったならば、俺もその道を辿ることになるんだ。


見ないようにしていた世間の目。光と俺の今の関係は異常なんだと、莉子の何気ない一言から再確認した。


莉子の方を見ると、すっかり夢の中である。


「……爆弾だけ落としていきやがって、困った女だよ。本当に」


少しだけ、莉子の頭を撫でた。


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あとがき


健人、しっかり莉子と仲良くなってますね。


光的には、きっと自分に選択を委ねられた時に送り出す選択をした時点で、2人が仲良くなるのは覚悟しているんだと思います。


が、健人はそこら辺しっかり説明せんといけませんよね。






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