メンタルヘルス

栄美子先輩とのデートの翌日。


父さんや母さんがまだ帰ってこないのを見計らって、俺は光と話をしようとリビングに向かった。


父さんと母さんがまだ帰ってこないのを見計らって、というのは、2人がいたら何か話しづらい事もあるのではと懸念した結果だ。

光は性的ないじめも受けていた訳で、もしその方面の話をする場合には、その現場を見てしまった俺はともかく親に聞かせるというのも酷だろう。


……まあ、父さんと母さんも学校からいじめの件についての話を聞いている訳で、性的ないじめの事も把握とは思うが。



「光、ちょっと今いいか?」


リビングでくつろいでいる光に声をかける。


「ん?どったの?」


「いや、ちょっとお話しようぜ」


そう言ってテーブルの椅子を引いて座るように促す。


光はまだ状況がよく分かっていないようだが、渋々といった雰囲気を醸し出しながらも大人しく椅子に座ってくれた。


対して俺は光の向かい側に座る。


「……最近は学校に行けてないよな」


一呼吸置いて、俺は切り出した。


「……うん」


「別に責めているわけじゃない。学校に行かなくたってなんとでもなる。最悪中退したっていいんだ。その場合は将来の事が不安になるかもしれないが……まあ、もしもの時はお兄ちゃんが養ってやるよ」


光が一瞬沈んだ表情を見せたので、慌てて早口で釈明した。


「………プロポーズ?」


「ちゃうわ」


が、光は謎の勘違いをしたようで、思わずツッコミを入れてしまった。


「ともかく……心配してくれるのは嬉しいけど、将来の事についてはあまり心配してないよ?希望がしっかりあるからね。それに突き進むだけだもん」



「……何かやりたい事とか、なりたい職業でもあるのか?」


光は一拍置いて──


「お兄ちゃんのお嫁さん!」


眩しい程の笑顔を俺に向けた。


……光はどうやら俺に永久就職を希望するらしい。


「そ、そうか……」


なんと返答して良いかわからず、俺はどもってしまう。


「……私、本気だからね?」


光の瞳を見ていると、それが嘘ではない事がよくわかった。


「……」


少しの沈黙がリビングを支配する。


「……話が脱線したな、一旦戻すか。……光は学校に行きたいか?」


「……行きたくないかな」


俺が話題を逸らしたのはもちろん光も理解しているようで少し不満気だったが、きちんと質問に答えてくれた。


「……やっぱりいじめっ子が学校にいる限りは中々学校に行きたいとは思えないだろうし、そいつらが人並みに学校に通えてるところを見るなんて……もはや怒りを通り越して恨みが爆発しちゃうよな」


あの事件の後、いじめの加害者達が停学処分になると同時に1学年は異例のクラス替えが行われたと聞いた。


言ってしまえばそれは光の為のものであるので、いじめっ子と同じクラスの可能性は万に一つも無いと思うが、それでも廊下や移動教室などで会う可能性は十分にあり得る。行きたくなくなるのも当然だ。



「ううん。もちろんいじめた人達には会いたくないし、嫌いだけど、……恨んだりはしてないよ?」


「……そうなのか?」


俺は予想外過ぎて、思わず聞き返してしまった。


「私、主犯格の子……莉子ちゃんがどうして私をいじめたのかよくわかるの。……きっと莉子ちゃんはお兄ちゃんが好きだったから私の事をいじめたんだと思う」


「………は?」


………莉子が俺の事が好きだったのは本人から告白されたので知っているが………光がいじめられたのは………それが原因なのか………?


「……お兄ちゃんが好きで好きで……でも叶わぬ恋で……それでどんどん自分の中で負の感情が溜まっちゃって、暴発して。……その捌け口が私だったんだと思う。……私も叶わぬ恋の辛さは知っているから、暴発しちゃうのも理解できるから、私は莉子ちゃんの事が大っ嫌いだけど、恨む事は出来ないの」


俺への恋心が暴走して……………。


「……ごめんな。……光がいじめられたのは俺のせいでもあったんだな」


「違うよ。お兄ちゃんのせいじゃない」


少々食い気味に光は否定した。


「いや、俺がもっと莉子の好意に誠意をもって接していれば……」


正直俺自身、莉子からの好意に気づいていた。だが、まがりになりにも彼女がいる自分にとってそれは困る事だから無意識に彼女の好意を見ないようにしていた。


……もし、俺が上手く立ち回れたならば、光は辛い思いをする必要もなく、莉子も悪者にならずに済んだのかもしれない。


俺は罪悪感から光を見る事が出来ずに顔を俯かせた。


……ふと、手に温かみを感じる。


思わず手を見ると、俺の手を完全には包み込めない光の小さな手があった。


「………たとえお兄ちゃんにも悪かった部分があっても、お兄ちゃんが私を救ってくれた事には変わりはないよ。だからお兄ちゃんが謝るなんてしなくていいの」


「でも……」


「でもじゃないの。そんな女々しい態度取ったら女の子に嫌われちゃうよ?まあ私はそんなお兄ちゃんでも大好きだし、女狐がよらないに越したことは無いんだけどね。…………ん?じゃあお兄ちゃんは女々しい方が都合が良いのかな?………やっぱりこのまま女々しいお兄ちゃんでいていいよ!」


「ぷっ………」


「ふふ………」


おかしくて、つい吹き出してしまう。それに釣られて光も笑顔になった。


「……ありがとな。俺が光の相談に乗ってやるつもりだったのに、逆に俺が光に助けられるとは思わなかった」


「相談に乗ってくれようとしただけでもとっても嬉しいよ!……ちなみに他に聞きたいこととかないの?」


最後に聞きたいことがまだあったので、光からふってくれるのはとてもありがたい。有効活用させてもらおう。


「……まだ、心の傷はあるのか?」


正直わかりきっている事なのだが、確認のために聞くことにした。


少し光は考える素振りを見せた後、ゆっくりと語り出した。


「……まだ、あるよ。今でもいじめられていた頃の事を思い出すと、とても辛い。学校に行くのも少し怖い」


そうだよな。傷がもう完治したわけないよな。


分かっていた事だが、本人から直接今の心境を聞くと、こっちまで辛くなって胸が締め付けられた。


「……そっか。ありがとな」


告白の件だけじゃない。光の心のケアも引き続き行っていかなければならないと強く意識した。


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あとがき


夏休み入りました!三週間です!つまり更新頻度がふえr


余談

健人が光がいじめられた原因が、莉子が自分への好意を拗らせたせいだと今の今まで気付かなかったのは、学校側から別の理由を聞いていたから。おそらく莉子が学校側に虚偽の説明をしたと思われる。

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